同人用語の基礎知識

露悪

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不謹慎・不道徳で口が汚いけど、その中身は? 「露悪」

 「露悪」 あるいは 「露悪的」 とは、自分の悪いところ、ダメなところをことさらに自分で取り上げたりアピールすることです。 本来の言葉の意味で云えば 自虐 やダメ語りあたりが言葉としては近いのでしょうが、卑下を通り越して邪悪な部分を 盛っ て悪人ぶる、劣悪な人格を装うといった意味 (本来は偽悪と呼ぶようなもの) を、やや誤用に近い形で多分に含むことが多いでしょう。 偽善や優等生ぶる、ぶりっ子 といった自分を良く見せようとする行為とは正反対の行為や態度であり、思春期の頃に男子が行いがちなワルっぽく振舞う行為 (仲間内での虚勢・イキリ)、ある種の 中二病 のような言動全体を指して使います。

 ネット においては、匿名で利用でき 殺伐 をよしとする アングラ掲示板 の利用者にありがちなふるまいや しぐさ と認識されています。 これらを利用する ネット民 に多い おたく な人がしがちな自分ダメ語り (ダメな俺を丸ごと受け止めてくれ症候群) の発露や、偽善・馴れ合い を避けようとするがあまりにあえて 氏ね (死ね) とか相手を傷つけるような 強く て汚い言葉を使う、邪悪さや ゲス を装う、ことさらに不謹慎や不道徳とされる話題を好んで取り上げられがちな場だと考えられているからです。

 これは実際にそのような考えや感覚があって言動にあらわれる人もいれば、露悪・偽悪しがちな中学生的な価値観や言動をさらに露悪・偽悪的に模倣・揶揄して遊ぶといった二重の構造になっている場合もあり、しかもそこに自覚がない場合もあって、それぞれの参加者ごとに複雑な理由や原因もあるのでしょう。

 根本には、朝から晩まで掲示板に貼りつくような人が、しばしば小学校から中学、高校、大学あたりまで真面目にやってきたのに、それで何か良いことがあったかというとこれといってパッとするものが何もなく、ひたすら 地味 で目立たずありふれていて、むしろちょっとワルでいい加減だった人の方が先生や周囲からも評価され、友人や異性との交際に恵まれていたという怒りや諦観のようなものをその後もずっと引きずっているという部分も含まれています。 加えてバブル崩壊後の極端な就職難の時代を生きた氷河期世代だと、「何で俺ばかりが」 との思いは深まり、毒を吐きたくなることもあるでしょう。 そうした人が中心にいて、それ以外の人もその空気を面白がって馴染んでいるような構図です。

 ただし あやしいわーるど とか あめぞう、2ちゃんねる といった掲示板では、細かく分かれた板によって空気感や 雰囲気 はかなり違いますし、専門板やあまりにも年齢層が高かったり低かったりする雑談系の板などでは、極端な露悪や自虐は避けられがちな場合もあります。 また極端な露悪や自虐がある板でも、話題によっては住民同士の緩やかな一体感や連帯、優しさ、面白いものへの純粋な賞賛や温かい話題に対する共感もあります。

 大手メディアなどは 「ネットの闇」 などと報じますし、一部のまとめブログなどがことさらに過激な言説を取り上げ 対立煽り をしがちなこともあり、外部から見た印象を実態よりずっと悪くし過ぎているきらいはあるでしょう。 実際にこれらの掲示板にある程度 常駐 すると、印象も変わってくるかもしれません。 「匿名掲示板など クズ の集まり」「便所の落書き だ」 という意見がしばしば外部からされますが、そういうあなたはさぞかし立派で 高尚 なお言葉を選んで社会に貢献する情報だけを発信なさっているのでしょうねと皮肉を云いたくもなったりはします。

露悪や偽悪がクールでかっこいいという価値観とサブカル文化

 露悪・偽悪趣味が好まれがちなもう一つの理由として、1980年代にサブカルの文脈で流行った悪趣味・下衆・鬼畜 といった文化や価値観の影響もあります。 権威的なものや世の良識派や 「よい子」(それは自分自身でもある) に対して偽善性を感じて反発・冷笑する中で、悪いとされているもの、汚いと避けられがちなものに面白さや本音や本質を感じ、それを自らのアイデンティティに用いるような考え方です。

 典型的なのは、有名大学の学生などがことさらに自堕落でダメ人間のような生活を送るような態度があります。 行動としては、講義をサボって一日中ダラダラ過ごす、飲酒や喫煙、麻雀やギャンブル、女遊びにうつつを抜かす、子供っぽい幼稚な趣味や娯楽に血道を挙げるが代表的です。 地頭 がよく実家も裕福で恵まれた 環境 にあることに逆に引け目を感じ、「でも俺は真面目なだけの人間じゃないんだ」「ありふれた 普通 の人になりたくない」 との 自己顕示欲 が爆発して 「一流大学の学生だけどバカなこともできる俺ら」「そこらのお坊ちゃんとは違うクズな部分をさらけ出せる自分」 を装うダメ人間遊び・底辺ごっこ・奇人ごっこですね。

 そこには エロロリ、弱者 いじめ や性犯罪、残酷、猟奇的、死体やグロ、オカルト、不潔、薬物、自傷行為、スカトロ、女性への偏見や 性器呼び などなど、いわゆる不良やヤンキー、DQN といったアウトロー路線ともまた違った方向の悪くて危険で ネガティブ根暗 な汚い世界があります。 これらは当初こそは世の良識派から批判もされ、主な活動の場は マイナー な雑誌などに限られていましたが、一見すると反権威・反権力にも見え、後には大手メディアなどでも危なく汚い部分を都合よく漂白しつつ好意的に受け入れられた部分があります。

 ただしネット掲示板における露悪や偽悪は、これらサブカル的な露悪趣味に影響を受け、あるいは一部が地続きでありながらもやや違っていて、それはサブカル (もっと云うとサブカル世代がメディアにおもねったり年を取ってきれいごとをいうようになったもの) とおたくとの違いでもあるし微妙な世代の違いでもあるのでしょうが、中二病ともまた違う 裏中二病真面目系クズ 的な価値観も含まれ、似て非なるものとなっているのは注目すべき点でしょう。

 サブカル的な鬼畜の話題でしばしば面白がられていたものの一部には極端なまでの正義感に基づく反発もありますし (例えばいじめとか未成年者の飲酒喫煙、少年犯罪、不倫や裏切り、暴力などのアウトロー的な犯罪、目立ちたがり屋の政治的なパフォーマンスなど)、その違いはより明確化し、一部ではサブカル的価値観に明確な拒否反応も生じています。 そもそもサブカル側からしても、おたく的価値観や文化は一定の親和性や連続性がありつつも、しばしば揶揄や嘲笑、場合によっては激しい攻撃の対象ともなっていたため、互いの近親・同族憎悪も手伝ってその溝と露悪的な言葉の応酬は広がる一方でしょう。 これはサブカルもおたくも定義や範囲がぼんやりして境界が明確ではないという部分も影響しています。

 そもそもおたくやサブカルの以前にも、いわゆるインテリ層を中心に、グロテスクとか猟奇とかエロなどを飾り気のないむき出しの人間らしさだとして肯定的に捉えるムーブメントは世代ごとに生まれています。 単に世代や時代ごとに少しづつ形を変えながら同じようなことをしているだけだとも云えます。

掲示板で嫌われる偽善と馴れ合い

 なぜ一部の掲示板などで偽善が嫌われるのかといえば、そもそも偽善が気にくわないという理由がある上に、アングラな匿名掲示板で偽善をしたところで何の得がある、本音で話そうじゃないか、俺もクズだがお前も似たようなもんだろ、匿名なのに自己顕示欲や 承認欲求 の強さが駄々洩れるのはみっともないし恥ずかしいよね不快だよねという意識があります。

 また世の良識派 (とくにマスコミや人権派の文化人、古いサブカル世代など) からおたく的な文化は敵視され侮辱されてもきたため、そんな相手の真似をしたくないという部分もあります。 そして自分を良く見せようという気がさほどないため、当事者同士以外には何の価値もない馴れ合いにも否定的で、無駄な挨拶や他人の 自分語り などというものは、面白い話や ネタ の邪魔になるだけだという意識もあります。

 しかし一方で、「こんな非常識なことを 書き込む 俺って ヤバイ だろ?」「一番 キモい やつが 優勝」 みたいな異常さで マウント を取ったり孤高を気取るなどの ノリ も、それはそれでサブカルやアウトロー的な自己顕示欲や承認欲求の強烈な発露と同種のものでもあり、中二病や構ってちゃんにありがちな 逆張り や毒吐きなどとともに、表裏一体のものだとも云えます。 このあたりは露悪的なものいいをする人も (真正の中二病や 厨房リア厨) ではない限り) 分かってはいるので、どうせ擬態したり盛るなら、偽善よりは偽悪の方がマシだというある種の美意識はあるのかなとは思います。

 こうした感覚は個人差も大きいし、一口に掲示板といっても板や スレッド ごとに異なる場の空気もあるので何とも云えない部分はあります。 子供の頃とか思春期の頃とか、もっといえば過ぎ去った青春と呼ばれる季節にあまり恵まれていなかったとか、周囲の友人や異性に理解されずに避けられがちだったなどによる屈折し捻くれたあれこれと、それに対するリベンジや皮肉も影響している部分だってあるのでしょうし。

ネット上の顔と、リアルの顔

 露悪的・偽悪的なものいいをネットでする人も、実際の中身はそれほど悪くもないし、むしろ日常生活でストレスを抱えながら頑張っている善良な小市民が多いだろうなという感じはします。 もちろん掲示板などは多くの人が集っているわけですから、正真正銘のクズや犯罪者も少なくはないのでしょうが、炎上 にせよ お祭り にせよ、あまりに酷い言動に対してはむしろドン引きし、偽善者よりも偽善的な意見に振り切れる場合だってあります。 これはこれで正義中毒のような逆方向への暴走になってしまうこともありますが、それでも偽善よりはマシだと口ぶりだけは露悪・偽悪として振舞うことに矜持があったりもするので、匿名掲示板に集う人間はこうだなどとまるで一つの人格を持つ存在のように扱うのは、当たり前の話ではありますが間違いの元でしょう。

 何でもそうですが、考え方が片方に極端に振り切れるのは不健全だし危険です。 かといって、一人一人の個人全てがバランスを持つことなどできませんし、その必要もないでしょう。 それでは誰かが決めた最適なバランスとやらで塗りつぶされた全体主義となんら変わりがありません。 偽善やキレイごとや建前があって、露悪・偽悪・本音があって、立場によって異なる本当の善や本当の悪があって、あるいはネット上の顔とリアルの顔もある。 そうした多様性が グラデーション を作りながら世の中全体で何となく極端な悲劇を招かないで済むバランスが取れていれば良いので、一方に大手メディア (いわゆる マスゴミ) や人権派の文化人、団体があるなら、もう一方に匿名掲示板や2ちゃんねるのようなカウンターの存在があった方が 健全 というものです。

 もちろんそこに、匿名掲示板にありがちな特定個人に対する誹謗中傷や 人格攻撃 が起こらないよう、起こってしまったらどう救済し再発を防ぐのかを、リテラシー の向上ともども考えていく必要があります。 それはネットだろうがリアルだろうが社会に参加する人間の義務のようなものでしょう。 そしてそれを誰よりも先に行い範を垂れるべきなのは、これまで メディアスクラム他責他罰的 な批判ばかりを商売として繰り返し、おたくを犯罪者予備軍のように誹謗し、いままた 「ネットの闇」 などといったキャンペーンを上から目線で行って良識派のつもりでいる方なのでしょう。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2001年10月3日/ 項目を分離して整理しました)
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