同人用語の基礎知識

カメラ小僧/ カメコ

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カメラ好きな若者を指す言葉… 「カメラ小僧」

 「カメラ小僧」 とは、カメラが好きな若者を指す言葉です。 略して 「カメ小」「カメコ」 などとも呼びます。

 本来は 「カメラという便利で自己表現すら可能な道具」 を愛する写真家、フォトグラファーのタマゴ、写真好きな少年や青年を示す単なる愛称、ある種の流行語でした。 しかし時代が下るにつれて一部の 「カメラ小僧」 の暴走・マナー違反や迷惑行為などにより、しばしば外部の人間が揶揄するための蔑称となったり、本人が自嘲気味に自称する言葉のような扱いにもなっています。

 なおニュアンスはだいぶ異なりますが、機材オタ も含めた括りの中で、カメラのオタクを 「カメラオタ」 と呼んだり、愛用しているカメラのメーカーに入れ込んでいる人を、ニコン ファン なら 「ニコ爺」、キヤノンファンなら 「キヤノ坊」「キャノネット」 などと呼んだりします。 また若い女性で高級一眼カメラなどを使ってる写真ファンは、「一眼ギャル」「一眼少女」 などと呼ぶこともあります。

 その他、撮影する対象にもっぱら何を選ぶかで様々な分類もありますが、鉄道写真を撮るカメラ小僧はとくに 「撮り鉄」 と呼ばれ、世間一般の人の認識はともかく、おたく な人たちの間では、かなり明確な区別がされているケースが多いでしょう。

写真家 篠山紀信さんと 「カメラ小僧」

 語源ですが、1960年代初め頃から頭角を現し、商業 フォトグラフの世界の寵児となった若き日の篠山紀信さん (1940年12月3日〜) が、カメラを武器に次々と被写体を変えながら活躍する自分やその表現方法を 「カメラを持った小僧だ」 との意味で 「カメラ小僧」 と造語したのが発端となっています。 それまでは高額でプロ写真家や熟年層の趣味人にしか手が届かなかったような一眼レフカメラが安価になり、日本中で空前のカメラブームが訪れる中、1970年代から80年代にかけ、流行語として使われるようになりました。

 なお漫画家の赤塚不二夫さんの代表作、「天才バカボン」(週刊少年マガジン/ 1967年4月〜) に、篠山さんをモデルとしたモジャモジャ頭で鼻を垂らしながらクルクル回りつつ写真を撮りまくる 「カメラ小僧(篠山紀信君)」 も登場。 以降、「一般人が思い描くカメラマンの典型的パターン」「カメコのステレオタイプ」 も、「鬼才・篠山紀信のあだ名としてのカメラ小僧」 と共に、この時作られることになります。

「激写」 と 「アクションカメラ」 の時代

一眼レフカメラ
ゴツい一眼レフカメラは、「おたく」 ならでは

 その後 篠山紀信さんは、1975年に雑誌 「GORO」(小学館/ 1974年〜1992年) において、山口百恵さんを皮切りに有名歌手、女優などをモデルに起用した 「激写シリーズ」 を連載 (ちなみに流行語ともなった 「激写」 をもじる形で安売りのカメラ量販店が 「激安」 を使いはじめ、以降、「激辛」 など、「激○」 という言葉が使われるようになっています)。

 さらに1981年、ちょっとエッチな写真や 盗撮 をするためのテクニックを紹介したノウハウ本、「アクション・カメラ術 ―盗み撮りのエロチシズム―」(KKベストセラーズ/ 馬場憲治さん) がベストセラーに (後に雑誌 「アクションカメラ」 もワニマガジン社より1982年に創刊)。

 元々男性のカメラファンとアイドルや若い女性のモデルとは親和性が高かったこともありますが、この時代から 「カメラ小僧」 や 「カメコ」 のスタイルや 一般人 が感じるイメージ (あまり良くないイメージ) が決定付けられたといって良いでしょう。

「ごついカメラ」=「女の子ばかり狙ってる」 とのイメージが強烈に…

 実際は 「激写」 と 「アクションカメラ」 とは全くの別物ですし、「カメラ小僧」 とも直接の関係はほとんどありません。 そもそも当時は、多くの若い男性カメラファンが被写体として若い女性 (ましてやヌードやエロチックな写真のモデルとなってくれる若い女性) などを手軽に得られる状況ではなく、その多くは鉄道とかスーパーカー、レーシングカーなどの自動車、野鳥や小動物、天体観測の延長上の星空の撮影など、いわば 「健全な被写体」 を追っていたものです。

 またアクションカメラ術の本や雑誌も、そこでノウハウを得て実行する人ももちろんいたのでしょうが、多くの 読者 は買いやすいエロ本の代用品のような感覚で、アイドルやお色気写真が掲載されたこの種の雑誌を手に取っていたものでした。 しかしマスコミなどがアクションカメラ術などを面白おかしく誇張して伝えるなどしたため、「大砲のような大きなレンズをつけた一眼レフカメラを使う人は、女の尻や パンツ ばかりを常につけ狙っている 「特殊な人たち」 のような印象が、強烈に付きまとうこととなりました。

 ちなみに2010年代になると、アウトドア用で耐候性があり堅牢な小型軽量・広角レンズつきカメラをアクションカメラ (アクションカム) と呼ぶようになり、前述の意味でのアクションカメラという呼び方はほぼ死語になっています。

様々な撮影状況の出現と、「コスプレ」 の登場

 1970年代後半から80年代にかけ、好きなSFや マンガアニメゲームキャラクター などの衣装 (コスチューム) を着用する趣味、コスプレ が、マスコミなどがクローズアップする形で広まりました。 それに伴い、同人イベント などに数多くの 「カメコ」 がやってくるようになりました。

 実際はそれと前後して、モーターショーの企業の ブース などにいるキャンギャル (キャンペーンガール) や、レース場のレースクィーン (RQ) なども注目を集めていて、「若い女性 (それも美女が多い)」 のちょっとセクシーな写真を撮影するスポットが、激増する状態でもありました。 それ以前までは、気軽に女性モデルを撮影する機会など一般の男性ではほぼ得られませんでしたから、これは大きな変化と云えます。

 こうしたカメラ人口の増大を好意的に捉え、客寄せのために撮影タイムを設けるアイドルイベントなどもこの頃から増え始め、一眼レフカメラはますます安価で普及していて、「カメコ」 が大増殖する時代でもありました。

 ただしこれらの イベント は人が多く集まりますから、「巨大なレンズをつけたカメラを持って女性を取り囲むカメコ軍団」 の姿が一般人の目に異様に映ったり、さらにはモデルとなる女性の前に陣取ってひたすら写真を撮影したり個人的な話題で話しかけたりしてイベントの進行の妨げになったり、盗撮や ローアングラー の問題、極端なケースではストーカーのように女性に付きまとうカメラ小僧までが現れ、見た目で 「まともなカメラ小僧」 と 「そうでないカメラ小僧」 の区別がつかない一般から、白眼視される状況を自ら作り出すケースも続出。

 1980年代後半の おたくバッシングの空気の中で、彼らカメラ小僧も冬の時代をすごすこととなってしまいました。

1990年代、カメラの世界にもデジタルの波が

一眼レフカメラ
ガチ勢ともなると、一桁機に大口径レンズ、
縦位置ブラケットなど機材的にもプロ並みに

 1990年代になると、フィルムを使わないデジタル形式のカメラが登場します。 コンパクトカメラのようなデジタルカメラ (コンデジ) は初期の頃から比較的安価なものも出回り、それなりに普及はしました。 しかしフィルムカメラ (銀塩カメラ) と比べると画質も悪く、日々のスナップ撮影用や記録用として使うならともかく、イベントでキャンギャルやコスプレイヤーを撮影する用途にはあまり向いていませんでした。

 本格的なレンズ交換式の一眼レフカメラ (デジイチ) もキヤノンの EOS シリーズを皮切りに1995年から発売されてはいましたが、こちらもフィルムに比べて画質に劣り、何より非常に高価だったため (1995年12月に発売された EOS DCS 1 (600万画素) はボディのみで 360万円)、おいそれと手が出せるようなものではなく、ほとんど普及しませんでした。

 やっと個人で使える価格帯になったのは、4年後となるニコンのDシリーズ発売 (D1 (274万画素) で65万円(1999年9月) あたりからですが、その後はキヤノン・ニコンから普及機・入門機的な一眼レフやネオ一眼 (レンズ固定式で一眼レフ風の外観とコンデジ以上の画質を持つ比較的安価な一体式カメラ) も次々に発表され、2004年にはデジタルカメラがフィルムカメラの出荷台数を突破、本格的なデジタル時代に突入することとなります。

 この頃の特筆すべきカメラと云えば、2000年10月発売のキヤノン EOS D30 や 2002年6月発売のニコン D100 といったハイアマチュア向けの中級機、2003年9月発売のキヤノン EOS Kiss デジタル (初代) や 2005年6月発売のニコン D50 などのエントリーモデルでしょう。 様々なクラスのカメラやレンズが次々に登場し、全体的にも低価格化が進み、この辺りから選択肢が一気に広がってちょっとしたデジイチブームも生じていました。

 なおデジカメについてはキヤノンがニコン対し常に先んじる展開でしたが、中でも2005年10月に発売されたキヤノン 5D は、価格は中級機クラスながらイメージセンサが上級機と同じ 35mmフルサイズであり、元々発色の良さなどから人物撮影にはキヤノンみたいなイメージもあって、カメコ御用達カメラとして絶大な人気を誇ることとなりました。 5D に赤ハチマキの白レンズ (キヤノンの高級レンズであるLレンズシリーズ) をつければ、どこからどう見ても立派なカメコと呼ばれるようになりました。 なってないかもしれません。 ちなみに友人が使ってますが、まあ普通によくできた良いカメラです。

フィルムからデジタルへ、そして作品を気軽に発表できる時代へ

カメラメーカーもコスプレ撮影に注目 ニコンのコスジェニック・レッスン (2016年)
カメラメーカーもコスプレ撮影に注目
ニコンのコスジェニック・レッスン (2016年)

 フィルムとデジタルの違いは様々ですが、ことカメラ小僧的な観点で見ると、使い勝手の部分では、いったん機材を揃えてしまえばランニングコストが安くつく (フィルム代や現像代などが不要)、撮影したその場で写真の確認ができるなど、何かとメリットがあるものでした。

 とくにフィルムカメラの場合、24枚とか36枚撮影したらフィルムを交換しなくてはなりませんが、デジカメはある程度の容量があるメモリを使えば連続で数百枚の撮影が可能な点も、イベント会場 などでの機動性を高める大きなメリットでした。

 またフィルムカメラの場合、撮影したフィルムを自分好みにこだわって現像・プリントするためには、作業するための暗室、現像タンクや現像リール、引き延ばし機などの道具や機材、現像液ほかもろもろの薬品なども必要となります。 デジカメならパソコンさえあればデータとして処理できますし、Photoshop などの画像処理ソフトがあれば自由に絵作りもできます。 紙にプリントするのも、画像データとして見たり見せたりするのも簡単です。

 フィルムでもスキャナーでデジタル化はできるものの何かと面倒で、この辺りは単にカメラがアナログかデジタルかではなく、システムや取り巻く環境、文化をも含めた写真界全体の極めて大きな変化だったでしょう (ちなみに1996年に 筆者同人サークル でフィギュアのカタログ写真集を CD-ROM で制作・頒布 したことがありますが、フィルムスキャナーでの取り込みや調整はかなり面倒でした)。

 一方画質については、当初はイメージセンサのサイズの問題やデジタル対応の手ごろなレンズが少なかったこと、ユーザーの不慣れなどもあり、フィルムに比べると何かと不利な状況でした。 とくにイベント会場における近距離・広角レンズによる人物撮影の際の 「背景 ボケ」 がやや苦手という部分はありました。 逆光や暗い場所での撮影も苦手で、また階調にも乏しいなど画質的には厳しい状態で、メインはフィルム、サブはデジタルみたいなカメコも結構見かけたものでした。 その後は技術革新によってデジカメの画質もどんどん向上し、おおむね2005年あたりでメリットとデメリットを比べてデジタルがフィルムに取って代わられる状態になったようです。 ただし コミケ のコスプレ広場あたりがデジカメばかりになるのは、それでももう少し時間がかかったような気がします。

 ちなみに筆者の初デジイチはニコン D200 (2005年12月発売) からなのですが、やはりこの頃が一つの時代の変わり目だった感じがします。 以降は機材などもそろえつつコミケでコスプレなどを頑張って撮影させてもらっていますが、他のカメラマンさんの写真に偶然写りこんで顔にモザイクかけられ ネットうp されるモブオタには、未だなれないままです。 悔しい…。 やっぱ囲みに参加とか、レイヤーさん との息の合ったコンビネーションの動きとか、スピードライトのディフューザーを風船みたいなのにしないとダメかとか悩んでいるところです。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2002年4月29日)
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