変に目立たず、地味に、おとなしく、まじめそうに… 「リクスー」
「リクルートスーツ」(リクスー) とは、おおむね黒か黒に近い暗めの 色 のシングルツーピースで2つボタンのスーツのことです。 ポリエステルやウール混紡などで作られた比較的安価なものが多く、ボトムスは男性はスラックス、女性はセミロングのタイトスカートかスラックスで、アンダーは白いワイシャツに男性は黒っぽい ネクタイ、女性はノーネクタイ姿が多いでしょう。
名称の通り、主に大学や高校の新卒者 (特に大卒) が就職活動で会社訪問をする際に着用するスーツであり、大手百貨店やチェーン系の紳士服店などが盛んに就活サポートフェアと称してリクルートシーズン中に販売していたことから、この名称が広がることになりました。 なお足元は男性は黒い革靴に黒い 靴下、女性は黒いローパンプスにストッキング、髪型 は男性は耳が出る短めの髪で、女性は ひっつめ の ポニーテール や おかっぱ、髪色 は男女ともに 黒 が 定番 です。 手荷物は黒い革鞄やバッグにまとめます。 このスタイルは一般にリクルートファッションと呼びます。
この傾向は1970年代頃から始まりますが、なかでもバブル崩壊後の就職氷河期を中心にある種の 「最低限守るべき基準」 のような扱いがされ、1990年代末頃から現在に至るまで、会社訪問時の就活生の お約束 のようなスタイルとなっています (後述します)。 一方でみんながみんな同じような黒ずくめの格好をすることから、一部では 「横並びで個性がない」「量産型 で面白みがない」 と、批判されることもあります。 朝の通勤電車に画一的なリクスー姿の一群を見て、「集団に埋没して一人一人の顔も見えなくてゾッとした」「喪服のようでまるで個性を弔う葬式みたいだ」 といった意見を どや顔 で公言する 意識高い系 の論者などもいます。
とはいえ当の就活生は必死であり、また好き好んでこのスタイルをしているわけでもなく、訪問や面接時に加点ではなく少しでも減点を避けるべく徹底した結果の最適解とされたのがこのスタイルでした。 「個性がないというなら個性的だったり奇抜なスタイルを落とし続けてきた企業や人事側に云え」 は、正論ではあります。 もし自分が大人なのであれば、「ゾッとする」 のでなくそれを変えるように動くか、せめて 「頑張れ」 と心の中でエールを送りたいものです。 少なくとも現在就活生を 「選ぶ側」 の人間の多くは、黒ずくめのリクスーなど着なくて済んだ世代でもあるのですから。
空前のバブル景気とその崩壊、振り回される就活生たち
言葉や就活用スーツと云う考え方は1976年に大学生協と伊勢丹が共同で販売をした安価なスーツが元とされており、リクルートスーツという言葉もその売り場にて使われていたものがルーツとされています。 直接の造語主は不明ですが、「就活時に無難な印象を与える黒っぽいスーツ」 全般を指す言葉として広く定着しています。 黒っぽい色が選ばれたのは、冠婚葬祭などにも使える汎用性の高さや、それ以前にしばしば着用されていた黒い学生服 (学ラン) の影響からでしょう。 地方出身の若者がぽんぽんと新しいスーツを買い揃えることがまだできない時代でもありました。
その後は他の百貨店なども追従するようになり、1980年代初めには就活シーズンの風景として一部で定着しますが、まだ 「黒一辺倒」 という訳ではなく、おとなしめの色で無地のオーソドックスなスーツなら色はあまり強く意識されていませんでした。 紺やグレー、茶といった色のスーツを着て、その立派なスーツに貫録負けしつつも企業訪問や面接に臨み、「今日はお父さんのスーツを借りてきました」 が、微笑ましく好意的に見られていた時代です。 とくに女性では、別にスーツにこだわらない傾向もありました。
1980年代中頃から、いわゆるバブル景気が盛り上がります。 圧倒的な売り手市場と、いわゆる ボディコン やダブルスーツの流行、肩パッドにより肩をいからせたファッションが人気となると、就活の場でも色とりどりのいかにもバブリーといった華やかな着こなしも珍しくありませんでした。 企業側も新卒者採用に血道を挙げ、内定者が他社と交渉するのを妨げるために海外旅行に連れていって 隔離 する、内定者や求職者を紹介した就活生にまとまった額のボーナスや車をプレゼントするなどが当然のように行われていました。 就活生は 「どうやって第一志望以外の企業の内定を断るか」 に頭を悩ませていました。
しかしバブル経済は崩壊。 今度は空前の就職難の時代となり、企業側は打って変わっていかに就活者を選考から外すかに頭を悩ませるようになります。 そもそもの募集人数が減らされた上にちょうど団塊ジュニア世代が社会に出る時期で就活生の数がとても多く、またすぐに内定が出ないために就活者の延べ人数も雪だるま式に増え、とてもさばき切れなかったからです。 足切りやいかにも 「落とすため」 のような人事担当の態度や質問が平然と行われるようになり、これは落とされた就活者の恨み節もあるのでしょうが、「トラップ」(罠・落とし穴) が張り巡らされた就活戦線をどう切り抜けるかの勝負みたいになっていきます。
50社100社に断られるのは当たり前の就職氷河期
当時の就活では50社100社に断られるのは当たり前、あらゆるところにトラップがあるとされました。 例えば 「服装は自由です」 で自由な (とはいえちゃんと常識的な) 服装で訪問したら落とされたとか、スーツで訪問して 「暑ければ上着は脱いでください」 で脱いだら落とされたとか、ワイシャツが半袖で落とされた、ネクタイの色で落とされた、メガネ で落とされた、髪の毛の長さで落とされたとか、半ば疑心暗鬼・被害妄想的な都市伝説化しているのを含め、様々な 「就活生をできるだけ簡単に落とす方法」 が噂されました。
もちろん面接時に圧迫されたりパワハラ・セクハラまがいの質問や会話などもしばしば当たり前だとされました。 それで落ちたら 「自己責任」「仕事は選ばなければいくらでもある」「負け組」 で、不安定な非正規雇用まっしぐらです。
1990年代末から2000年代頭頃のいわゆる就職氷河期 (1999年新卒の有効求人倍率は 全国で0.48、比較的経営体力のある一部上場 (プライム) 企業ですら採用ゼロや募集なし (対外的な見栄? を張って一応募集はするが全員落とすみたいな企業もあった) が当たり前にあった時代) になると就活の場から華やかさや派手さはすっかり影を潜め、服装もひたすら無難に 地味 になっていきます。 当時は就活における学生の情報収集に本格的な ネット の活用が始まる前であり、苦戦する就活生らによる様々な口コミやある種の都市伝説のような憶測の流布による 自主規制 が伝播する中で、広がるようになっています。
就活にネットが活用されるようになり、事態はさらに悪化
その後はネットが普及し、就活用のサービスなども次々に登場し、すぐに必須のものになっていきます。 そこでは 「落とされないための身だしなみ」「好感度を持って貰えるスーツの選び方」 のような情報が、多分にアパレル業界などの プロモーション を挟んだりマナー講師らの謎マナーを込みで繰り返し展開され、「日本の就活はこういうものだ」 が完全に刷り込まれるに至ったといって良いでしょう。
これらは就活生にとっては実践的で前向きな就活ノウハウというよりは、ほとんど 「落ちないためのおまじない」 に近いものであり、企業側にとっては 「就活マナーから外れた奴をあぶりだすマニュアル」 として機能するものだったでしょう。 まだ第二新卒もない時代、失敗したら後がない中で何十枚もの手書きの履歴書と重い身体を引きずって連日企業回りをする心理的負担は大きなものでした。
日本経済はその後も多少の浮き沈みはありつつも、失われた10年20年、そして30年と云われるパッとしない状態が続き、つるつるお肌の若者が黒いスーツで企業や官公庁を訪問するのが、就活シーズンの 「当たり前」 になっています。 景気動向や就活の形の変化には様々な理由や複合的な原因、あるいは誰かに責任があるのかも知れませんが、少なくともこれから社会に出ようとする就活生には、何の責任もないでしょう。 なお2008年9月15日に起こったアメリカの投資銀行、リーマン・ブラザーズ破綻によって生じた経済危機をリーマンショック、それによる終活市場の縮小を第二氷河期と呼ぶこともあります。
創作物におけるフェチ対象として
リクスーに フェチ的 な魅力を感じる人は多いようです。 制服 に魅力を感じる人は多いですし、リクスーが実質的な就活生の制服として 認知 される中、制服よりもより一層禁欲的で抑制的な黒い画一的な装いが、一部の人たちの 性癖 に 刺さる 部分はあるのでしょう。 また黒くて禁欲的な服装の喪服やシスター服などとの 互換性 や、スーツフェチのような造形的な魅力だけでなく、着用している就活生の 「不安」「緊張感」「希望」「絶望」 といった内面部分にもグッとくる人は (男女問わず) 少なくないでしょう。
一般に極めて 露出 の少ない服装ではありますが、黒い服から覗く 肌色 はコントラストも鮮烈です。 また就活という分かりやすく誰でも一度くらいは経験した状況が、創作物の シチュエーション として使いやすいという部分もあります。
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