故人の人となりを伝えたり、裏切りを責めたり…「あの時の笑顔」
「あの時の笑顔」 とは、もっぱら誰かが亡くなった際に、親族や親交のあった近親者が生前の故人をしのぶ形で思い出話をする際の常套句のひとつです。 とくに先輩後輩や仕事仲間、友人としての思い出話においてよく見られ、「あの時の笑顔が忘れられない」「強く印象に残っている」 といったフレーズで語られることが多いでしょう。 「笑顔」 だけでなく、「優しい笑顔」「寂しげな笑顔」 といった形容がつけられることもあります。
大切な人との別れの際、残された人がどんな過去を思い出すかは亡くなった人との結びつきや故人の人柄などで人それぞれ、千差万別です。 それに伴い 「頑張っている姿」「前向きな姿勢」「優しく接してくれた」「いつもそばにいてくれた」 など語られ方もたくさんありますが、中でも 「あの時の笑顔が忘れられない」 は、語る人との強い友情や愛情、信頼、故人の好ましい人柄をも彷彿とさせ、弔辞や追悼文、追悼演説などにおける 「泣かせのフレーズ」 としても認識されています。
訃報に接したときにせよ葬儀の場にせよ、遺族や残された友人知人から 「あの時の笑顔」 と語られるのは、旅立つ者にとっては最高の手向けの言葉であり、単に 「明るくていい奴だった」「優れた人物だった」 と云われるより、心に響く言い回しかも知れません。 それに伴い、芸能人など著名人の訃報の際や、マンガ や アニメ といった創作物でもしばしばこうした表現で キャラ を語ったりします。
「あの時の笑顔はなんだったの!?」 裏切りを責める文脈でも
亡くなるといった 永遠 の別れだけでなく、転校・転勤や卒業・退職、引っ越しなどなど、ちょっとしたお別れの際にも、ほっこり するはなむけの言葉としても使われることがある 「あの時の笑顔」。 多少の 思い出補正 はあるにせよ、語られる人と語る人との関係性や絆をベースとした言葉として使い勝手も良いものです。 なので、それが逆の方向に 反転 した場合は、むしろ鋭い刃物のような殺傷力を持ちます。 すなわち 「あの時の笑顔はなんだったの!?」 といった、相手の不誠実な行動や裏切りを責める文脈での使われ方です。
人は人をだます時、言葉で騙しきれなかったり、あからさまな嘘をつくのにためらいがある場合には、しばしば嘘の感情を相手にぶつけてごまかそうとします。 嘘泣きや逆切れなどがそうです。 これは嘘の笑顔や笑いもあり、相手が自分に都合の良い勘違いをしてくれるよう、あいまいに笑うなどは日常生活ではよくある シチュエーション でしょう。 後でそれを咎められても、「ちょっと微笑んだだけで相手が勝手にそうだと思い込んだだけだ」 と他者に対してだけでなく、自分自身の良心に対しても言い逃れができたりします。
こうした文脈での 「あの時の笑顔」 は、不誠実で虚偽にあふれた卑劣な奴だ、こいつと自分の関係は欺瞞でしかなかったとの強い非難の ニュアンス を帯びます。 とくに恋愛絡みの痴話げんかでは、笑顔に限らず 「あの時の○○はなんだったの!?」 は相手を非難する文脈で頻出する代表的フレーズでしょう。
人と人とがお互いを完全に理解し合うのは難しいとは思いますが、できれば 「なんだったの」 ではなく、「忘れられない」 と回顧してもらえるような生き方、人とのつながり方をしたいものです。 いやほんとに。