わざわざ劣勢な状況を自ら招く愚かな選択 「逐次投入」
「逐次投入」 とは、軍事 や ビジネス において、戦力や経営リソースを一度にまとめて投入せず、少しずつ小出しに順次投入していく手法のことです。 状況に応じて投入量を適時調整できると思われるため、手堅く一見良さそうに思えますが、一般的にこの手法は悪手とされ、避けるべき愚策だと考えられています。 効果が薄いどころか逆効果になることすらあり、敗北 や損失、全体の失敗を招く大きな原因のひとつとされています。
まず根本的な問題として、軍事だろうがビジネスだろうが 「数の論理」 が大前提ということがあります。 逐次投入戦法は敵や ライバル に対して数的に不利な状態を作りやすく、みすみす劣勢での戦いを繰り返し挑むことになります。 その結果、小出しの戦力はその都度 各個撃破 され、被害が増大することになります。 例えばこちらと敵の戦力が同じ10だったとして、こちらを2ずつ5度に分けて投入した場合、10対2の圧倒的に不利な戦いを5回行うことになります。 5倍もの戦力差があると成すすべなどなく、ほとんど一方的に撃破されて終わりです。
ランチェスターの第二法則によれば、近代的な戦闘においては兵数が多い方が圧倒的に有利であり、被害数は二乗に比例するとされます。 1対3の戦いなら二乗して1対9、3対9なら9対81となり、これでは少数の側は自滅するようなものです。 中国の古典 「孫子」(虚實篇) でも戦いの鉄則の一つとして 「我專爲一、敵分爲十、是以十攻其一也」(我が軍が1つになり、敵軍が10にも分かれれば、こちらは10倍の兵力で攻めているのと同じである) とあります。 そのために策を弄して敵を分断させたり、敵より早く兵力の集中を図ります。 相手が自ら戦力を分散するなら、わざわざ負けにやってくるようなものです。
逐次投入を招く情報の軽視と無責任体質
投入する力があるのに小出しの逐次投入となってしまう原因はいくつかあります。 まず第一には、軍事における敵や マーケティング における市場の調査が不十分で敵情を見誤り、楽観的で甘い見通しから戦いを始めてしまうことでしょう。 次に最初の失敗の教訓が活かされず、あるいは何らかの政治的な理由で認められず、保身や時間稼ぎの戦線の維持だけが目的化してしまうことです。
仮に敵情把握に不備があっても、最初の段階で相手がはるかに強大であることが分かったら、それに相応しい規模の増援を送るか、諦めて撤退すべきです。 しかしそれをすると、敵の規模を見誤って少数を送り込んで失敗した責任を誰かが取らなくてはなりません。 それを避けるため、とりあえず状況を取り繕うためにまた少数の部隊を送り込んでしまうのですね。 そしてそれは責任を先送りにするために、ずるずると何度も繰り返されることになります。
またその段階に至ってもなお 現場 の情報が上層部に届かず、あるいは届いても軽視され甘い見通しのままで 認知が歪み、現実を無視した楽観的な作戦指導がされることすらもあります。 無能 な味方は敵より怖いとはこのことでしょう (無能な働き者)。
なおそもそも投入できる戦力やリソースが底を尽き、それでも敗北や撤退を認められずにズルズルと進んでしまうこともあります。 軍事であれば最終局面での敗北はそのまま祖国の消滅といった厳しい現実が待っていることもあり、とにかく先送りにしたいというギリギリの選択を外から一方的に批判するのも無責任な部分があります。 大規模な反転攻勢を掛けるための戦力温存の時間稼ぎに使うこともありますし、状況次第ではそれしか方法がないこともあります。
一方ビジネスの世界では、過去に投入した資金や労力が無駄になることを恐れ、損切りや サレンダー ができなくなっている場合もあります。 俗にいう コンコルド効果 というやつですね。 とはいえこちらは成功の見込みがなければ全くの無意味であり、誰かが責任を取って止めなければ損失が増大し続けるだけです。
失敗の教訓が活かせない組織に未来はない
逐次投入の失敗例としてよく挙げられるのは、第二次大戦時の旧日本軍による1942年のガダルカナル島の戦いでしょう。 同島へのアメリカ軍の上陸を察知した日本軍は、ろくに調べもせずに敵は小部隊だと判断し、8月18日に小銃と手榴弾など軽い武装のみの一木支隊 900人を先遣隊として派遣します。 しかしウォッチタワー作戦として上陸したアメリカ軍部隊は戦車や重火器を多数装備した1万人規模で、敵兵力を過小評価した日本軍部隊は強力な敵火力の前に壊滅してしまいます。
その時点で送れるだけの戦力を初動として早々に派遣したことについては止むを得ない部分もありますが、その後も日本は小出しに戦力を逐次投入し、増強を進めて防御を固めるアメリカ軍に対して一方的に敗退を続けます。 最終的に陸上に投入した全兵力は3万6千人に及び、そのうち2万人ほどが戦闘や飢え、病 で亡くなるという結果となりました (アメリカ軍の最終兵力は6万程度)。 支援のための航空機や軍艦も多数喪失し、奇跡的に撤退できたのは1万人ほどという大敗北でした。 戦後この島は飢島 (ガトウ) と呼ばれることになります。
もっとも、この戦いの2か月前にありったけの戦力を集中して臨んだ旧帝国海軍の乾坤一擲のミッドウェー海戦も、圧倒的優勢でありながら主力空母4隻と当時世界 最強 をうたわれた優秀な搭乗員、航空機の多数を喪失するという大敗北を喫しています。 こちらの敗因も様々分析されてはいるものの、第一にこちらの情報が敵に筒抜けだった点が大きいのでしょう。 いくら戦力を集中できても情報戦で敗れれば大敗を喫してしまう厳しさが戦争というものですが、それに輪をかけて逐次投入では、自滅を待つよりほかはありません。
戦後ガダルカナルやミッドウェーは恰好の反面教師とされ、逐次投入や情報のあり方について強い反省が官民問わず行われています。 とはいえ競合他社を侮って不十分な体制でビジネス展開をして失敗する例はたくさんありますし、戦後何十年経っても情報や諜報 (インテリジェンス) に対する対応は不十分で、スパイ防止法すらありません。 同様に批判されたセクショナリズム (縄張り・派閥意識/ 縦割り思考) や補給兵站の軽視、精神論 だってまだまだ現役です。
その当時の当事者でなければわからないギリギリの判断や 大人の事情 もあるのでしょうし、これらの悪癖は別に日本特有というわけではありませんが、戦争と 平和 に対する考え方を含め、敗北した側として反省し改善すべき点は山積みと云えます。





