一匹狼なのか孤独なのか…「ぼっち様」
「ぼっち」 とは、「ひとりぼっち」 のことです。
「ひとりぼっち」 とは、「たった一人」「孤独な人」、といった状態のことですが、「ぼっち」 は、これの略語のような扱いで使われる言葉です。 友達 (リア友) がいない、恋人がいないなどの人を単に 「ぼっち」 と呼ぶ一方、一人だけで孤独に食べるご飯を 「ぼっち飯」 と呼んだり、一人だけで見る映画を 「ぼっち映画」、友達のいない生活を 「ぼっち生活」 と呼ぶなど、何かに接頭して使うケースが非常に多い言葉となっています。
2ちゃんねる 大学生活@2ch掲示板 |
こうした 「孤独に何かをすること」 については、「一人飯」「一人映画」 などと、かつては 「ひとりぼっち」 の 「一人」 部分が使われ表現されたものですが (マスコミ主導で、飲食店などを女性一人で利用することを、「お一人様」 などと表現する言葉もありました)、これの逆パターンとなります。
本来の言葉の意味から云えば、「一人」 を使う方が 「正しい」 のですが、後半の 「ぼっち」 を接頭した方が、なにやら 「寂しい感じ」「いじけた感じ」 が際立つイメージです。
これらの言葉は、主に大学生などが利用する ネット の 掲示板 などで 「大学の学食でひとりだけで食べる昼食」 の意味で 「ぼっち飯」 が使われるようになり (その姿を見られたくなくて、トイレの個室でお弁当を食べるのは、「便所飯」)、それが転じる形で2000年代末ごろからアレンジされた言葉を多く見かけるようになりました。
なお対義語は友人がたくさんいる、恋人がいて生活が充実しているなどの意味で使われる リア充 となりますが、その最底辺を キョロ充 (キョロキョロと顔見知りを探す様子からネーミング)、さらにキョロ充でありながら友達のいない人は、キョロぼっち などと呼びます。 また 「ぼっち」 を肯定的に捉え、「ひとりきりの生活が充実している」 との意味で、ぼっち充 といった言い回しもあります。
「一人ぼっち」… 元々は 「独り法師」
ひとりぼっちのクリスマスイヴは寒さもひとしお |
「ひとりぼっち」 の 「ぼっち」 は、漢字にすると 「法師」(もしくは坊主) となり、本来は 「独り法師」「独法師」 を指す言葉でした。
この 「独り法師」 は、「どこの宗派、あるいは寺にも属さず、たった一人だけで生活する法師」 という意味で、破門、もしくは変わり者で集団生活に馴染めず寺を 「弾きだされた」 坊主が、勝手に山の中などで生活する様を表す蔑称のような言葉でした。
ちなみにこれが巨大化して妖怪のような状態になったものを、一説では怪奇・妖怪モノの マンガ や アニメ、映画などでおなじみの 「ダイダラボッチ」(ディダラボッチ) などと呼んだりします。
もっともこの説の他にも小さい 「一寸法師」 の対の 概念 としての巨大な法師としたり、森や沼、国を作った神様なんて説もあり、こちらが有力ではあるのですが。
いずれにせよ、「ダイダラボッチ」 も 「ぼっち」 も、どちらも良い意味で使われることがあまりない言葉なのは切ないですね…。
「は〜い、好きな人とグループ組んで〜」 そのほかの 「ぽっち」
なお数が少ない、量が少ないなんてことを表す言葉にも 「これっぽっち」 という表現がありますが (お年玉などを入れる小さなノシ袋の 「ポチ袋」(点袋) も、中身が少ないの意の 「ポチ」 が使われています)、こちらの 「ぽっち」 は 「点」 といった意味で、「ひとりぼっち」 の 「ぼっち」 との関連性はありません。
関連性がない蛇足ついでに、ペットの犬の名前としてポピュラーな 「ポチ」 は、フランス語の 「プチ」(Petit/ 小さい、小型、転じてかわいい) からきているとの説が有力で、幕末の英雄、勝海舟が飼っていた子犬の名前から広まったとされています (異論もあります)。