激アツ展開に思わず興奮…「脳汁」
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| の…脳汁が…脳汁が溢れてくる… (同人する子) |
「脳汁」 あるいは 「脳汁が出る」 とは、何らかの刺激によって気分が高揚し、強い快感や幸福感を得ること、そうした作用に関係するとされる 脳内 の神経・化学物質や、それがドバドバと出ている状態を指す言葉です。 「脳内麻薬」「幸せホルモン」 などと呼ぶこともあります。
一般的には運動や感情、意欲、学習、記憶、ホルモンバランスといった人間が生命活動をする上で欠かせない役割を果たす脳の神経伝達物質のうち、思考や理性、感情やストレスといった心の動きに関与するとされるドーパミンやセロトニンを指す使い方が多いでしょう。 幸福感や満足感、達成感といった報酬系活動の中心的な役割を果たす物質で、脳内幸福物質などと呼ぶこともあります。
この他、同じように気分の改善をもたらす化学物質にはエンドルフィンやエンドカンナビノイドなどがあり、それぞれ何らかの関係性を持っていますが (例えばセロトニンはドーパミンを含む物質のバランスを取る)、いずれもランナーズハイといった過酷な運動やストレスに晒された際に訪れるような気分が高まりとその原因が話題となる中で、「脳内麻薬」 と同様の言葉として使われるようになったものです。 なお麻薬同様にその刺激に慣れて中毒のようになった状態はドーパミン中毒 (ドパ中) と呼びます。
「脳汁」 の主な使い方としては、ギャンブルや ゲーム などのわかりやすい成功・失敗の判定がある 日常 の生活のあれこれで、大成功したりそれが確定したり、好ましい状態になって訪れる気分の高揚や モチベーション の急上昇、体温や鼓動の上昇や火照りなどを伴う多幸感ある興奮を指して使うことが多いでしょう。 「脳汁出まくり」「脳汁ドバドバ」「脳汁 ヤバイ」 といった比喩であらわすなどが代表的です。
ただしどんな行為や状況によって脳汁が出やすいか、量が多いのか少ないのかは人によって違いますし、一度出てしまったら出所 (原因) を身体はあまり区別しません。 美味しいものや甘いものを食べると出る人もいれば、お風呂にずっと浸かっていると出る人もいるでしょう。 そのために評判の良いレストランや温泉を巡る人も多いかもしれません。 あるいは人から感謝されることで脳汁が出て幸せを感じる人は人に優しくするでしょうし、他人に危害を加えることで出る人は 攻撃的・暴力的だったり 他罰的 な言動をするようになるかも知れません。
実際はストレスやその他の要因とも複雑に関係してそれほど単純な話ではありませんが、いずれにせよ本人もほとんど無意識のうちに行動規範や人格に影響を与えかねないのが恐ろしいところです。 一時の気持ちよさや幸福感に溺れて自制心を失うと、脳汁の出所によっては自分だけでなく周囲の人間まで 不幸 にし、人生をも歪めてしまう可能性があります。 できるだけ社会的に評価されたり前向きな行為で脳汁を出したいものです。
なお夜更かししたり 徹夜 するなどによって心身が疲弊する中、深夜から早朝にかけてしばしば訪れる、やたらテンションの高い精神状態のことは、とくに 明け方マジック と呼ぶこともあります。 普段なら気にもならない些細なことで笑いが出たり、それが止まらなくなるといった現象が代表的でしょう。 徹夜マージャンなどで友人らと卓を囲んでいると、それが他の人にも伝染したりもします。 このあたりの感覚は、箸が転んでもおかしいみたいな思春期真っ盛りな女子中高生の快活で健康的な感受性にも表面的に近いものですが、おっさん がその幸せな境地に至るには徹夜などの疲労やストレスによる身体的・心理的なブーストが必要ということなのでしょう。
幸せ感覚は長く続かず、依存する状態にも
これらの物質が出やすいのは前述したギャンブルやゲーム、美味しい食べ物やお酒やタバコといった嗜好品の 摂取 とか、マラソンや 熱い サウナに入って我慢する、そこから解放されて冷たいビールに喉を鳴らすといったありふれた状況です。 あるいは誰かに褒められたり SNS で バズ ったり、夜の街の接客でキャスト (ホステスやホスト) からビジネス的な優しい言葉をかけられて 承認欲求 を満たされた場合にも出ることがあるでしょう。 新興宗教や自己啓発セミナーの洗脳なども近いかもしれません。
最初のうちは少ない刺激で幸福感が得られるのに、徐々にそれでは満足できなくなり禁断症状がすぐにやってきます。 摂取する物質や状況によっては心身に有害なものもありますし、借金してまでギャンブルに有り金を突っ込む、身体を壊すほどの暴飲暴食に走る、SNS でバズりたいがあまり過激な言葉を使ったり誹謗中傷を行う、夜の街やカルト宗教にはまり込んで借金したり身を売るなどは破滅の道への第一歩です。 単に脳内物質を出すためだけの薬物使用などはとくに簡単に使用頻度が上がって廃人まっしぐらでしょう。
幸福感を得やすいかどうか、何らかの依存症になりやすいかどうかといった個人の資質は、半分くらいは遺伝の影響を受けるとされています。 こればかりは運次第であり、本人がどうこうできない部分もあります。 とはいえ 環境 によってはそれが変化することもあります。 例えば 事故 や 病気、何らかの経済的な トラブル などに巻き込まれると、健康でさして悩みもない穏やかな、それまで何気なく過ごしてきた当たり前のただの日常がとてもありがたく幸せなことだと心から実感できたりします。
「足るを知る」 とか 「小さな幸せを見つける」 みたいな話はどうしても説教臭くなるし、小さく縮こまって現状を肯定するばかりで停滞した考え方だと、若い人には敬遠されがちでしょう。 とくに精神的な訓練が未熟な若者の場合はその傾向が顕著になって、つい上を見すぎたり刺激を求めてハメや道を外してしまうこともあるかもしれません。
自分の気分や気持ち (欲求) を大切にするのは悪いことではありませんが、社会的な常識や規範に照らしてあまりに反するものに幸福感や喜びを感じるなら、無理のない範囲で我慢したり、自立的な矯正を試みるのもより良い人生を生きる知恵です。 このあたりは 「健全な上昇志向」 とか 「何かに夢中になる」 との線引きが難しいですし、そもそもただの一度も刹那的な快楽とか分不相応な 夢 を追ったり無我夢中になったことがない人生が、果たして幸せな人生なのかどうかは人それぞれでしょうけれど。
近年ではストレスやメンタル部分の問題などによって生き辛さを覚える人たちに対する有効な治療法として、不安やストレスと深いかかわりを持つセロトニンを補う薬の処方も行われます。 また男女や親子の触れあいなどによって生じるオキシトシンは愛情ホルモンなどと呼ばれ、分娩誘発や微弱陣痛の治療に用いられたり、孤独や不安といった心理的負担を癒す効果があるとされます。 医療機関による適切な治療や助言を受け入れることが大切なのでしょう。
愚行権の行使 (一般的に愚かだと思われる行為でも、本人がそれを望み他者へ危害を与えず結果責任をおおむね引き受けられるのであれば止めることはできないという考え方) の是非を含め、脳汁の存在は人の幸せや人生、そもそもの生きる事の意味をも考えさせられる テーマ ではあります。






