2020年新型コロナ感染症で世界中が大混乱… 「ある意味で痛快な存在かも」
「ある意味で痛快な存在かも」 とは、未曽有の災害、直接的には未知の感染症の爆発的拡大といった世界が危機に至るような状態に対し、日頃の鬱積した感情が解放されて強い快感を得たといったような意味の言葉です。 あるいは誰かが危機的状況に陥った時に、その相手に対して 「ザマァ見ろ」 といった文脈で投げつけて使ったりもします。 ある種の ネットスラング として、2020年3月から使われ始めているようです。
「五輪景気への期待、「延期」発言で吹っ飛ぶ 世界株安」 朝日新聞デジタル 2020年3月13日 |
この言葉の 元ネタ は、世界で新形コロナウイルス感染症が猛威を振るう2020年3月13日15時頃に、朝日新聞の編集委員で同紙認定のソーシャルメディア記者、小滝ちひろ氏が ツイッター でつぶやいた ツイート 「あっという間に世界中を席巻し、戦争でもないのに超大国の大統領が恐れ慄く。新コロナウイルスは、ある意味で痛快な存在かもしれない。」 です。
これは同日配信された朝日新聞デジタルの記事 「五輪景気への期待、「延期」発言で吹っ飛ぶ 世界株安」 を引用紹介する中で書かれたものでした。
2019年暮れに中国武漢市付近で発生が初めて確認され、感染・発症すると急性呼吸器疾患を引き起こす新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)。 2020年1月からは中国、ついでアジアから世界へと急速に拡大し、同年夏に開催予定だった東京オリンピック・パラリンピックはその開催が危ぶまれる事態に (その後1年延期)。 その結果、開催に伴う経済効果への期待は急速にしぼみつつありました。 また世界中の株式市場で先行き不安から株価は急落し、世界同時株安の恐れが高まる中で各国政府や首脳も対応に苦慮。 同記事はこうした状況を伝えるものでした。
小滝氏は記事を紹介しつつ、その原因となった新型コロナウイルスを 「ある意味で痛快な存在かも」 と表現。 ニューヨーク発の記事の内容が主に日米の話題だったことから、狼狽する政治指導者は朝日新聞が日ごろから強く批判していた米トランプ大統領や日本の安倍総理であり、つい嬉しくなって筆が滑ってしまったんでしょうか。 すぐさまこのツイートには批判や反論の リプ が多数つくと同時に他のコミュニティにも飛び火して 炎上 の状態となりましたが、小滝氏は完全に無視。 その後無言で当該ツイートを削除した後、ツイッターの アカウント 自体も当日夜遅くなって削除しています。
弱者に寄り添うはずの朝日新聞の論説委員が、社会の混乱をどう見るのか
大規模災害などにより不安が高まり、日頃偉そうにしている権力者をはじめ社会全体が混乱し右往左往する姿を見て留飲を下げたり、この種の 「権力者どもザマァw」 といった極端な考え方や意見をする人はそれなりにいて、さほど突飛なことでもありません。 ネット の中でも外でも、物事の道理がよく分かっていない子供や社会に不満や恨みを持つような人たちの怨嗟・呪い の声としてよくあることですし、単なる 露悪的 で目立つこと・炎上が目当ての 釣り としてなら、しばしば聞かれる意見です。
またそこまで無邪気・悪質なものでなくとも、圧倒的な災害を目の当たりにしてパニックに陥り正常化バイアス (恐怖のあまり自分にとって都合の悪い情報を 「考えたくない」 と過小評価したり無視して都合の良い楽観的考えに囚われる心理) に陥ったり、またある種の文学的レトリックや問題提起を企図して、あえて刺激的な表現を使う場合だってあるでしょう。 今回の新型コロナウイルス感染拡大に限らず、災害の度にこうした 書き込み は 掲示板 や SNS などにも匿名の状態でなされています。
しかし分別があるであろう57歳で社会的にも恵まれた地位にいる人物が、実名かつ自社記事への論評として行うのは非常に珍しいケースといってよいでしょう。 また社会制度や仕組みに置き去りにされた貧困層の声としてならレトリックとして一定の価値があっても、自らは安全地帯にいて政府や経済団体と一体になって東京オリパラを推進し、権力や経済的な豊かさ、社会的尊敬を受けている大手新聞社の記者に無邪気にそれを云われても白ける、と云った意味もあるでしょう。
景気悪化のしわ寄せは弱者に真っ先に影響するとの想像力
日本においてもすでに大勢の死者が出ており、数多くの人々が重篤患者として生死の狭間で頑張っており、医療関係者も一人でも多くの人命を救おうと命がけで戦っています。 また患者以外の人たちも感染拡大の防止や自分の大切な人の命を守るため、濃厚接触 となる 密 を避ける、不要不急 の外出を控えるなどの不自由で不安な生活を強いられている状況があります。 その結果、景気悪化で売上が激減した人、仕事を失う人、3月2日よりの全国の小中高校が一斉休校となって教育機会を奪われる児童、家族に児童がいて働けなくなった人・生活が激変した人も大勢出ていました (その後もたびたび緊急事態宣言が発出された)。
東京オリンピック・パラリンピックには庶民とは無関係ないわゆる 「利権」 はあるのでしょうが、大手メディアで東京オリパラのオフィシャルパートナーでもある朝日新聞はその利権で利益を得る側の存在です。 そして景気後退によって苦しい思いをする庶民は、日頃朝日が守るべきだと主張する弱い立場の人たちでもあります。 これまでの論調とあまりに違う、意地悪く見ると 「思わず出てしまった本音」 ともとられかねないツイートが、見る者に不信感とより一層の不快感を抱かせたのでしょう。
もともと朝日新聞や朝日新聞的な論説がネットでは冷ややかに見られがちなこと、今回の新型コロナウイルス感染症においては朝日に限らず大手メディアが必要以上に恐怖や不安を 煽って 無駄な混乱を招いていると 叩かれて いたこともあり、この 「痛快ツイート」 も、大きな騒動となってしまいました。
なおこの編集委員は、朝日新聞社による 「福島第1原発事故における「吉田調書」をめぐる誤報」 や 「いわゆる従軍慰安婦についての誤報」 などへの謝罪会見 (2014年9月11日) の際には、「誤報のことはごめんなさい。でも、これで朝日新聞の記者やめたら漢がすたる」 とツイートし、殺到する反対意見などにも独自の主張を述べて反論するなど気骨のある活動をしていました。 しかし今回はさすがに勝ち目がないと思ったのでしょうか、痛快ツイートからわずか半日足らずでの 垢消し逃亡 には、唖然とする ネット民 が少なくなかったようです。
翌日に 「編集委員の不適切なツイート、おわびします」 との謝罪記事が掲載
「編集委員の不適切なツイート、おわびします」 朝日新聞デジタル 2020年3月14日 |
炎上の翌日となる3月14日には、同記者が所属する朝日新聞のデジタル版に 「編集委員の不適切なツイート、おわびします」 との謝罪記事が掲載されました。 くだんの記者はソーシャルメディア記者資格を取り消され、また本人はお詫びとして 「心からおわびします。深く反省しています」 と述べたとしています。
この記事自体は事実関係を過不足なく伝え、また問題点を正しく指摘したものであり、しばしば 謝ったら死ぬ病 などとも揶揄されがちな大手メディアの トラブル 対応としてはほとんど文句の付け所のない誠実さを感じるものでした。 処分内容も適切だったため、新型コロナ関連の様々なニュースがあふれる中で新たな 燃料 もなくなったこの炎上事件は、急速に収束することとなりました。