一人でできるもん! 時代と共に変わる一人のニュアンス 「ソロ」
「ソロ」 とは、自分一人、あるいは単独で何らかの活動や動作を行うことを指す言葉です。 solo のカタカナ語で、日本語の一人・単独、あるいは単騎などと同じ使い方をします。 音楽の世界ではイタリア語を元に独奏や独唱、そのための独奏曲や独唱曲を指し、例えばピアノの独奏ならピアノソロみたいに表現します。
芸術や仕事での技術や能力を一人で示すことはソロパフォーマンス (ソロパ)、野球で走者がいない状態でホームランを放つことをソロホームランと呼んだりします。 独奏や独唱、あるいはバレエで一人で踊る人や 主演 のような存在はソリスト (soliste) と呼びますが、こちらはフランス語が由来となっています。 単に一人で仕事や作業をする (させられる) ことは和製英語で ワンオペ と呼びます。
おたく の世界でも一人で活動することをソロ活動とか、一人用の ゲーム をソロゲーム、一人で プレイ することを ソロプレイ (ソロプ)、一人キャンプ遊びをソロキャンと呼んだりします。 言葉や 概念 は当然ながら昔からありますが、日常 のあれこれを一人で行うことについては、どこか 「寂しさ」 を感じさせるものでもありました。
しかし核家族化が進み晩婚化・非婚化も進み一人世帯も増え、その空気も次第に変化。 元々日本人は孤独癖があったり孤独耐性が高い人が多いとも云われますし、周囲に気を遣うより一人の方が気楽でいいやという価値観を持つ人も増えてきました。 また2020年からの新型コロナウイルスの世界的流行によって感染予防対策のための 濃厚接触 や 密 を避ける必要性が叫ばれると、他人と距離を取り一人で楽しめる 趣味 や娯楽が盛んにメディアなどでも取り上げられ、社会の見る目が大きく変化した部分もあります。
ぼっちとか一匹狼、孤高とか
寂しいとか孤独といった ニュアンス がより強くつく場合は、一人ぼっちとかその略である ぼっち がしばしば使われます。 一人で食べるご飯を ネットスラング でぼっち飯と呼ぶなどです。
ひと昔前までは多人数で行うことが多い行為を単独で行う状況や 「一人」 という言葉そのものにも寂しいというニュアンスが付加されがちで、ネット においてはある種の 自虐 を伴うことも少なくないものでした。 とくに 自意識が過剰 になりがちな若者にとっては、一人でいる姿を人に見られるのを恐れる心理が働きがちです。 友人 (あるいは恋人) がいない=寂しい奴=人間としての魅力や価値がないと見られているかも知れないという恐怖や恥かしさですね。
しかし近年では生き方や考え方の多様性の観点もあってか、あまりそうした声は聞かなくなりました。 例えば外食などで一人で食べることを意味する一人飯とか一人焼肉、カラオケ を一人で楽しむ一人カラオケ (ヒトカラ) などには、むしろ 「他人を気づかう面倒くささがない」「自分が思うように自由に楽しめる」 という ポジティブ なニュアンスがつくようにもなっています。 またそうした 需要 を飲食や 宿泊、サービス業を中心に ビジネス の世界で 「お一人様需要」 などと呼んで積極的に扱ったりもしています。 結果的に一人となりがちな持ち帰りや配送による宅食・宅飲み・巣ごもり需要も同様です。 これに前述した新型コロナウイルス感染症が時期を前後して拍車をかけています。
他方、ソロや一人や単独には集団に属さず他者と群れずに自立して行動する一匹狼、孤高といった独特のニュアンスもあります。 実際に能力や才能がありすぎて周囲から浮いたり、高い理想や信念を守って世俗から疎まれたり自ら離れたり、何らかの暗い過去があって他人を信用できないなどで単独となることはあります。 とはいえほとんどの 一般人 にそんな能力や志があるわけではないので、他人に頼らず自分の力で決断し行動するという建て前で孤独の寂しさを紛らわせるというケースが多いかもしれません。





