隠語やそそのかしで仲間を扇動… 「犬笛」
「犬笛」(Dog Whistle) とは、犬や猫といった動物の訓練やしつけ、あるいは指示命令を行うために用いる特殊な笛 (ホイッスル) のことです。 犬の耳には聴こえ、人間の耳では聞き取れない高音を鳴らす笛で、超音波犬笛とかトレーニング・ホイッスル、発明したフランシス・ゴールトンの名前からゴールトン・ホイッスルと呼ぶこともあります。
隠語やダブルミーニングを使った 「犬笛政治」
一方政治の世界などでは、特定の主義や思想を持つものが、同じ主義や主張を持つものだけにわかるような特殊な意味を持つ隠語や符号・暗号・ダブルミーニング (2つ以上の異なる意味や 解釈 を持つ言葉、掛詞) を言説に混ぜて、一般人 にはわからないように何らかのメッセージや扇動・煽り のための号令を発する行為を犬笛と呼ぶことがあります。
誰でもわかるように発言すると大きな批判や反発が生じるような、差別や極端に偏った主義・思想を持つものの間でしばしば見られ、よくあるケースでは特定民族や宗教を誹謗中傷する隠語やダブルミーニングを演説に混ぜ込んだり、その主義主張や運動を象徴する言葉やハンドサインをそれとなく使う、色やマークを身に着けるなどがあります。 例えばあるコミュニティで特定の外国人を家畜の牛に例えた隠語があったとしたら、「ムカつく牛はバーベキューだ」 と投げかけたり、鳴き声を真似てモーという、反芻の真似をして口をもぐもぐさせて揶揄するなどです。
アメリカなどでは、これら差別を意図した発言を一般大衆に悟られないようにしながら公然と用いて扇動する政治運動を、とくに 「犬笛政治」(Dog Whistle Politics) と呼ぶことがあります。 犬笛という言葉や行為自体は昔からあるものですし、個人同士の小さな集まりでも気にくわない相手をあだ名でくさすなどはありふれた光景でしょう。 しかし移民差別や外国人・弱者差別を行っていると批判された米ドナルド・トランプ大統領の選挙戦や退任後のゴタゴタまでの様々な政治運動の場で用いられていたとの指摘がされて改めて注目され、大きな話題となった表現となりました。
日本のネットにおける 「犬笛」
これが転じて ネット の世界では、SNS などで数多くの フォロワー や ファン、あるいは 信者 を持つ著名人やネット論客、インフルエンサー などが、自分の支持者に対して扇動やそそのかしを行ったり、攻撃対象をそれとなく 晒した り 匂わせ るなどを指す ネットスラング としても 認知 されています。 こうした行為を行う人は犬笛吹きや犬笛使い、笛民などと呼ばれることもあります。
一方で、そそのかしなどは具体的にどうこうといった指示や命令、お願いの形ではなく、あくまで間接的・湾曲的に行われるため、本人にはそんな意図などないのに、熱狂的な信者が勝手に意図を嗅ぎ取って過剰反応したり、信者同士で忖度の競争を始めて収拾がつかなくなることもあります。 信者からすれば自分が信奉する人間が相手への攻撃を 「許可した」 ように見えるため、それが自分勝手な免罪符のような役割を果たして罪悪感も覚えなくて済みますし、その人に認めてもらいたい、評価してもらいたいと思うがあまり、罵詈雑言に留まらず誹謗中傷や犯罪予告といった超えてはいけないラインを超えるきっかけになったりもします。 もっともそうした状況や騒動を何度も起こしておいてなお犬笛吹きを繰り返す人は、そうなることを期待しての意図はあると感じられるでしょうけれど。
またこれは逆に、これらの人達を快く思わない人たちから 「お前が犬笛を吹いた」 というこじつけや拡大解釈による事実無根のレッテル貼りや、ほとんど 陰謀論 に近いような冤罪を吹っ掛けられてしまう場合もあります。 争いが生じた際に 「どちらが先に手を出したか」 はとても重要です。 後になって 「原因は○○の犬笛だった」「この状況であんな話をしたらこうなるに決まっているではないか」 などと些細な話を膨らませてでっち上げ、騒動の原因や責任を相手に押し付けることができるのは、とても便利でしょう。 影響力のある人には アンチ がいて常に言動を監視していますから、どうとでも取れる言動に 「これはこういう意図ですよね?」 などと トラブル の火種になりそうな意見に勝手に 「翻訳」 した レス や リプ をして、焚きつけるようなことすらあります。
なお犬笛に踊らされて何らかの行動を起こす人は、前述した信者や犬の他、ファンネル と呼ぶこともあります。 これは アニメ 「機動戦士ガンダム」 シリーズに登場する作中兵器の名称で、モビルスーツの操縦者が遠隔で自在に操作できる小さなビーム砲台のようなものを指します。