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ブルマー

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郷愁のブルマー…ほぼリアル世界からは消滅してしまいました…

昭和っぽい体操着なら やっぱりブルマ? (寐津菟かき子・同人する子)
昭和っぽい体操着なら やっぱりブルマ? (寐津菟かき子同人する子

 「ブルマー」(Bloomers/ ブルーマー/ ブルマ) とは、女子小中高生用の 学校 で使われていた 体操着 の一つで、下半身に着用した ボトムス のことです。 ショーツブルマーやレーシングショーツと呼ぶこともあります。

 日本では大正あたりから輸入されるようになり、戦前 には体操用の指定服として多くの学校で採用されるように。 さらに後には、全国の公立学校の標準運動着として定着。 これにより学校指定のユニフォーム製造メーカーや町の運動具店などで取り扱われるようになり、広く知られ、また普及するようになりました。

 この頃のブルマーは、いわゆる 「ちょうちんブルマー」 あるいは 「かぼちゃブルマー」 などとも呼ばれる、だぶついて プリーツ のついた、ほとんど別物といってよい大きなタイプでした。

 同時期に男子用の 短パン も普及しますが、江戸時代や明治あたりまでは庶民はもちろん日本人の間にスポーツという 概念 がないか極めて希薄で、肉体の鍛錬は武道が中心、しかももっぱら男子が取り組むものでした。 そもそも一部の武士階級を除けば庶民の大半が農民であり、移動も全て徒歩で、子供も労働の担い手として扱われていた時代です。 学校教育や余暇に娯楽や健康のために運動をしようなどというのはごく最近の話だと云えます。 女子が体操どころか本格的なスポーツに取り組むようになったのは、当時としては画期的だったと云えます。

 しかしその後日本は第二次世界大戦に 敗北。 負け戦の深刻な物資不足の中、指定品としての扱いはなくなり、女性用の作業服として一般的であった 「もんぺ」 を転用したり (戦前の指定品時代にも一般的でした)、あるいは本人や母親による手作りのブルマーっぽい衣服で代用するようになりました。 一部地域では戦前からの流れで、裁縫の練習もかねて下級生女子が上級生のために体操着を仕立てていたような時代です。

ちょうちんブルマーから、見慣れたショーツタイプのブルマーへ

 日本の国力が 回復 し、1964年の東京オリンピック 開催 も決まると、高度経済成長真っ只中の日本ではスポーツの振興が国として強力に推進されるようになります。 そこで新しい時代に相応しいユニフォームとして、戦前からのちょうちんブルマー型ではなく、また海外のアスリートたちも身に着けていた伸縮性にも富み体に密着する丈夫なショーツタイプの密着型ブルマー (スクールショーツ) が競技用ユニフォームとして登場します。 後に運動用として学校に持ち込まれ、1960年代〜1970年代からはこちらが大きな普及と人気を得るようになりました。

 なお は黒やそれに近い紺色、濃紺や濃緑のものが多かったのですが、後にエンジ (臙脂) 色や、それ以外のカラフルなものも登場しました。 またサイドに白いストライプなどが入る場合もあります。 一部の製品は、内側に小さなポケットを持っているものもあります。 これは女子ならではの生理用品を入れるための工夫だったともされます。 男子の白いハーフパンツと異なり濃い色が使われたのも、下着 のパンツとの混同を避けるためとか、生理に対する配慮がされたとの意見もあります (これはちょうちん型ブルマーの時代からそうです)。

 ちなみに白いブルマーも存在しますが、一般ではまず見ることはないでしょう。 一部の おたく にとっては 1987年に公開された原田知世さん 主演 の映画 「時をかける少女」 に登場した白ブルマ姿は衝撃で、何らかの ヘキ に狂った人もいたようです。

空前の女子バレーボールブームで、ブルマーにあこがれる女子生徒も

 1960年代〜1970年代からの普及については、1962年から破竹の連勝を続け、とりわけ 「東京オリンピック」 での圧勝による金メダル獲得を成し遂げた 「東洋の魔女」 とまで呼ばれた女子バレーの活躍と人気が、ブルマーブームの後押しもしたようです。

 日紡貝塚女子バレーボールチームと、それを主体とした全日本チーム (濃い緑色のスクールショーツタイプのブルマーがユニフォーム) が快進撃を続け、国民の人気を得ただけでなく、その ファッション がスポーツ少女たちの憧れの存在になっていたんですね。

 これは、元々ブルマーが競技用パンツとして女子バレーなどでよく使われていたことなどもありますが、東洋の魔女ブームから マンガ などが次々に発表され、大きなブームとなっていたこと、その 主人公 たちが颯爽と着こなすブルマーが魅力的に描かれていたことも強い影響を与えていました。

 普及に力を入れたのはカンコー学生服で有名な尾崎商事 (現:菅公学生服) で、それまで一般的だったちょうちんブルマーからその後のショーツタイプへの切り替えを急速に実現しています。 これは1966年に日本中学校体育連盟 (中体連) の指定機関である全国中学校体育振興会から体育衣料メーカーとして全国唯一の推薦指定を受けたことによる絶大な宣伝効果があったとされます。

 中体連は日本の中学スポーツを統括する組織であり、また全国中学校体育大会 (全中) を 主催 するなど体育行政に大きな影響力を持っていましたし、推薦指定によって尾崎商事側から体育振興のためとして多額のロゴ使用料が得られるなど、ある種の 大人の事情 もあったとする意見もあります。 いずれにせよ女子バレーブームと推薦指定を追い風にブルマーが全国に広がることとなりました。

「アタック No.1」「サインはV」 の登場

アタック No.1
アタック No.1」 主題歌レコード
サインはV
サインはV」 主題歌レコード

 日本人選手の活躍とオリンピックの成功により、運動やスポーツ競技が盛り上がる中、「アタック No.1」(浦野千賀子/ 週刊マーガレット/ 集英社/ 1968年1月〜1970年12月) や 「サインはV!」(神保史郎/ 望月あきら/ 少女フレンド/ 講談社) などのバレーを テーマ にしたマンガやそのアニメ化、ドラマ化、映画化が大ヒット。

 中でも 1969年の 「サインはV」 の実写ドラマは、当時人気の若手女優を揃えていたこと、ドラマチックな展開、スポーツ根性 (スポ根) ドラマが人気の世相にも乗り、平均視聴率が 32.3%を叩き出す国民的ドラマともなっていて、世の中が空前の女子バレーブームとなっていたことも、さらにブルマー人気に拍車を掛けました。

 女子たちの少なくない一部は漫画やドラマの主人公たちが身につけるかっこいいブルマーに憧れ、バレー部に入っていたような時代でした (アタック No.1 はエンジ色に白の2本ストライプ、サインはVは、明るいブルーのブルマーでした)。

 ちなみに当時はブルマーに性的な興味を持つ人 (男性) の存在が表向き語られることは少なかったのですが (おっさん向け週刊誌などではあるにはあった)、まぁスポーツ中継やドラマで、若い女性の太ももが 露出 するブルマーに、心奪われたお父さんは多かったと思います。

 その一方で、男子が読んでいたマンガ、「ハレンチ学園」(永井豪/ 週刊少年ジャンプ/ 集英社/ 1968年〜1972年) に スカート めくりのシーンがあり、これが流行 (ただしこれが発祥という訳ではありません)。 その防御策として、スカート の中にブルマーを履く女児も現れ、まさに 「昭和の日本女児の象徴」 のような存在となっていたのが 「ブルマー」 でした。

 とはいえ体に密着し、ほとんど下着と同じ体裁・露出を持つブルマ―に対する女子生徒たちの拒否反応は当然あったようです。 また東京オリンピック以降のバレーボール人気があったにせよ、あれほど急速に、しかもバレーボール用としての体操着が標準化されたのには、スポーツ振興が叫ばれる中、数多くの新しいスポーツ大会が立ち上がり、その大会への協賛企業の存在や、学校指定の標準ユニフォームの主導権をめぐるあれやこれやもあったようです。

あれほど女の子に愛されたブルマー、ああ、それなのに…

 転機が訪れたのは 1980年代の終わり頃から、1990年代に掛けてでした。 太ももを大きく露出するブルマーは 「恥ずかしい」 とする女子中高生が声を上げるようになり、一部の父兄がそれに同調。 これには、日本と同様のブルマ―を採用し、すぐに廃止された海外の例も影響を与えていたようです。 とくに直接的な影響を与えたのは、シンガポールの日本人学校で日本のブルマーを統一体操着に採用しようとして反対された事件でした。 これは日本でも朝日新聞で大々的に問題提起の報道がされ、国内での廃止運動のきっかけともなっています。

ショーツタイプ トランクスタイプ
旧タイプのショーツ型ブルマーの体操着新タイプのトランクス型体操着

 女生徒の訴えにより一部の学校が着用を義務からはずしたり、女子中高生のブルマー廃止の投書が新聞などに何度も掲載されたり、さらに一部のジェンダーフリー的な教育論を持つ識者や学校関係者が 「ブルマーなど時代にそぐわない」「そもそも男女で服装を変える必要などない」 と発言するなどして、急速にブルマーを取り巻く 環境 が悪化しました。

 さらに 「ブルセラブーム」(ブルマー&セーラー服を性的に扱うブーム、主に高校生メイン) が ロリコン ブームと共にやってきて、80年代から90年代にかけて、この流れを加速。 丈が短いだけに着用時にうっかりすると パンツ がはみ出る (ハミパン) などで使い勝手も悪く感じられ、男子と同じ短パン (白や紺の ショートパンツ) に切り替える学校が急激に増え、ほぼ絶滅することになってしまいました。 この全国的な絶滅のスピードは、それこそ 「あっという間」 だったような記憶があります。

 現在もブルマーを使用している学校は小学校を中心にそれなりに存在しますが、かつてのような勢いはもうなく、中学や高校では根絶状態となっていて、復活の可能性も絶望的に低いと云ってよいでしょう。

ブルマーの語源は、アメリカ・ブルーマー女史の名前から

 ところで 「ブルマー」 そのものの発祥については、いろいろな説があるようです。

 服飾史的には乗馬用のパンツがルーツだとする説もありますが、こんにちでは、アメリカの女性解放運動家のブルーマー女史 (アメリア・ジェンクス・ブルーマー/ Amelia Jenks Bloomer/ 1818年5月27日〜1894年12月30日) の発案により、動きにくく体を締め付けるコルセットへの反発から、「動きやすい下着」 として作られたとするのが定説となっているようです。 「ブルマー」 の名称は、もちろんこのブルーマー女史の名前からきています。

 その後、アメリカの高校や大学で運動をする女性用の体操着として使われるようになり (いわゆる 「ちょうちんブルマー」)、アメリカで普及、その後世界中で使われるようになりました。 ただしちょうちんブルマーはその後のショーツブルマーなどとは形状もまるで異なり、ほとんど別物です。 同じブルマーという言葉でくくるのは少々不適当でしょう。

 現在では女子バレーボールの世界でも、ゲームショート、ゲームパンツと呼ばれる トランクス型 の競技用パンツに変わっており、密着型の旧タイプブルマーに近いものは、短距離走といった陸上競技でレーシングショーツが残っている程度です。 いずれにせよこれほど世界中で女性たちから愛され持てはやされ、しかし後に当の女性から避けられて消えていった衣服も、あまりないような感じです。 今後は 萌え要素 のひとつとして、創作上の世界で根強く輝き続けて行くんでしょう。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2004年1月25日)
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