台湾から中国本土、アジア、世界へ 「ACG」
「ACG」 とは、日本の おたく (一部で 腐女子・BL) 文化を代表する カテゴリ・ジャンル である 「アニメ (ANIME)」「コミック (COMIC)」「ゲーム (GAME)」、この3つのいわゆる 二次元 コンテンツ をまとめた略語です。 アニメとコミックだけの 「AC」 や、後に ライトノベル (NOVEL) を加えて 「ACGN」 とされる場合もあります。
言葉の由来としては、1995年に台湾の日本二次元文化の ファン が、作品 の論評や情報交換を目的に設置した 掲示板 「ACG_Review Board」 あたりから派生し広まったとされ、おおむね 「日本製二次元作品」 あるいはそれを好む 二次コン といった意味でも使われます。
当初は台湾の大学生ら若者を中心に広まりますが、その後香港 (中国返還前) や上海などを経由して中国本土にも伝播。 日本のアニメ・マンガ風の キャラクター (いわゆる 萌え を意識したキャラ、萌えキャラ) とその作品、それらを包む 世界観 や価値観を魅力的で先進的なものだと肯定的に評価するムーブメントをも指す言葉となっていきます。 これらは、単に 「子供のころに日本のアニメを見ていた」 ではなく、明確に日本のおたくなどと同じ 目線 での二次元文化の再発見や再評価でした。
実際はこのほか、音楽 (J-POP・アニソン・ボーカロイド曲とその影響下にある楽曲) やフィギュア、コスプレ、さらに前述した萌えや Kawaii といった関連する文化も ACG の重要な一部と云え、これは日本の出版社を中心とするビジネスモデルとそれを取り囲むファンの多彩な楽しみ方の集合体であり、全体として他に類を見ない多様性や規模の点で 「新しい日本文化」 といった意味合いとともにこの区分の際立った特徴ともなっています。
単なる作品やキャラ紹介から、自分で創る、楽しむ文化の共有へ
活動的には掲示板を通じて優れた日本製作品やキャラの情報交換や紹介 (布教) をする、ファンとしての 萌え語り、アニメなどの映像作品における ファンサブ (字幕)、ゲームの改造ツールの 開発 や配布 (これらは中華〇〇と呼ばれることが多い) などが中心でした (著作権 的にはアウトなものも結構ありました)。
裾野が広がると日本のファン同様に おた活 (例えばビデオや 円盤、コミックスの購入とかフィギュアや グッズ類 の収集、ライブでの おた芸、二次創作 や コスプレ など) 全体にも拡大。 さらには台湾の大学や 公共施設 での上映会や 同人イベント、各種交流会なども開催されるようになり、多数の日本風作品のクリエイターを生み出すこととなります。 これらが若者文化として浸透すると、日本における萌え絵の扱われ方と同じ存在感を若者の間に浸透させ、ジャンルによってはそれを超える存在感を持つようにもなっています。
一方の中国においても、爆発的な経済発展に伴う影響力の増大とともに、アジア全体、欧米などへ日本とは別ルートで日本作品や文化を紹介する役割を担い、その後は台湾や中国、韓国、欧米で創られた日本風二次元文化をも含めた言葉として ACG が用いられるきっかけにもなっています。 この時期から2000年代始めあたりは、筆者 のいる 同人サークル でもネットだけでなく現地への 遠征 や仕事での 出張 などを通じた訪問をしていましたが、台湾はもとより香港あたりでも日本オタク文化は一部の好事家による 趣味 の範囲を超える規模で根付いており、その熱気は想像以上のものがありましたね。
例えば香港の女人街とか、1990年代末には1棟ほぼまるごと日本作品中心のオタクショップが入ったビルとか 普通 にありました。 品ぞろえが人気作 (ドラゴンボールやセーラームーン、エヴァンゲリオンなどなど) に偏り気味な上、正規品 (公式) や 同人、違法コピーも一緒くたの カオス っぷりではあるものの、秋葉原 や 中野ブロードウェイ といった国内の おたく街 や オタスポット あたりの専門ショップと比べても 雰囲気 にさほどの違いはない感じでした。 これらの現地情報は パソ通 を通じて日本国内でも知られていて、筆者たちのようにそれ目当てに訪れる グループ なんかも結構あったりもしましたね。
2010年あたりからは ACG 第一世代とも云える台湾や中国の若者たちが優れた ACG 作品を独自に創るようになり、それぞれの国内で人気を博すだけでなく、海外展開により世界的にもヒット。 もともと日本製の子供向けアニメが安価な エンタメ として広がっていた東南アジア (とりわけインドネシアとか) などでも改めて 「おたく文化」 として広がります。 逆輸入となる日本でも受け入れられるどころか国内作品を超えるヒットが登場するまでになり、それぞれが影響し合い尊重し合う関係となっています。 とくにゲームの分野では、非東アジアやアジア圏以外の若者が最初に日本風作品に触れたり熱狂するのが台湾や中国、韓国の ACG 作品だというケースも増えています。
これは日本のゲーム業界がグローバル展開を強く推し進める中、オタク風ゲーム (とくに萌えキャラっぽい美少女ゲーム・エロゲー) がややもするとガラパゴスだと揶揄されたり、欧米などで 児童ポルノ 関連で批判されがちだったこともあり、異なる分野へ力を入れはじめていたことも小さくない理由かも知れません。 この頃、葉鍵 (Leaf・Key) を中心とした日本の美少女ゲームは最盛期を過ぎており、折からの 児童ポルノ法 の規制問題などもあって積極的な海外展開ができない状況にありました (公式 の ウェブサイト などは海外からの接続を ブロック していました)。 外圧を利用して規制強化を訴える団体の活動もあり、「隠れてやろう」 みたいな意識が強まっていたこともあります。
加えてソーシャルゲームの分野では、いわゆるガラケー (フューチャーフォン) の人気とそれに特化したゲーム人気がすでに確立しており、スマートフォンへの対応が相対的に遅れたという部分もあります。 中国のゲーム企業が巨額の費用をかけて ACG ゲームを創ってリリースする中、後塵を拝する結果にもなっています。 これは中国や韓国では違法コピー (海賊版・割れ) があまりに多く、買い切り型のコンシューマーゲーム市場が育たなかったこと、それぞれの当局から様々な規制もあり、韓国では MMO といったネットワークゲームに、中国ではスマホで遊べるソシャゲへと、ゲーム事業への投資が偏った結果でもあります。
日本風二次元作品文化と、その広大な裾野
日本作品やキャラ、物語 に見られる画風や作風の模倣から始まった ACG ですが、元々人口が多い中国語圏でのムーブメントだったこともあり、しばらくすると頂点部分では純日本作品と遜色のないクオリティのものも登場することになります。 ファン文化においても、よく訓練された オタ芸やコスプレなどは、日本における最精鋭のそれと比べても何ら遜色ないばかりか、むしろ凌駕するほどのものも見られるようになります (このあたりのファンの熱心さは、韓国においてもすごいものがあります)。 まさしく 「台湾や中国や韓国の 俺ら」 が可視化されたものだと云えます。
また2000年代になり広く インターネット が普及すると、ニコニコ動画 (2006年) をはじめ日本のおたく文化を中心とする、あるいはそれに特化した 動画共有サイト やコミュニティ (pixiv/ 支部/ 2007年) も登場。 さらに SNS の登場と普及が進むと、それぞれの文化発信が 越境投稿 などにより混ざり合い、お互いに影響し合うといった段階に入ります。 とりわけ日本発となる歌い上げソフト 「初音ミク」 のもたらしたインパクトは大きく、ボーカロイド曲とか 歌ってみた で選ばれがちなアニソンの流行、MMD による 3D アニメや後の Vtuber の登場とその模倣など、影響は多岐に渡ることとなっています。
中国ではその後、AcFun (2007年) やそれと人脈的につながりのある bilibili (旧 Mikufans、その後 「とある科学の超電磁砲」 主人公 御坂美琴の愛称 「ビリビリ」 から bilibili に改称 (2010年) も登場。 いずれも日本のおたく文化 (およびニコ動風の 弾幕) を原点とし、後発の bilibili は巨大 IT 企業に成長。 中国語や英語はもちろん、タイ語やベトナム語、インドネシア語、マレー語などにも対応し、日本のニコニコ動画同様に違法動画の アップロード などといった問題はありつつも、ACG の普及や情報発信に大きな影響力を持つようになっています。 なお日本語対応がされてはいないものの、日本で使われる おたく用語 や 同人用語 などは、日本風文化を楽しむための共通言語、ある種の 公用語 や基礎教養といって良い存在感があります。
ゲーム関係では中国の miHoYo (2012年) が日本風ソーシャルゲームで急成長。 社名の冒頭に初音ミクの mi を持ち、作品全体に日本文化への深い理解と強い リスペクト を感じる優れた作品を次々にヒットさせます。 なかでも2015年リリースの 「崩壊学園」 シリーズや2020年リリースの 「原神」 は、同社を代表するビッグタイトルとして世界的な人気を博しています。 日本においても大ヒットしており、二次創作 や ファンアート も活発に制作され続けています。 とくに 「原神」 登場の衝撃は大きかったですね。 開発予算や規模といいクオリティといい、ここまで来たかというか。
2017年には中国で作られた日本風ゲームの日本向けローカライズに特化した Yostar も登場し、プロモーションの一環としてアニメ制作も行っています。 また Yostar 出身者らにより Hypergryph (2017年) も設立され 「アークナイツ」 をヒットさせるなど、このあたりの中国 ACG クリエイターや技術者、経営者らのつながりと爆発的な成長、日本や台湾・韓国企業との人の交流などは、目を見張る面白さがあります。
政治や歴史の分野では何かと摩擦もある日本と台湾や中国、韓国ですが、文化を通じて交流が広がるのはとても素敵なことです。 また日本のアニメやマンガ、ゲームやラノベだって、その根っこの部分には中国文化からの影響や恩恵を極めて大きく持っていますし、三国志演義や水滸伝、西遊記、項羽と劉邦といった偉大な中華作品、論語や老子、孫子などの思想書などは、それを伝える文字である漢字とともに、もはや日本人の血肉どころか、日本人らしさの形成や存在そのものの小さくない一部分を明確に担っていると云って良いでしょう。 数千年スパンの歴史の中で、お互いにその時々の最先端文化を貰ったり与えたり交換したりを繰り返してきたんだなという感銘すら受けます。
かつて日本のアニメやマンガ (ひと昔前は hentai とか呼ばれてました…) が海外で受容されていることを、19世紀後半のジャポニスム (ヨーロッパで流行した日本趣味) になぞらえる意見が多くありました。 現在の ACG の受容と流行は規模も深みもそれを遥かに凌ぐもので、ソーシャルゲームこそは中国企業が日本でも大きな存在感を持っているものの、コンシューマーゲームやアニメ・マンガについては日本作品も頑張って日本文化発信を行っています。 ACG が日本のおたく文化を源にしているのはその通りですが、それを含めて東アジア全体の文化としてくくってみると、様々な示唆が得られるものでしょう。
この時代におたく文化やゲームに自分なりに熱意をもって関われたのは幸せだし、今この世界で頑張っている日本の若者、目指している若者には 「ものすごいチャンスがある時代だね」 と声援を送りたいと思います。