いつまでの心の奥に刺さって疼く心理的な傷 「トラウマ」
「トラウマ」 とは、日本では心理的外傷とも訳され、過去に受けた精神的な外傷 (心の傷) が心に残り続け、日々の生活に息苦しさを覚えたり、何らかのストレスによってそれが再び頭をもたげて引き起こされる、様々な負の感情や行動への反応 (PTSD) を表すために用いられています。
トラウマの語源は、古代ギリシャ語の 「trauma」 に由来します。 傷や ダメージ を指す言葉であり、負傷した身体の部位を指す言葉として派生したとされます。 心理学では20世紀に入って前述した意味や文脈でこの言葉が使用されるようになり、日本においても 「心の傷がいつまでも消えずに残って苦しい思いをする」「忘れていたと思っても、何らかのきっかけでフラッシュバックする」「同じような状況があると強い嫌悪感や恐怖感に襲われる」 といった心理状態をあらわすものとして広く使われるようになっています。
忘れていた心の痛みが再び襲ってくる
トラウマは、事故や暴力、自然災害などの極度のストレスを伴う出来事が原因で生じるとされます。 そしてその後、何らかのきっかけで前述した PTSD (心的外傷後ストレス障害) として知られる症状が引き起こされるような状況に至るのが典型的です。 心にトラウマを抱えることで、類似の状況に遭遇した時に強いストレスやショックを受ける、フラッシュバックして悪夢や過度の緊張感や警戒心などが引き起こされるという訳です。
よくあるケースでは、子供の頃に交通事故に遭い、その後街中で車のブレーキ音を聞くと心臓がドキドキして強い不快感を覚えるとか、学校での いじめ や職場でパワハラを受けてトラウマとなって、自分に向けられているわけでもない人の怒鳴り声に心が痛んだり、性犯罪の被害者が男性に近寄られるだけでパニックになってしまうなどがあります。
また言葉が広まりカジュアル化する中で、それが転じて 「見ると後々後悔するような衝撃的なもの」 を 「トラウマ級」「トラウマもの」 と呼んだり、「もうこりごりだ」「二度と同じ目に逢いたくない」 と思うような過去の出来事をそう呼ぶなど、かなり気軽に使われるようにもなっています。
とくに おたく や 腐女子 の 界隈 では、グロテスクな描写とか見ると嫌な気分になる 作品、鬱展開 の悲劇的な 物語 を 「トラウマ作品」 と呼ぶことがあります。 また過去に失敗などをして恥ずかしい思いをしたことがトラウマとなり、他人のそれを架空の作品中で見ても同じように恥ずかしく感じたり動揺してしまうのは、俗に 共感性羞恥 と呼ぶこともあります。
不慮の事故は避けようがないものの、避けられるトラウマも
トラウマの原因である事故や暴力、災害などは、突然起こることが多く、避けがたいものばかりです。 PTSD も、何がトリガーとなって生じるのか初めのうちは本人にもよく分からず、有効な対策は打ちづらいでしょう。 せいぜい、それっぽい情報や出来事から距離を置く程度です。
とくにメディアが発達し、また ネット の時代となり、不特定多数による視覚や聴覚情報の発信が洪水のように溢れるようになると、メディアやプラットフォームではトラウマを生じたり PTSD のトリガーになりかねない情報については センシティブ な判定を行い、閲覧注意 の事前警告を行うようにもなっています。 一方で、嫌がらせで他人にトラウマを植え付けるのを目的としたような情報を嬉々として流したり、精神的ブラクラ (マインドクラッシャー/ マイクラ) と呼ばれるようなイタズラをしかける困った ネット民 もいます。
近年では心の健康における重要な要素として認識され、治療法として認知行動療法やエクスポージャー療法などが広く有効だと紹介されるケースも増えています。 心の奥にいつまでも恐怖や不安の傷が残り続けるのは本当に辛いものです。 トラウマに対する理解と支援が進むことで、より多くの人々の日々の安寧や回復への道が広がることが期待されているといって良いでしょう。
もし自分に耐えきれないほどの苦痛や、耐えられるけれど何か違和感があるような心の傷が思い当ったら、無理をせずできるだけ早めに専門の医療機関などに相談するようにしましょう。 トラウマは誰にでも大なり小なり生じるものでもあり、別に恥ずかしいことでも隠すべきことでもないのですから。