信者は続くよ聖地へ向かい…いまや アニメ による 「萌えおこし」 なんて言葉も
「聖地」(せいち) とは、「聖なる場所」(Holy Sites/ Holy Ground/ Sacred Ground)、「信仰の対象となるような場所」 のこと、「聖地巡礼」 とは、そこを聖地だと崇める人たちが、自らの信仰を高めるため、あるいは信仰の証を立てるため、その場所へ (しばしば困難を克服して) 訪れること (巡礼の旅/ Pilgrimage) です。
人気アニメ 「けいおん!」 の舞台となった滋賀県の 旧豊郷町立豊郷小学校は、熱心なファンが全国から訪れる 聖地巡礼・舞台探訪の代表的存在 見学だけでなく、フィギュア持参で記念撮影も楽しい |
こんにちの日本では、もっぱら 「アニメやマンガの舞台となった土地や建物」 へ訪れることを指すケースが多いでしょう。
「聖地礼拝」「聖地探訪」 と呼ぶこともありますが、宗教的な意味の言葉である 「聖地」 を避けたり、創作物の舞台となったことを狭義で分かりやすく示す 「舞台探訪」「モデル地訪問」、2008年末頃からは、マスコミ主導で 「オタクツーリズム」(オタツー) などと呼ぶケースも多くなっています。 もっとも日常会話に宗教 (とくに仏教) 関連の言葉は無数にありますので (挨拶とか玄関とか安心とか応答とか)、聖地のみ使うのを避けるのも気にし過ぎな気がしますが。
一方、同人 の関係者が コミケ が開催される 東京ビッグサイト をそう呼んで訪れたり、アニメ や マンガ の ファン などが好きな作品に登場する場所、モデルとなった土地をそう呼んだり、あるいは 秋葉原 や 乙女ロード などの オタク街 をそう呼ぶ場合もあります。 音楽の世界では、歴史的なコンサートが開かれた会場なども 「聖地」 と呼ばれます。
聖地の元ネタ? としては、やっぱりエルサレムの旧市街です
狭義、本来の意味での 「聖地」 や 「聖地巡礼」 と云えば、宗教における神聖な場所、とりわけ世界三大宗教 (ユダヤ教・イスラム教・キリスト教) の聖地、エルサレム (Jerusalem/ 東エルサレム) へ、信者 が聖なる価値を見出し訪れることを指します。
エルサレムには、聖墳墓教会や嘆きの壁、岩のドーム、銀のドームなどの宗教的に極めて重要なだけではなく歴史的にも貴重で有名な施設、遺構が建ち並んでいます。 1981年にはヨルダンによって申請され、「エルサレムの旧市街とその城壁群」 として世界文化遺産にも登録されています。
巨大な3つの宗教、それも歴史的に血で血を洗うような激烈な宗教戦争を繰り広げてきた三大宗教の聖地が、歴史的経緯で当然とはいえ1ヶ所にまとまっているだけに、各宗教の信者の巡礼も時期によっては困難を極め、「訪れることが夢」「万難を排して訪れることこそが真の信者の証」 のような特別な意味、意義が、数十世紀にわたって積み上げられてきています。 三大宗教のどれにも帰依していない無関係な人を含め、人類にとって自他共に認める歴史的な聖なる場所といってよいと思います (ちなみにエルサレムの原型は紀元前30世紀、カナンの時代と云われています)。
なおキリスト教の世界では、このエルサレムとスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ、ローマを、三大巡礼地と呼んでいます。
その後 「聖地」 は、あらゆるカテゴリで 「象徴する場所」 の意味として慣用句化
日本はもっぱら仏教や神道が大きな存在感を持つ国ですが、「高野山」 や 「比叡山」、あるいは 「身延山」 などが、歴史的に聖なる場所に当たります。 ただし 「聖地」 という呼び名はあまり一般的でなく、山岳信仰が盛んだったことから、「母山」 や 「霊山」「本山」「総本山」 や 「霊場」「霊地」 といった呼び方が多いようです。 ですので 「聖地」 を本来の宗教的な意味で使うことは少なく、ほぼ近代になって 「俗語化された一般名詞」 としての使われ方とその普及が、もっぱらだったようです。
転じて 「聖地」 は、ある民族なり職業なり芸術なりスポーツなり、あらゆる カテゴリ の 「最も重要な場所」「発祥の地、終焉の地のような記念碑的な場所」 を指し示す言葉として使われるようになりました。
日本における俗語的な 「聖地」 の正確な初出第一号はわかりませんが、世間に大きくその言葉が広まったのは、近代オリンピック (五輪) の日本参加 (初参加は 1912年ストックホルム夏季大会) あたりからでしょうか。
この時は男子陸上のみの参加で大きな盛り上がりもなかったようですが、ナチス政権下の 1936年ベルリンオリンピックは初のラジオ中継がされたこと、日独伊の軍事同盟の端緒である 日独防共協定が締結され日独友好が盛んに喧伝されたこと、スポーツの振興が国威発揚と軍備増強に直結していた時代だったこともあり、「オリンピックの聖地」「スポーツの聖地」 としてギリシャのアテネが盛んに取り上げられたことにありそうです。
なおナチス政権下のドイツ音楽の世界では、作曲家リヒャルト・ワグナーの楽曲と、彼が自身の手で作り上げた 「バイロイト祝祭劇場」 の存在感が突出していました。 ワグナーの熱狂的なファンを俗に 「ヴァグネリアン」 などと呼びますが、バイロイトにオペラを聴きに行くことを、「バイロイト詣で」「聖地巡礼」 などと呼んでいたのもこの頃でした。
文化作品、アーティスト生誕の地などが聖地化
その後 「聖地」 は、作家や画家、作曲家などの偉大な芸術家の生誕の地 (生家) などをあらわす呼称として広まり、それはその作家らの作った作品のモデルとなった地や登場する場所への言葉としても使われるようになりました。 それに従い、その作家や作品のファンが、「その場所をひと目見てみたい」 と訪れるようになり、「聖地巡礼」 が始まったようです。
ところで、こんにちのような言葉の使われ方として一気に広まったきっかけは、ロックコンサートにおける専門誌や週刊誌の報道にあったようです。 「ロックの聖地」 と云えば、アメリカはニューヨーク州サリバン郡べセルで開催される 「ウッドストック・フェスティバル」(Woodstock Music and Art Festival) が有名ですが、1969年8月15日から3日間開催されたこの野外コンサートは 50万人ものファンが集まり伝説化。
1960年代のアメリカを覆った独特な空気などもあり、日本でも 「聖地」 と盛んに伝えられるようになりました。 以降、特定のイベントや作品を象徴するような場所を 「聖地」、そこに人が集まること (それもかなりの大人数) を 「聖地巡礼」 と、マスコミや一般の人も、普通に 使うようになったようです (イスラムの聖地 「メッカ」 に倣い、「○○のメッカ」 みたいな言い方もありました)。
おたく系の聖地と云えば、まずは 「トキワ荘」
漫画ファンや、いわゆる おたく系 の目立った 「聖地」 の最初のケースとしては、東京の豊島区南長崎にあったアパート 「トキワ荘」(1952年12月6日〜1982年11月29日) があまりに有名です。
漫画家、手塚治虫の 1953年の入居を皮切りに、駆け出し時代の石森章太郎、赤塚不二夫、藤子不二雄、水野英子、つげ義春、つのだじろうといったそうそうたる著名漫画家が多数入居 (家賃は月 3,000円)。 それら漫画家が有名となると、「漫画家の聖地」 さらには 「漫画の聖地」 となり、存在を知る者が見物に訪れることが多かったようです。
後に 「トキワ荘」 の名と場所が広く知られるようになると、すでに著名な漫画家らは退出した後だったにもかかわらず半観光地化。 1982年の取り壊しの際には、特別番組がテレビで放映されるほどでした。 …すいません、ここ行きました。 似た ニュアンス として、大手アニメ製作会社のスタジオとか、漫画家のプロダクションの所在地なども、聖地化してましたね。
アニメ版 うる星やつらの舞台、武蔵小金井が注目を
作品中に登場する場所が 「聖地化」 となって大きく注目を集めたといえば、アニメ化もして大ヒットとなった 「うる星やつら」(高橋留美子/ 少年サンデー/ 小学館/ 1978年〜1987年) に登場する東京の練馬区 (友引町のモデル) でしょうか。
その後のアニメでは武蔵小金井となりましたが、印象的な放映第一回目の 「あたるとラムの鬼ごっこ」 が武蔵小金井の商店街で行われ、多くの 「うる星ファン」 が、「聖地巡礼」 とばかりに押しかけたようです…っていうか、家がそばなので、あたしも行きまし
実写である 「特撮」 などもそうですが、おとぎの国の物語であっても、どこかに 作者 がイメージした、あるいは参考にした土地があるものです。 アニメやマンガ、小説のファンなどは、それをもろもろの状況証拠 (作者の生い立ちなども含め) から推理し、当てはまる場所を探して、実際に訪れる。 こういう楽しみは、何も 「おたく」 だけの楽しみではありませんが、思い入れの激しい人が多いこともあり、やっぱりオタク 界隈 で作品ごとに、よく話題になっていたようです。
アニメ、セーラームーンの舞台、麻布十番と氷川神社が聖地としてブレイク
麻布十番の氷川神社 |
この種の ネタ で絶対に忘れられないのは、アニメ 「美少女戦士セーラームーン」(武内直子/ なかよし/ 講談社/ 1992年3月7日〜1997年2月8日) に登場した麻布十番と、作品中に登場するキャラ、火野レイ (セーラーマーズ/ 第10話「呪われたバス! 炎の戦士マーズ登場」 より登場) の住む 「火川神社」(麻布十番に実在する氷川神社がモデル) でしょう。
神社ということもあり、「コミケ」 帰りのセラムンファンが大挙して押しかけセラムンキャラの 絵 を描いた絵馬を大量に奉納。 その様子は当時のアニメ雑誌だけでなく、一般マスコミも大きく報道するムーブメントとなっていました。 後の 「らき☆すた」 の 「鷲宮神社」 もそうですが、絵馬 (痛絵馬) を奉納したり、それを見るというのが、強力な目的意識をこれらの場所に付加し魅力となっているのでしょう。 また 「神社」 が 「聖地」 と呼ぶにふさわしい場所であったことも影響していたと思います。
当時 筆者 は パソコン通信 のセーラームーン関連の場所に入り浸っていましたが、やれ劇中に登場するゲーセンのクラウンは同名のパチンコ屋で実在するの、私立T.A女学院は麻布そばの東洋英和女学院がモデルだのと、膨大なリサーチ結果が次々と 特定班 によって ネット にアップされ、それらをまとめてプリントした紙と地図を片手に訪れるファンが大勢いました。 大人数の FC などですと、マップを作ってスタンプラリー状態になっていたり…。 っていうか、筆者も普通に絵馬とか奉納してましたが… ><。
アニメ 「らき☆すた」 の大ヒットで埼玉県鷲宮と鷲宮神社がブレイク
「らき☆すた」 の聖地、「鷲宮神社」 |
お正月は初詣客で参道が埋め尽くされる |
「鷲宮神社」 に奉納された無数の 「痛絵馬」 |
2007年になり、アニメ 「らき☆すた」(美水かがみ/ コンプティーク/ 角川書店/ 2007年4月〜2007年9月/ 原作連載は2004年1月〜) に登場する柊姉妹 (二卵性双生児の柊かがみ、柊つかさ、他に 姉 が2人いる) の住む神社のモデルとなっている埼玉県鷲宮町の鷲宮神社が注目を集め、ファンが殺到しました。 ネットで大きな話題になっているところに、アニメ雑誌が聖地特集を組み、一気に来訪者が増えたようです。
おりしも 「YouTube」 などの 動画共有サイト が流行っていたこともあり、アニメのシーンと実際の風景を並べて見比べるような動画も多数アップ。 さらにモデルとなった現地で劇中のキャラと同じような動作や踊りを行った動画も次々にアップされ、話題に。
それを受け、鷲宮町商工会が町おこしを開始。 盛り上がりを見て 主人公 こたなの住む町のモデルとなった幸手市もグッズ類などの制作販売を通して町おこしにつなげるなどヒートアップ。
2007年12月2日には、聖地化されていた鷲宮神社で公式参拝 (らき☆すた原作者やアニメ声優などが参加するイベント) が開催され、記念グッズの発売や町ぐるみのサービス、記念碑の建立などが行われ、熱心なファン 3,500人が集結。
翌 2008年には、鷲宮神社の初詣客が、昨年の 13万人から、好天も手伝ってか 17万人増の 30万人に膨れ上がり、さらにその翌年 2009年には、12万人が増えて 42万人に、2010年には45万人となりました。 あまりの人気ぶりに、萌えを使った町おこし、萌え起こし のモデルケースとしても注目を集めることにもなっています。
その後作品に登場する柊一家を鷲宮が 「住民登録」し、住民票交付を行ったり、2008年9月7日に開催された、毎年恒例のお祭り、「土師祭」(はじ祭) に 「らき☆すた」 キャラの描かれたアニメ神輿 (痛神輿) が登場、120人に担がれて練り歩き、前年比約2万人増となる約5万人が訪れ賑わうなど、大きな話題となりました。
それ以前にも、アニメや ゲーム (美少女ゲーム/ エロゲー) の舞台を調べたり、その場所を探訪するような人はたくさんいましたが、やはりネットの普及が 「聖地巡礼人口」 の爆発的増加の、大きな要素だったようです。 とりわけ 2000年代となり、インターネット などで誰でも情報を 共有 できるようになり、さらに検索サイトでそれらを簡単に調べられるようになると、趣味 の延長として訪れようと考える人が増えたようですね。
結果的に現実世界の街と寄り添うようになった、経済的な理由も
アニメ ガールズ&パンツァーの舞台となった 茨城県大洗町では、スタンプラリーなども実施 |
大洗駅には戦車道全国大会で優勝した 大洗女子学園を祝う横断幕が登場 |
物語の舞台となった大洗リゾートアウトレット では、特設のグッズショップも |
なおこの1990年代末〜2000年代にかけてこうしたブームが盛り上がった背景にはもうひとつ、忘れてはならない理由があります。 それはこの時期にアニメやゲーム、とくにオタク向けの美少女ものなどにおいて、舞台となる背景やその 画像 が、より現実世界と強く繋がらざるを得ない経済的な事情があったことです。
オタク向けコンテンツが膨大に企画され、深夜アニメなどが短期間に低予算で大量に作られるようになると、「舞台設定」 や 「背景画像」 に大きな手間や時間、予算をかけることが難しくなり、「既存の素材 = 現実の街」 を使うことが、コストダウンのために必要になったのですね。
ゲームにしろアニメにしろマンガやその他のコンテンツにしろ、主人公がどこに住んでいて、その住んでいる場所がどのような形になっているのかをきちんと決めるのは、コンテンツ制作者にとっては頭の痛い問題です。
例えば登場人物が家から出て駅に向かう時に玄関からどちらに向かうのか、学校や公園や図書館、コンビニや友達の家ならどちらになるのか、あるいはその方角は各々どちらで、朝と夕方とで太陽はどちらにあり影はどうなるのかなど、事前にきちんと 設定 としてスタッフ間で共有していないと、途中で破綻したり前後で辻褄が合わなくなってしまいます。
また背景画像などはいちからパースで描き上げるのはかなり面倒で、スピードアップやコストダウンのために実際の街などを撮影した写真を参考資料にしたり、場合によってはそのまま加工して使うようなケースも多くなっています。
ようするに、こうした 「舞台設定を作るためのコストをカットするための苦肉の策」 が、結果として舞台となる街や地域とのつながりを強め、聖地巡礼や舞台探訪の楽しみを増やすことになっているのですね。
もちろんSFや ファンタジー のように、世界観 それ自体が全くの架空のものだったりすると、こうした方法は難しくなってきますが、ほとんど同じ時期から、ごく普通の日常生活を テーマ とした作品が人気になったり、ある程度のリアリティが作品に求められるようになるなど、様々な要素が相乗する状況にあったのも、こうした現象が発展する前提条件となっていました。
こうした傾向はその後も続き、あるいは鷲宮の萌えおこしを成功事例としてアニメ作品と タイアップ する地方自治体も増えている状況ですが、一方で舞台となる地域の自治体などが地元PRを行き過ぎた形で行ったり、あまりにあざとすぎる設定、ぼったくり価格になりがちなご当地グッズの販売などは、逆にオタクの側から 「ゴリ押し やお仕着せはうんざり」「白ける」 と叩かれる状況にもなっています。
また多くのアニメスタジオが東京にある事から、聖地が関東地域に集中しがちな面もあります。 元々が制作コストの削減にあるため、ロケハンに時間や費用が掛からない近場が選ばれる (場合によってはスタジオのある地元) のは、当然と云えるでしょう。 ある地域と密接な関係のある原作、あるいは自分の地元に思い入れのあるスタッフがいる場合、意外な場所が舞台として選ばれるケースもありますが、全体を見ると関東や関西の大都市圏がその大半を占めているのが現状でしょう。
頻繁に話題に上る、物語の 「舞台としての聖地」 一覧 (暫定版)
作品タイトル | アニメ版の放送期間/ 映画封切日 | 舞台、もしくは舞台のモデルとなった主な場所 | うる星やつら | 1981年10月14日〜1986年3月19日 | 東京都 武蔵小金井 | めぞん一刻 | 1986年3月26日〜1988年3月2日 | 東京都 東久留米市 | 美少女戦士セーラームーン | 1992年3月7日〜1997年2月8日 | 東京都 港区麻布十番町 | 天地無用! 魎皇鬼 | 1992年〜1993年 (OVA 第一シリーズ) | 岡山県 | SLAM DUNK | 1993年10月16日〜1996年3月23日 | 神奈川 県鎌倉市(湘南地域) | 耳をすませば | 1995年7月15日公開 | 東京都 多摩市 (聖蹟桜ヶ丘) 武蔵野市 | 機動天使エンジェリックレイヤー | 2001年4月1日〜9月30日 | 東京都 渋谷区恵比寿 | おねがい☆ティーチャー | 2002年1月10日〜3月28日 | 長野県 大町市 | Kanon | 2002年1月30日〜3月27日 | 東京都 東大和市 | 朝霧の巫女 | 2002年7月〜12月 | 広島県 三次市 | 最終兵器彼女 | 2002年7月3日〜10月9日 | 北海道 小樽市/ 札幌市 | 魔法遣いに大切なこと | 2003年1月10日〜3月28日/ 2008年7月〜 | 岩手県 遠野市/ 東京都世田谷区下北沢 | エルフェンリート | 2004年7月25日〜2004年10月17日 | 神奈川県 鎌倉市/ 茅ヶ崎市(湘南地域) | AIR | 2005年1月6日〜3月31日 | 和歌山県 日高郡美浜町 | かみちゅ! | 2005年6月29日〜9月28日 | 広島県 尾道市 | 苺ましまろ | 2005年7月14日〜10月13日 | 静岡県 浜松市 | ARIA | 2005年10月5日〜12月28日 | イタリア ヴェネツィア・京都府 伏見区 | Fate/ Stay night | 2006年1月〜6月 | 兵庫県 神戸市/ 明石市 | 涼宮ハルヒの憂鬱 | 2006年4月〜7月 | 兵庫県 西宮市 | 時をかける少女 | 2006年7月15日公開 | 東京都 豊島区 中野区 新宿区 江戸川区 ほか | らき☆すた | 2007年4月〜9月 | 埼玉県 春日部市/ 鷲宮町 | ひぐらしのなく頃に | 2007年7月5日〜12月17日 | 岐阜県 白川郷 | true tears | 2008年1月〜3月 | 富山県 富山市/ 氷見市/ 高岡市/ 城端町 | かんなぎ | 2008年10月〜12月 | 宮城県 仙台市 | とある魔術の禁書目録 | 2008年10月2日〜2009年3月 | 東京都 立川市/ 多摩センター ほか | とらドラ! | 2008年10月〜2009年3月 | 東京都 北区 赤羽北/ 板橋区 上板橋 ほか | けいおん! | 2009年4月2日〜 | 京都府 京都市/ 滋賀県 犬上郡豊郷町 ほか | とある科学の超電磁砲(レールガン) | 2009年10月2日〜2010年3月19日 | 東京都 立川市/ 多摩センター ほか | 俺の妹がこんなに可愛いわけがない | 2010年10月3日〜12月19日 | 千葉県千葉市 | たまゆら | 2010年11月26日(OVA発売) | 広島県 竹原市 |
東方風神録 東方プロジェクトシリーズ | 2008年8月〜 | 長野県 諏訪市/ 茅野市/ 下諏訪町/ 岡谷市 |
※ 独立U系放送番組は、放送時期が地域によって異なります。
メジャーな観光地はオタクの姿も目立たず…?
物語の舞台、新宿駅 (アルプス広場) で 開かれた漫画 「シティーハンター」 のイベント 小さいものは各地で頻繁に開催されている |
東京の新宿や渋谷、秋葉原などは関連作品が膨大にありますし、観光地として名高い神奈川県の横浜や湘南、京都府、作品の設定上避けて通れない場所 (例えば軍事モノにおける呉や、レースモノにおける富士や鈴鹿など) なども、作品の舞台としてはおなじみの場所です。
ただしあまりに多くの作品で当たり前のように使われている場所は、ありがたみも薄れるのか 「聖地」 としては注目されない傾向もありますね。 またこれらの地域が元々大勢の観光客を呼ぶメジャーな大都市や観光地だということもあり、聖地化されていたとしても、「オタクの巡礼」 が埋もれてしまって目立たないということもあります。
「ホットロード」 と 「湘南爆走族」 ファンが集う湘南
特異なケースとしては、1986年1月号〜1987年5月号まで別冊マーガレットに連載された暴走族の少年と少女のふれあいを描いた少女漫画、紡木たく の 「ホットロード」 のモデルとなった場所、神奈川県湘南の江ノ島近辺に、熱心なファンの女子中学生・高校生が詰め掛けたなんてケースもあります。 当時は週末ともなると 茶髪 の宮市和希モドキが、「片瀬江ノ島駅」 のそばで江ノ島への入り口前に建つコンビニ、ローソンの前にたむろし、それを目当てにした春山洋志モドキ、もしくは江口洋助モドキ (湘南爆走族/ 1982年〜1988年/ の主人公) も集まり、ナンパ のメッカのようになっていました。
ヤンキーやつっぱりが大ブームだったこの時代、ホットロードと湘爆の人気は極めて高く、その影響も大きなものでした。 車やバイクにそれぞれの作品キャラの絵柄をカッティングシートであしらったり、作中に登場する服 (湘爆ジャンパーなど) を着こんだりと、コスプレ やその後の 痛車 っぽいニュアンスの若者文化が、いわゆるおたく文化などとは異なる文脈で同時進行していた点は、注目すべき部分でしょう。
また同じ湘南を舞台としたスポーツ少年漫画 「SLAM DUNK」(スラムダンク/ 井上雄彦) などでも、アニメ化される前から、女性ファンの姿が鎌倉などで度々目撃されていたようです (秦野の友人談w)。 こういった巡礼は、男女を問わず、また作品傾向やファンの 「人種」 も問わないことがわかります。
庶民のささやかな楽しみ、「聖地巡礼」
アニメやゲームの聖地巡礼とはちょっと違いますが、室町時代以降、とりわけ江戸時代以降には、「お伊勢参り」 などが庶民の 「娯楽」 として存在していました (熊野や出雲なども)。 こうした巡礼は神仏と信仰を建前としているので、その申し出を奉公先 (勤め先) の上役の役人や主人もむげに断れず (黙って行く人もたくさんいた)、仲のよい仲間や家族などと、集団で参詣をしていたようです。
宗教的な目的はもちろんあるにせよ、それをきっかけに知らない土地へ行き、見聞を広め、また同じような考え方を持っている人たちと交わって親睦を深める。 「神様」 を 「ダシ」 にした息抜きやレジャー、ある種の 「庶民の知恵」 というか、「たくましさ」 を感じます。
また物語の舞台を庶民がありがたがるという点でいえば、日本のみならず世界最古の長編小説とも呼ばれる 「源氏物語」 とその 読者 の思いも、庶民の読書がある程度広まった江戸時代以降には、風俗や文化、ある種の 商業 活動として、ゆかりの地で盛り上がっています。 例えば源氏物語の登場人物が暮らしたとされる館や庵、あるいはその跡などが京都を中心にたくさんあり、庶民が訪れていたことが分かっています。 なかには架空の人物のはずなのに墓などもあり、ファンの思いが大きいのか商魂逞しいのかはわかりませんが、現代と何ら変わらない 「物語と舞台に対するファンの接し方」 がありました。
軍隊を派遣して殺し合いで奪い合った聖地が、今は (少なくとも日本では) 好きなアニメのキャラが普段見ている (であろう) 風景を自分も見たい、いつも吸っている空気を自分も吸いたいと訪れる 「癒しの聖地」 となっています。 イスラエル近辺はいまだに血なまぐさい事件や紛争が起こっていますが、筆者なんかは、日本人でよかった、アニメファンで良かったと、心の底から思ってしまいますね。 複数の宗教、神様が優しく共存する熊野もそうですが、あえて主語を大きくすれば、日本人にはそういった精神が自然と宿っているのでしょう。
なお 「秋葉原」 をアキバ系 (「おたく」) の聖地、「乙女ロード」 を乙女系 (腐女子) の聖地とも呼びます。 カテゴリごとに 「聖地」 が生まれるのは当然とは云え、やっぱりアニメやら 「おたく」 関係では、「聖地」 の数がかなりありますね。 まぁそれで人の動きが盛んになり、舞台となっている地域が活性化するのなら、それもまた良しでしょうけれど。
「礼儀正しい普通の青年でした」…裏を返せば
それはそれとして、おたくの 「聖地巡礼」 がニュースなどで報じられると、決まって地元住民の声として、「礼儀正しい普通の青年でした」 という コメント がでるのはなんとも。 まぁマスコミの作り上げた差別的なオタクのレッテルをそのまま受け取っている人が多いのかも知れませんが…普段どんだけ色眼鏡で見られているんでしょうか…。
観光地や駅前の商業地域、公共施設 などならあまり問題はありませんが、作品によっては小学校や住宅街をモデルとしているケースもあり、当然ながら日ごろは地元の人しか来ないような場所も、聖地巡礼コースの中に入る可能性があります。 中には個人の住宅をモデルとしているケースもあり、敷地に近づき無断で写真を撮影されることに抵抗感や、精神的な不快感、苦痛を受ける住民がいることも話によく出てきます。 これは無理からぬことでしょう (「苺ましまろ」 では、掲載誌の 「月刊コミック電撃大王」 が、2006年3月号で 「聖地巡礼」 の自粛を呼びかける騒ぎになりました)。
私有地ではなく天下の往来だからと、ズケズケと入っていくのは大きな問題があります。 とりわけそれが平日の日中だったり、他県ナンバーの車で大きなカメラを構えながら低速走行していたら、普通に不審者、あるいは犯罪者に見えてしまいます。 その作品のモデルとなった地域を作り上げている住民に無用な心配や不快感を与えないよう、「よそ者」 として節度ある行動をとるようにしましょう。
「愛する作品の舞台」 にも愛を…
それと、これは蛇足ですが、おたくの聖地巡礼では、「ついで観光」 をしないというのがよく話にでますね。 目的の場所を足早に巡って写真撮ったりして終わりなんですね。 できれば土産物店や地元商店街にお金を落とすようにしたら、あるいはそのついでにちょっとしたコミュニケーションを取るなどしたら、ひょっとしたらその商店の人がオタクや腐女子、アニメファンらの 「味方」「よき理解者」 になってくれるかも知れません。
ごみを捨てない、騒いだり徒党を組んだりしない…などといったアニメファン以前に人間として当たり前のマナーより、さらに一歩踏み込んだ地元還元を、こういう世界で楽しんでる人間の一人として、迷惑にならない範囲でできたら良いなぁ…なんて思います。 そうした地道な活動がオタクや腐女子に対する偏見をなくし、訪れた人の旅の楽しみを何倍にも大きくし、さらに舞台となった地域を経済的に潤せれば、まさに一石二鳥三鳥と云えるのではないでしょうか。