なんとなくロマンチックな響きもあった 「ジャンルジプシー」
「ジャンルジプシー」 とは、活動に際してこれといった決まった ジャンル を持たない 同人作家、同人サークル、あるいはそうした創作活動の形態のことです。
「ジプシー」(gypsy) とは、ヨーロッパから中近東にかけて存在する移動型の少数民族の俗称で、「エジプトから来た人たち」 といったような意味の言葉です。 かつては 「定住しない人たち」「さまよう人たち」 という意味の慣用句として、日本などでもごく 普通に 使われていた言葉で、ヒット曲の題名やテレビ番組などでもよく使われていました。
つまり 「ジャンルをさまよう」「定住ジャンルを持たない」 という意味だったんですね。 「ジャンルジプシー」 のほか、そうした活動をしているサークルを 「ジプシーサークル」 とか 「ジプシー作家」 などとも呼んでいました。
「ジプシー」 という言葉
1981年12月に発売された西城秀樹さんのヒット曲に 「ジプシー」 という歌謡曲があります。 同じ使われ方をしているものに、1986年5月発売の、中森明菜さんの楽曲 「ジプシークイーン」 というものもあります。 どちらも、「さまよう愛」 のような内容の歌で、他にも曲名や歌詞に 「ジプシー」 が含まれる 作品 は、実は結構あります。 また日本テレビの人気ドラマ、「太陽にほえろ!」 では、1982年から1983年にかけて三田村邦彦さん演じる原昌之刑事のニックネームが 「ジプシー」 で、番組の各話タイトルには 「ジプシー登場」 とか、「ジプシー再び」 なんてのがありました。
このように 1980年代まではごく一般的な慣用句でしたので、「ジャンルをさまよう」 という意味で 「ジプシー」 が使われるのは極めて自然なことでした。 似た言葉としては、「ジャンルをさまよう」 のではなく、「何でもその時点で好きなものをやる」 といった ニュアンス で、よろず と呼んだり、あるいは商売っ気丸出しで、人気ジャンル、流行のジャンルを渡り歩く (そして食い散らかしたらすぐにいなくなる) という意味で、イナゴ などと呼ぶ場合もあります。
全盛期の人気歌手や国民的ドラマの ヒーロー 役のニックネームに使われるくらいですから、ロマンチック な響き、かっこいい言葉のような 雰囲気 があり、言葉自体に否定的な要素はあまりありませんでした。 ですので 「ジャンルジプシー」 も、他人が 「浮気性だ」「見境がない」「あいつはこのジャンルに対する 愛 がない」 なんて侮蔑的に呼ぶというよりは、本人が半分自嘲気味に自称するケースが目に付く言葉でしたね。
少数民族に対して差別的なニュアンスがあるとして、現在ではほぼ死語に
その後 「ジプシー」 は、「少数民族に対して差別的なニュアンスがある」 として放送禁止用語となり、1990年代からは表向き使えない言葉となりました。 それに伴い、「ジャンルジプシー」 も 2000年代ともなると、ほとんど見かけない言葉になりました。
「ジプシー」 はその後、「ノマド」(Nomad) や 「遊牧民」 などへの言い換えが進んでいるようです。 日本の 「山窩」 などもそうですが、言葉狩りだけが原因ではないとはいえ、様々な名称や表現がどんどん消えて行くのは寂しいものですね。