現実ではありえない素材、構造、ふるまい… 「謎服」
「謎服」(なぞふく) とは、マンガ や イラスト に描かれた キャラクター がしばしば身に着けている、機能性を欠き 「服の構造的にそうはならんやろ」「どうやって着たんだこの服は」 という、現実ではありえない謎な素材・構造・形状で作られたような衣類描写・服飾デザインを揶揄する言葉です。 制服 の場合は 「謎制服」「謎構造制服」 などとも呼びます。
謎服が生まれる背景としては、単に 作者 が無知で誤って描いている場合もあれば、ある程度は構造も分かっているけれどそれに従うと望むような形状にならないために、あえて無視して見た目重視・エロ さ重視・他デザインとの差別化重視で描いている場合もあります。 また個人の描いた 趣味 の 絵 などでは、デフォルメが過剰だったり作者の画力が未熟でデッサンが狂っているだけの場合もあるでしょう。 成人向け作品 の場合、知的財産権や社会情勢に対応した自粛や 自主規制 といった部分もあります (後述します)。
服全体だけでなく、同じように意味不明で現実ではまずありえない動き方をするような服の部位やパーツ単位 (謎パーツ) それ自体を指す場合もあります。 例えば何のためについているのか分からない紐や リボン (謎紐や謎リボンの他、萎え紐 とも)、奇抜すぎる色使い (ピンクや黄色の多用など警戒色っぽい)、極端なシルエット (例えばやたら 濡れ透け する素材、おっぱいを1つずつ包み込むような 乳袋、短すぎたり股間にぴったりと張り付くような ミニスカート、袖 (パフスリーブ) の膨らみが巨大でやたらと硬そう) といった いずれも現実の衣服や使い勝手を無視したありえない服 (とくに制服) のあれこれを揶揄するものとなります。
なお女性剣士などが身に着ける蓋然性とか合理性を欠く防護服や鎧といった防具 (ビキニアーマー など) を謎服とする場合もありますが、この場合はシンプルに謎アーマー・鎧とか謎防具などと呼ぶことの方が多いでしょう。
成人向け商業作品における謎服の誕生やその背景
成人向けの 商業作品 では、謎な服が多く登場します。 とくにエロゲーやギャルゲー (アダルトゲーム・エロゲーム) における制服はぶっとんだデザインのものが多く、謎服の宝庫です。 一部では揶揄の意味を込めてエロゲ制服とかギャルゲ制服などと呼ばれることもあります。
エロゲにそうしたデザインが多いのは 美少女コミック誌 の流れとか一般誌の流れとか、かわいらしさ、萌え の追求という部分や、エロゲ全盛期の大量生産の時代にあって他作品との安易な差別化を意図したものなどが理由として挙げられます。 しかしことさらに 「現実にはありえない奇抜なデザイン」「工事現場か前衛芸術のような大胆な色使い」 をあえて行う部分については、「リリース後に他タイトルと被っていたことが分かると修正する必要が生じる可能性がある」「万が一実在する学校の制服と同じになったら成人向け作品の性質上、色々と気まずい」 というリスクを回避する意義もあります。
とくに1990年代から2000年代初めにかけて、いわゆる 有害コミック を巡る 子供向けポルノ追放運動 とかエロゲ規制、さらに 児童ポルノ法 の問題が大きくクローズアップされ、実写である AV (アダルトビデオ) でも現実の世界ではありえないピンク色の制服などを自主規制で選択することもあった時代には、これは切実な問題でもありました。
頭身規制 や幼稚園児服・ランドセル などの作中表現の禁止、小学校や中学校、小学生や中学生、女子高生といった名称使用の自粛や禁止による言い換え (「学園」「学院」 とか 「女子校生」 とか) など、当時は有形無形の様々な自主規制が ゲーム の世界にも現れていたのですね。 とはいえ、オーソドックス・トラディショナルな形状の制服で色だけ変えればある程度リスク対応は事足りるので (ただし皆がそれをやると他タイトルと被る可能性が高まる)、やはり奇抜なデザインは製作者側の独創性や可愛らしさの追求が目的の第一だったのでしょう。
これは規制逃れや売上がどうのというビジネス上の観点もさることながら、エロゲ全盛期における関係者らの自負やこだわりから生じたとの話は、界隈 からそれなりに耳にする話です。 全く同じ頃、1980年代からバブル時代に花開いた DC ブランドによるおしゃれな制服の出現 (セーラー服 の変形や ネクタイブレザー など) や、その影響を受けたと思われる少女漫画の変形学生服などなど、様々な ジャンル が相互に影響を与えていたでしょう。
テンプレ・記号としての制服っぽいシルエットや香りを残しつつ、いかに実在制服から離れて流行を取り入れさらにその先を目指して可愛くするかの挑戦は、おたく の世界の制服風服飾表現のみならず、その後の実在アイドルのステージ衣装 (AKB 関係をはじめ、制服風のシルエットや意匠をもった衣装が激増します)、ひいては現実の女性のファッションなどにも結果的に広く相互作用や影響を与え、飛躍的に発展させる契機となった部分もあります。
「男性おたくは女性服を知らない」 実は女性作家の作品も多かった謎服
正確な割合などはわかりませんが、エロゲ制服デザインを手掛けたイラストレーターやデザイナーには女性も非常に多く、一部でよく云われる 「男性のおたくは女性服のことをよく知らず、ろくに調べもしないで 妄想 で描いているから謎服になるのだ」 との批判は、かなり的外れでしょう。 ここで逐一作家名などは挙げませんが、女性作家だと公表したり、そうであるのが判明している作家以外にも、性別不明クリエイターの中にかなりの女性作家が含まれているのは、当時業界にいた人ならうなづいてくれるのではと思います。 実作業を担うグラフィッカーも含め、多分少なくとも半数以上は女性だったのではないでしょうか。
当時こうした世界に女性クリエイターの新規参入が相次いだのは、元々収入が安定しないクリエイティブ・デザイン業に女性が多かったという部分もありますが (芸大・美大やアート系の学部や専門学校なども学生の7割は女性ですし)、バブル崩壊後の氷河期にあって女性の就職先が激減していたこと、主に婦人団体や女性団体が中心となった子供向けポルノ追放運動による影響を避けるための役割や知恵を期待されたという部分があったのは、この頃近い業界にいた 筆者 はわりと感じるところです (筆者のいた職場でも、制作事例やサンプルイラストなどをまとめたポートフォリオを持ち、「ただでもいいので仕事ください」 みたいな活動を行う女性を何人か見ました)。
この頃はほんとに新卒者や若者、とくに女性には、仕事がなかったんですよね。 何しろ氷河期な上に団塊ジュニア世代で人数も多かったのですから。 もちろん筆者が知るごく狭い範囲の話なので、業界全体でどうだったかは語る立場にありませんけれど、まぁ傾向はどこも同じようなものだったのではと推察はします。 表面上女性作家が少なく見えるのは、とくにエロの分野では様々な有形無形の問題 (嫌がらせとか本人が隠したいとかあれこれ) があったからです。
ちなみに筆者のようにたいして絵が上手いわけでもないマイナー畑の 絵描き は、安い仕事でも必死に頑張る新人絵師の大量参入によって稿料の低下や仕事がなくなるなど割と余波を受ける立場でした。 だってこの頃に出てきた女性作家の絵って、本当に上手くて魅力的、しかも本人も真面目で謙虚で一生懸命なんですもの。 性的表現にも積極的で、あたしなんてもうまるで太刀打ちできませんでした (これはライターみたいな 文字書き の分野でも状況は同じでした)。
謎紐、乳袋、謎だらけのマンガやゲームの制服
謎服・謎制服の代表的存在と云えば、前述した用途不明のリボンや萎え紐、女性の胸を包み込む乳袋があります。 また肩部分で本体とは分離しているのになぜかずり下がらない袖、一般では制服に採用されることはまずない オーバーニーソックス やブーツもあります。
服飾関係にこだわりを持つ作品ならともかく、作品の本筋ではない部分のちょっとした間違いやリアリティの欠如をいちいち指摘するのも野暮というものですが、詳しい人が見て ツッコミどころ満載 の描写を見たら、つい ツッコミ たくなる心情はわかります。 例えばセーラー服の襟部分の構造とか、旧式の スク水 の股間部分など、表面だけ見ても分かりづらくて、実物を見て触ってみないと間違えやすいポイントは結構あります。
また作者の側で見ても、せっかく描き上げたマンガやイラストに間違いがあって後で修正するのも大変なので、描く際は少しだけ調べてからの方が良いかもしれません。 実際のところ、日ごろ身に着けている服でも構造自体はぼんやりとしか覚えていないものですし、下書きやペン入れをする時点でディティールが浮かばず作業が詰まって困ってしまうこともあるでしょう。
毎日見ている、身に着けている服も、実際の記憶はあやふやなもの
例えばワイシャツなどは誰でも着たことがあるでしょうし、毎日身に着けている人も少なくないと思いますが、記憶だけを頼りにいざ細部まで細かくしっかりと描こうとしたら、実物とは異なる部分が後でいくつもでてくるはずです。 ブラジャーやパンツといった下着もそうですし、靴なども微妙に細部が誤った絵になるはずです。 まして着たこともない異性の服や特定業種の制服や作業着、一般的にあまり実物を見る機会も少なくなった和服ならなおさらです。 物自体は身近でも、絵にすることを考えてじっくり見ないと、中々正確な形を把握することはできません。
ツイッター などにイラストを 投稿 して バズ って大勢の人の目に晒されると、どこかしらおかしなところは見つけられてしまうものです。 細部の描写に迷って何となく 雰囲気 で描いたような部位はとくに誤りが起こりがちです。 作品を見る時に、批判することだけを目的にして重箱の隅を楊枝でほじくるような粗探しをしたり、○○警察 と呼ばれるような マウント のための揚げ足取りも褒められた態度ではありませんが、世の中には特定衣装に強いこだわりや一家言ある人が多いので、指摘は指摘として謙虚に受け入れつつ、なるべく資料に当たる癖はつけておいた方が良いかもしれません。
逆に云えば、服飾品やら持ち物といったファッションやプロップ関係を細かく正確に描けると、それだけで作品がワンランク・ツーランクアップするものです。 今は ネット で簡単に詳しい資料が見つかりますし、「ワイシャツの描き方」「着物の描き方」 といった情報もたくさんあります。 著作権 関係で問題のない フリー素材 の 画像 などもたくさんあります。 ネット通販で異性服だって気軽に買えます。 一度覚えてしまえばその後は間違いもしにくくなりますので、暇を見てじっくり調べて理解してみるのも有益かもしれません。
まあ筆者も過去に散々間違えていますし、恐らくは現在進行形でも間違いを描いているので、偉そうなことはとても云えません。 一応制服関連のものは、素材などを購入して参考にしたり加工したりで対応していますが、それでも万全ではありません。 「こうなっているはずだ」 という思い込みは、結構強烈なものです。 逆に他人の作品を見る時は、単に間違いだと貶すだけでなく、ヌクモリティを持って接することができるといいですね。
そもそも単なる勘違いによる間違いならともかく、可愛らしさやエロさを追及する中で、あるいは日ごろ描いて身に染みついた手癖や個性で実物と違う描写になることなど、絵なんですからあって当たり前です。 創作は現実と作者のそうしたあれこれとを合わせて楽しむものなので、いちいち現実や写真と見比べて 「ここが違う」「あそこがおかしい」 と批判する方が不粋な行為でしょう。