作画崩壊…ヤシガニの影に 「三文字作画」 あり
「三文字作画」 とは、アニメ の制作工程の一部を中国や韓国のスタジオやスタッフに外注すること、それによる低品質でしばしば崩壊した作画を指す言葉です。 単に 「三文字」「漢字三文字」、あるいは 「三文字アニメ」「ケンチャナヨ作画」(韓国語で 「大丈夫」「気にするな」 転じて 「いい加減」 な作画の意) とも呼びます。
アニメなどのスタッフロールに三文字の名前 (中国、韓国の人の名前は多くの場合漢字三文字です) が並ぶことから、こう呼ばれるようになりました。 後には、「駄作アニメ」 を事前に予測することのできる 地雷臭 のひとつともなっています。
低予算による人件費の抑制も限界に…
アニメの制作コストは人件費そのものと云っても良く、とりわけそれがセル画アニメ (セルという透明なフィルムに 絵 をたくさん描いて動かすアニメ制作方法) が中心の時代はそうでした。 膨大なカラー図案を、人海戦術で描いていくわけですね。 1980年代から1990年代にかけての 「バブル景気」 による人件費の高騰、アニメブームの到来による制作タイトル数の増大は、こうした人件費と人材確保の問題をより切実なものにしていました。
アニメ制作 環境 の厳しさ (とりわけアニメーターの薄給などの劣悪な就労環境) はつとに知られるところですが、アニメが大量に作られ、一方で元々低予算な上に間に入る広告代理店やテレビ局の中間搾取があまりに酷く (制作 現場 に下りてくる予算は、全体の2割から3割程度)、必然的に一部の制作工程を人件費の安い海外のスタジオに外注するようになりました。 とりわけ 2000年代に入ってからは、下請けの受け取る制作費が2割を切ることも日常化しています。
ところが海外外注スタジオの、あるいは作品に対する個々人のスタッフの力量や就労意欲に差があるのか、とても視聴 レベル に達しないような酷い作画、ありえない色塗りが頻発。 多くは日本側制作スタジオやアニメーターの必死の修正で放送までには何とか一定のレベルを保つよう努力するわけですが、低品質な上に納期を守らない、リテイク (やり直し、修正) も受けない海外スタジオとの付き合いはかなり厳しく、時として破綻した状態のままオンエアせざるを得ない状況に陥るようになりました。
またアニメが、「子供が見るテレビの マンガ」 から、若者や時には大人も鑑賞するようなサブカルチャー コンテンツ の中心的存在になり、クオリティに対するハードルが高くなった点も、こうした作画破綻の作品を目立たせてしまう要因ともなっていたようです。
「ヤシガニアニメ」…そして名前のアルファベット表記化
この種の低品質アニメを揶揄する言葉に、1998年放映のアニメ作品のあるエピソードのタイトルを揶揄した ヤシガニアニメ がありますが、言葉として広く使われるようになったのも、この頃からでした (海外外注自体はかなり昔からあり、また 「三文字作画」 自体もそれ以前からそれなりに使われてはいたようですが)。
なおヤシガニに前後して、それまで漢字三文字で書いていた中国、韓国スタッフ名をアルファベット表記にするようにもなり、制作側も気にしているのはちょっと気の毒です。
2000年代途中から、アニメ制作拠点の国内回帰も
韓国や中国が政府レベルでアニメ産業などの保護・育成政策を推進していたこともあり、一時期は 「このままでは国内のアニメ産業が海外に行って衰退してしまう」「空洞化する」 とも叫ばれていましたが、言葉が通じないなどの国内プロとの当然の違いはもちろん、前述のようなあまりの低品質、リテイクが利かないなどの不都合もあり、近年は国内に制作拠点が戻ってきている傾向があります。
コンピュータ上でアニメ制作が行えるようになるなど、IT化 で手間や工数が大幅に低減したことも大きいようです。 2000年代中ごろになり、この傾向はますます拍車がかかっています。 しかし大幅にアニメーターの待遇改善が図られている傾向は見られず、「派遣」「偽装請負」 などによる国内労働者賃金の低下から、「海外とコストの点での競争力が戻った」 に過ぎないとの話もあります (韓国や中国の経済発展による人件費高騰もあります)。
国内の技術力のあるスタジオに仕事が戻れば作品の質は上がりますが、就労環境が悪いまま、あるいはさらに悪化するようでは、いずれ業界全体が危機に直面するのは避けられないでしょう。
アニメ制作会社の窮状を、公取委が調査、経産省がガイドライン策定
2009年1月24日、公正取引委員会が、日本国内のアニメ制作会社114社に対して大規模なアンケート調査を実施し、その結果、全体の42.4%の制作会社が、十分な協議もなく発注元から採算に合わないような超低制作費の条件を押しつけられていたとの調査結果を発表したようです。
公取委は、発注元の優越的地位の乱用による独占禁止法違反や、下請法違反に該当する可能性もあるとして、テレビ局や広告代理店など48の企業、団体にヒアリングを実施。 制作費や資金の動きの透明化と健全化、適正化に努めるよう、異例の要請を行いました。
国によるアニメ政策に関しては、経済産業省がかねてから国際競争力のあるコンテンツの育成を推進していますし、文化庁による日本コンテンツの推進、あるいは外務省などの文化交流のひとつの核としても近年位置づけられています。 また出版社やアニメスタジオの多くが集中する東京都でも、独自の支援策を中小企業支援の一環として推進しています。 公取委の調査と要請は、これらとは一線を画し、これまでアニメ業界の大きな問題とされながら、なんら是正の動きのなかった 「弱小プロダクションやアニメーターなどの劣悪な労働環境」 に真正面からメスが入った形です。
またこれらの調査・発表と、下請け業者からの 「下請け いじめ」 の 「告発」 などにより、経済産業省がアニメ産業の保護・育成のための 「下請けガイドライン」 を策定する方針を 2009年3月21日に発表。 お役人が余計な口を出してかえって業界が萎縮するケースもありますし、仮にお金だけ出すといっても税金にも限りがあります。 加えて末端アニメーターやスタジオのその後の窮状は、何も元受だけの責任ではなく、1960年代の一部映画会社の行き過ぎた労働組合運動にも原因の一端がありますし、誰か一人が悪いという単純な話でもありません。
しかし、岐路に立つ日本のアニメ業界。 関係する人々が知恵を絞り、過去のしがらみを忘れ、慎重で迅速、効果のある方法が見つけられるよう祈りたいですね。