まともに読みたくないし、レスもしたくない… 「○○まで読んだ」
「○○まで読んだ」 とは、元々の文章には書かれていないが、その文章を書いた人がどのような意図や目的でその文章を書いたのかを看破し、核心部分をズバリと言い当てるような形で ダメージ を与えるフレーズです。
掲示板 2ちゃんねる における レス などでよく見られ、例えば誰かにぐうの音も出ないほどの反論や誤りの指摘を受けて悔しくて仕方がない人が、論点をずらしたり、やたら長文で見当はずれの再反論をした時に、「反論できなくて悔しい、まで読んだ」 などとレスをつけて茶化したりします。
また長文すぎて読むのが疲れる場合、「そんな長文誰も読まねえよ」 という意味で、その文章とはまったく無関係の内容でレスをして腐す使い方もあります。 例えば 「今日はいい天気です、まで読んだ」 みたいな書き方です。
行間ににじみ出る書き手の感情
文章には、書いた本人は隠したつもりの本心がにじみ出たり、本人にもわからない感情の昂ぶりなどが 透け てしまう場合があります。 脊髄反射レス などもそうですが、怒りを感じたり余裕がなくなると表情や態度にそれが出るように、文章やその文章を 書き込んだ タイミングなどに、それがあらわれてしまうのですね。 また場合によっては、無意識に感情がでたふりをして意識的に自分の感情を周囲に察しろと強要することもあります。
こうしたレスによって図星を突かれたり、無関係のレスを返され相手にされていない状態となるとさらに怒りもわきますが、いったん冷静になると自分の心の奥のあれこれを言い当てられているようなこともあり、後で読み返すと 「確かに自分に問題があった」 と気づくような場合も多いものです。
大人になると、幼馴染 や家族を除けば、損得勘定抜きでこちらの心の奥の痛いところ、苦しいところをズバリと看破して突っ込んでくるような相手はいなくなってしまうものです。 バトル や論争で引くに引けない場合もありますが、耳に痛い意見でもそこに道理や自分ではわからない視点、気づきがあった場合は、それを受け入れる心も持ちたいものです。
なお言葉の文字列が何となく似ているフレーズに 「○○まで見えた」 がありますが、こちらは 予想レス の一種であり、この 「○○まで読んだ」 とは何の関係もありません。