風邪?花粉症?伊達マスク?…用途色々 「マスク」
「マスク」 とは、顔や頭部に装着、あるいは被って覆い、保護するもののことです。 口元を覆うガーゼ製の布マスクや仮面やお面、覆面、あるいは日本では一般にゴーグルと呼ばれているようなもの (水中メガネやスノーゴーグルなどのスポーツ用品) も広くマスクと呼ばれます。 また酸素マスクなどのように、口から酸素を 供給 することだけが目的のものもあります。
代表的な家庭用の使い切りサージカルマスク |
主な用途は顔面や頭部の保護、目の保護や、口や鼻から呼吸する際にウイルスや細菌、花粉、粉塵、唾液の飛沫などの吸い込み・吐き出しを防止・抑制するなどが代表的です。 とくに天然・化学問わず繊維の織編物や不織布で作られた衛生・医療用の白いマスク (サージカルマスク) は家庭用の日用品としてもよく使われ、日本においてはマスクの代名詞的存在でしょう。
スポーツ用品としてのマスクはともかく衛生・医療用のマスクは、一昔前までは医療関係や食品製造関係、工事 現場 などの産業用途を除けば、学校の給食時に給食当番の子供がガーゼタイプのマスクを着用したり、風邪やインフルエンザに罹った時に他人にうつさないために使用するなど、実用性重視の使い方が 一般人 の日常的な目的でした。 ファッション目的と云えば、せいぜい不良少年少女のマスク姿や、芸能人などの変装に用いるくらいでしょうか。 まだまだマスクが 「非日常」 だった、とも云えます。
このころのマスクに関するトピックとしては、1979年9月から翌1980年4月まで放映されたテレビドラマ 「探偵物語」(日本テレビ系列/ 全27話) の 主人公、工藤俊作 (松田優作さん) のガーゼマスク姿があります。 ファッションはスーツにカラーシャツ、ネクタイ、ソフト帽、サングラスというハードボイルドでダンディなものでしたが、一方で外着として ジャージ やダウンジャケット、ドカジャンといったギャップのある着こなしもしており、マスク姿もたびたび見かけるものでした。
その後花粉症の被害がとくに都市部で深刻化し、花粉の吸入を防ぐためのマスク使用も一般化。 不織布で作られたマスクの登場 (1973年) や立体的なプリーツ型マスクの登場 (2000年) と普及により、主に都市部を中心に 「風邪やインフルエンザ、花粉の季節には街中にマスク姿があふれる」 という、現代日本の風物詩のような光景が見られるようになりました。
一般に日常生活においてマスクをするのは日本をはじめアジアに多く、欧米などその他の国ではほとんど見られないとの話があります。 これは実際その通りで、この辺りは衛生感覚の違いや大気汚染の状況や黄砂の影響などなど、お国柄が出ている部分でもあるのでしょう。 また欧米では人の表情を見る時にもっぱら目元ではなく口元を見るとの統計結果もありますから、目で表情を読み取ることが多い日本などとはコミュニケーションの取り方の違いも含め、マスクに対する意識が根本から違うのかもしれません。
ちなみにこうした傾向の違いは後天的・文化的な影響を受ける前の乳幼児の頃から生じているらしく、人類が地球の各地域に広がる過程で、遺伝子に変化があるような何らかの出来事があったのかもしれません。 これはマスク以外にも様々な影響があり、例えば創作物の世界の話で云えば、アニメ の動きなどで人の表情にリアリティを持たせる際、日本では目の動きを重視し、欧米では口の動き (リップシンクロ) を重視するとは、アニメ制作に関わる人からは良く聞く話です。 日本のアニメではしゃべる時に口をただパクパクしてるだけのケースが多いですが、欧米のアニメはセリフの言葉の母音に合わせた発声時の口の形にしています (指示書にも母音のパターンが書いてある)。 顔文字 でも、日本のものは目元重視、欧米のそれは口元重視というのもよく聞く話です。
このように時代や地域によって様々な使われ方や広がり方をしたマスクですが、2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19) において、日本のみならず世界的にもマスクを巡る様々な出来事が生じています (後述します)。
不織布マスクの登場と、花粉症・新型インフルエンザの流行
不織布マスクは日本で原型が作られましたが、それまで給食で使うような見慣れたガーゼタイプマスクと異なり、鼻から顎まで顔の下半分を大きく覆ういかにもメディカルな見た目であり、当初はその違和感と使い捨て前提のコスト感から、一般層への普及はあまり進まなかったようです (筆者 も1990年代後半頃までは、街中ではほとんど見かけませんでした)。
しかしその後、立体型・プリーツ型となった製品が 2000年に販売されると状況は一変。 呼吸が比較的しやすいこと、口部分に密着しないため化粧が乱れにくいこと、また1枚数十円から十数円程度へと低価格化が進む中で一気に普及することに。
とくに花粉の当たり年とも呼ばれた1995年、それを経た次の当たり年2000年は飛散量も多く期間も長く、当時はまだ比較的割高な価格でしたが、前回の当たり年で苦しめられた大勢の花粉症患者が 「少しでも花粉を防ぎたいのぉぉぉぉ」 とこぞって使い始めることになりました。 マスクメーカーも積極的な広告・販売促進を行い、季節商品的に一気に広まります。 また2003年から翌年にかけて猛威を振るった新型インフルエンザ (いわゆるタミフル騒動が起こった) の流行などもあり、「冬・春はマスクだらけ」 のような状態になったのでした。
マスクが広く普及した結果登場した 「伊達マスク」
一方、安価な使い捨てマスクとしての不織布マスクが広がると、「寒い時期の防寒用」「化粧や髭剃りを忘れた時の顔隠し用」 に使用する人も増えます。 中には 「マスクをすると美人に見える」「何歳か若返って見える」 という意見もあらわれ、ファッション用途での利用も増加。 これらは 「伊達マスク」 と呼ばれるようになり、「マスク美人」「マスクマジック」(後述します) といった 概念 も広がります。
元々一部の人たちの間では、看護婦 (女性看護師) のナース服やナース帽に 萌える といった人たちが一定数いました。 しかしマスク自体は 「せっかくの顔が隠れてしまう」 と否定的意見も少なくない中、「マスクがあって当たり前」 の世相の中で 「マスク萌え」 も広がることになりました。 さらにマスクをつけたままエッチをする、マスクをずらしたり穴あきマスクを着用して男性器を舐める (フェラチオ)、マスク姿に射精する (マスク顔精) なども次々に登場するようになりました。
こうしたことが相互に作用し、ナース萌えやメディカル萌え・フェチ (眼帯 や 包帯、あるいは 絆創膏 やギプス、松葉づえなども含む) から一歩抜きんでたマスクフェチという ジャンル を作り上げるまでになります。 とくに AV (アダルトビデオ) の世界では、顔を隠すことに一定の 需要 がある (素人出演者が 顔バレ しないため、あるいは素人感を出すための演出、容姿の難を隠す) こともあり、様々な作品が登場することとなりました。
見えない方が魅力的? 七難隠す 「マスクマジック」
なおマスクで顔の一部が隠れることによって、実物以上に印象が良く見える状況を 「マスクマジック」 などと呼びます。 口元を隠すマスクは年齢を感じさせる ほうれい線 も一緒に隠してくれますし、鼻や口元に難があっても見えなくしてくれます。 目元などは化粧で大きく 盛る ことができても鼻や口元を化粧でカバーするのは難しいこともあり、「欠点を隠してくれる」 道具としてのメリットは大きいようです。
また 「隠すことによって想像上の補正が効いてより良く見える、感じられる」 というメリットもあります。 人間は見えない部分があってもそれまでの経験や知識、記憶から、見えない部分を想像し勝手に補足して認識するものですが、その際にわざわざ悪い記憶を呼び出すより、自分にとって好ましいもの、心地よいものを呼び出して当てはめる傾向があるとも云われます。 こうした状況もあり、「マスクをしていると美男美女に見える」「若く見える」 と、積極的に伊達マスクをする人は多いようです。
ちなみに筆者はマスクをつけると8歳くらい若返って見えるので、普段からマスク派です。
ニコニコ動画の 「踊ってみた」「ニコ生」 などで広がるマスク姿
このようにマスクが日常の アイテム となったことで、若者のマスク文化に別の新しい流れが始まります。 2006年12月に実験用のプレオープンでサービスが開始された 動画サイト 「ニコニコ動画」(ニコ動)、および翌年12月の 「ニコニコ生放送」(ニコ生) 開始による、マスクを着用した素人 配信者 の登場です。
素人の動画配信プラットフォームはこれが最初という訳ではありませんが、若者に人気のあったニコ動のサービスということで、様々なパフォーマンス動画をアップする人、ニコ生を配信する ニコ生主 (生主) といった人たちが急増。 その一部に顔バレを防ぐためのマスク姿が現れ、「踊ってみた」 といったダンス動画や、画面上から視聴者に語り掛けるマスク姿などが多く見られるようになりました。
同じ頃、人気アニメ 「涼宮ハルヒの憂鬱」(2006年4月から7月) が大ヒットしていて、ハルヒが通う県立北高校の制服も コスプレ の世界で大人気に。 踊ってみたムーブメントに同作品のエンディングに流れる 「ハレ晴レユカイ」 に乗せた踊り、通称 「ハルヒダンス」 が影響を与えたこともあり、この制服にマスクを組み合わせると、何やら自動的に踊ってみたやニコ生主のような 雰囲気 が出てくるのは面白いです。
それ以前から 顔出し で ネット による活動を行っていた若い女性には コスプレイヤー や ネットアイドル (ネトア)、ダダ漏れ女子系 (Ustream などで日常生活をライブ配信すること) なども存在していましたが、本人の姿を使った作品はあくまで写真などが基本で、動画の配信、まして リアルタイム の生配信というのはあまりなく、「ニコ動」 が与えたインパクトは、とても大きいものでした。
「荒い画質で マスク着用の セーラー服 の女の子を見るだけでイケる」 という剛の者まで現れ、また 「ニコ生で大人気の〇〇が脱いだ」 式のマスク姿をフューチャーした 18禁 の コンテンツ も登場。 制服 や メガネ といった 萌え属性 の一つに、マスク (白いサージカルマスク) が揺るぎないポジションを獲得することになりました。
「マスク」 による表情の変化…
「マスクの再現図」
これは再現図です。下のサムネイル画像へマウスオーバーすると、左側に大きな再現図が表示されます。 回線の状態によっては、表示までに少々時間がかかる場合があります。 | |||
サージカルマスク | N95 防塵マスク | サージカルマスク+眼帯 | マスクなしノーマル |
創作物や同人におけるマスクの存在感
元々 同人 の世界には、マスクを扱った作品がそれなりに支持を受けていました。 ナース萌えや眼帯・包帯などを伴うメディカルフェチはもちろん、ミリタリー の世界ではガスマスク、あるいは覆面プロレスラーのようなマスク (覆面) も、エロ・非エロ含め、好きな人が多かったのですね。
エロの部分でいえば、「月光仮面」 の パロディ として1974年に 「月刊少年ジャンプ」(集英社) で読み切り掲載、翌1975年から連載が開始された永井豪さんの 「けっこう仮面」 があまりに有名ですが、これらは広義の 「マスク」 という名称は同じでも、現在のもっぱら口元を覆う医療用マスクに対する萌えとは異なる部分も多いでしょう。
ただし 「一部は隠れているけれど、それ以外は 露出 している」 というのは 萌え要素 にはしばしば欠かせない要素であり、とくに裸体表現を伴う場合、マスクはしているけれど体は裸、というのは、健康的なただの裸より魅力があると考える人は少なくありません。
マスクには、眼帯や包帯などと同様に、人によっては普段はまったく意識していない 「人間」 の飾り気のないリアルな 「生物」「動物」 としての息遣いを感じさせてくれる傾向もありますし、病気 などによる弱々しさ、いつもとは違う表情などに、日常の中の非日常、新鮮な印象や淫靡なイメージを喚起するものでもあるのかもしれません。
おたくや腐女子の、実用品としてのマスク
なお同人や おたく・腐女子 の 界隈 ではこのほか、イラスト の作成や模型・フィギュアの製作などにマスクが必要となるケースがありました。 例えばイラストならエアブラシを使うとき、模型・フィギュアなら、同じくエアブラシやサーフェイサーのスプレー缶 (缶サフ) による塗装作業で塗料やシンナーなどの有機溶剤を使うときなどです。
これは作業に伴い細かい粒子となった絵の具や有機ガスを吸い込まないための対策で、十分な換気をするとともに、N95マスクや吸収缶つきの防塵・防毒マスクなどが利用されています。 単なるサージカルマスクでは効果がないので、そうした作業を行う場合は、必ず作業に適したマスクを着用するようにしたいものです。 加えて庭やベランダといった野外、室内ならば開け放った窓のそばで扇風機やサーキュレーターをガン回しでやるとなお安心です。
「マスク」 の色は白が定番
日本ではマスクの 色 は白というイメージが強いこと、また直接身に着けるものということで、人によっては パンツ などの下着類や 靴下 などと同等の扱いをしていることもあり、「マスクは 清潔感 のある白」(あるいはせいぜい、とても薄いピンク色) が 定番 となっています。 それ以外の色のマスクもありますし、カラスマスクと呼ばれる黒くてしばしば革製のマスクなども昔からありますが、一般的には暴走族御用達だったりビジュアル系ファッション・ボンテージファッションや SM の扱いだったりで、あまり見かけるものではないでしょう。
しかし中国などで若い人たちの間で不織布の黒いマスクなどが流行し、その流れが韓国へ行き、いわゆる韓流スターが身に着けるようになると、日本でも都市部を中心に、2010年代後半頃から若い人の一部に黒や濃い色のついたマスクを身に着けた姿が一定数見られるようになりました。 なお中国は経済発展と共に大気汚染が深刻化していること、内陸部の砂漠や乾燥地域の砂塵が黄砂となって飛来することからマスク需要が高まり、近年は日本以上のマスク大国としても知られています。
こうした傾向はその後も続きますが、2020年になって新型コロナ感染症の流行が始まると、極端なマスク不足のため布製や手作りのマスクなどが次々使われるようになり、併せて白以外の色のものや柄付きのものもかなりの割合で見かけるようになっています (後述します)。
2011年3月 「東日本大震災による福島第一原発事故」 とマスク
最近は日本でも海外からの観光客などが増え、とくに桜が咲く時期は多くの外国人が訪れるようになっています。 街中マスクだらけの春の日本は、事前にそうだと情報を得ていても、欧米の訪日観光客にとってはちょっとびっくりする風景だったりもするそうです。
2011年3月に起こった東日本大震災では、福島第一原発も大きな損害を受けました。 日本のみならず世界中で放射性物質の漏洩や 拡散 の不安が広がる中、マスクだらけの日本の街角の映像は、「放射性物質があんな簡便なマスクで防げるわけがない」 と、一部で嘲りの ニュアンス を持ちつつ話題にもなったようです。 というか、筆者の知り合いの外国人も、「マスクじゃ放射性物質防げない、日本人もっと理性的だと思った」 などと半分は冗談めかして悲しんでいましたが、「いや、花粉症です」 と説明したら納得してくれました…。
新型コロナウイルス感染症によってマスクが消えた…転売禁止措置も
「取得価格超」は禁止 15日からマスク転売規制―閣議決定」 時事ドットコムニュース (2020年3月10日) |
秋葉原駅構内にも臨時のマスク販売所が設けられる |
2019年末に中国武漢で初確認され、2020年初め頃から世界的な感染拡大を引き起こした新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)。 日本においても当初は来航した外国籍のクルーズ船など 限定的 な場での感染拡大に留まっていましたが、その後は日本全土で多数の感染者や死者を出し、感染拡大の防止が叫ばれるようになりました。
国や自治体は 「3つの 密 を避けましょう」(密閉・密集・密接 を避け、濃厚接触 による感染を防ぐ) や 「不要不急 の外出は控えましょう」「こまめに手洗いをしましょう」 といった要請を繰り返し行いましたが、そのうちのひとつに 「マスクをしましょう」 がありました。
元々感染症対策としてマスクは広く利用されてきましたが、関連の報道や話題が出るたびにマスクが触れられることもあり需要が急増。 そもそも春先は花粉症の季節でもあり、また日本で流通しているマスクの多くが感染症の発生源でマスク需要が増大している中国だったことも相乗して流通量が激減。 転売屋 などによる買い占めも手伝い、街中のお店から一斉にマスクが消える事態となりました。
ドラッグストアや日用品を扱うお店には朝からマスクを買い求めようとする人々が長い行列を作り、一部では トラブル から暴力沙汰も発生。 通販サイトでは在庫があっても価格は上昇しており、ネットオークションサイトでは高値による 転売 も横行。 医療関係者など必要な人にすら行き渡らない状態となりました。
国ではマスク増産の要請を行うとともに、小売店で購入したマスクを取得価格より高値で売ることを禁じる国民生活安定緊急措置法の政令改訂を決定 (3月10日)。 15日から施行し、違反者には懲役または罰金が科せられることとなりました。 6月には逮捕者も出ています。
その後も世界的に極度のマスク不足が続き、日本においても入手困難が恒常化すると、本来使い捨てのサージカルマスクを洗って複数回使おうとの呼びかけがなされたり、「マスクを手作りしよう」 といった呼びかけや、具体的な作り方の紹介、自作したマスクの紹介などもされるように。 キッチンペーパーなどを利用した手軽さに重点を置いたものなどもありましたが、生地のデザインにもこだわった布製のおしゃれなマスクも次々に登場し、「かわいい」「自分も作りたい」「欲しい」 といった声が広がり、バラエティに富んだマスクを街中で見かけることができるようになりました。
その後大都市圏では、製造元もよくわからない出所不明な謎マスクがマスクと無関係の飲食店などで高値で店頭売りされることもありましたが、衛生用品でもあり、手に取る人はあまりいなかったようです (ほどなくして在庫がだぶつき値崩れして投げ売り状態に)。 またこれらとは別に、駅の中などにおしゃれで高品質な布製マスクなどを販売するマスク専門店が次々オープン。 駅通路などにも臨時のマスク販売所などが出現するようになりました。
同人関係では、推し の キャラ がプリントされた布地を使ってマスクを制作、「これで合法的に推しアピールしながら街中を歩ける」 とばかりに積極的な 腐教 に勤しむなど、先行きの見えない厳しい状況の中、息抜きのような話がでることもありました (筆者の周りだけかも知れませんが)。 その後はコロナ騒動が長期化する中、映画やイベントの記念ノベルティグッズとして、キャラやロゴが印刷されたマスクなども数多く登場しています。
ガーゼ製の布マスクを全世帯に2枚ずつ配布…「アベノマスク」
「アベノマスク」全世帯に2枚ずつ配布された |
一方、日本政府は洗うことで繰り返し使えるガーゼ製布マスクの、全国民への配布も実施。 これは安倍晋三首相と政府がこれまで行ってきた経済対策 「アベノミクス」 に倣い、いくばくかの揶揄の意味も込めて 「アベノマスク」 と呼ばれるようになりました。 なおこの施策の発表が4月1日だったことから、当初はエイプリルフールの ネタ だと感じた人も多かったようです。
配布されたマスクは子供が給食時に使うような小さいものだったこと、配布当初に不良品などの問題が生じたこと、この事業を請け負った業者に不透明な部分があったこと、地域によって配布が大幅に遅れたことや費用が多額に上ったこと、加えて市場のマスク不足が解消し全世帯に配布が完了しアベノマスクが余りまくる状況となってもさらに追加で1億4千万枚のマスクを介護医療施設などに配布しようとしたこと (中途で中止されたものの結局 8,300万枚が余りそのまま保管したことから7か月間で6億円の倉庫費用がかかったとの報道もあり (2021年10月27日)、国民からの評判は今一つだったようです。
なおその後、神戸学院大の上脇博之教授によるこの施策の公文書に対する情報開示請求が行われ、黒塗り非公開状態で資料が開示されましたが、黒塗り忘れにより情報の一部が露見、1枚あたり143円で調達されたとの報道もされました。 随意契約で調達先とされた業者は所在地が急ごしらえのプレハブ小屋にある活動実態が不明の業者であり、一般家庭向けを厚生労働省、学校向けを文部科学省が所管しましたが、いずれも業者とのやり取りの記録は存在しないとし、それ以降の情報開示請求は拒絶されています。 その後この業者はプレハブの事務所をほどなくして引き払っています。
マスク配布の感染症拡大阻止に対する効果やその是非はともかく、466億円もの税金を使った施策としてはありえない不透明な対応であり、またマスク以外の様々なコロナ対策と業者への業務委託にも不透明なものが多く、「どさくさに紛れて利益誘導している」「火事場泥棒ではないか」 との批判が高まることとなりました。 なおこのマスク自体の利用率は民間の意識調査の報道によると、同年7月段階でわずか 3.5% に留まっています (プラネット意識調査/ 2020年8月13日報道)。
一方で、「アベノマスクの発表や配布で売り惜しみされていたマスクの在庫が放出され、結果的にせよマスク不足の解消に一定の効果は果たした」 との意見もあります。 マスクを巡る時系列ごとの出来事 (マスクメーカーの増産体制の整備や出荷体制整備の流れ) を見るに、その効果はほとんどないか、あったとしてもかなり限定的だと思いますが、とはいえ、マスク不足と急速な感染拡大という世界中誰も先行きが見えない中での緊急時対応でもあり、無駄を承知のギリギリの対策だった点は考慮すべきかも知れません。 なお残っていた 8,300万枚余りの在庫を破棄するとの報道がされると、その3倍を超える2億8,000万枚分もの配布希望の申し込みが殺到したとの報道もありましたが具体的な内容は不明です (2022年1月31日)。
「ノーマスク」 マスクをするしないで様々なトラブルまで発生
世界的なマスク不足はおおむね夏ごろには沈静化したようですが、その後は 「マスクは新型コロナウイルス感染防止に効果があるのかないのか」 といった議論や、そもそも新型コロナウイルス自体の危険性はどうなんだ (騒ぎすぎではないのか) との議論も感染拡大が長期間化する中で噴出。
主にスピリチュアル系の 陰謀論 者などを中心に 「コロナは茶番」「コロナは風邪」「コロナは概念」 などのスローガンともに、「マスクはやめよう」「はずそう」「ノーマスク」 といった極端な意見も出てくるようになりました。 感染拡大が深刻な欧米など海外ではこうした声が盛り上がり、マスクをするしないで暴力沙汰が起こったり、デモや暴動が発生したり、航空機の乗客が要請されたマスク着用を拒否し退去させられるといった事件も相次いで報じられるようになっています。
こうした声は日本でも広がり、9月7日に北海道の釧路空港から関西空港に向かうピーチ・アビエーション機内でも海外と同様の騒動が発生。 出発が約45分遅れた上に離陸後に新潟空港に緊急着陸、当該乗客を退去させたという事件が起こりました。 この人物はそのまま逮捕・拘留されましたが、その後も繰り返し同様の騒動を引き起こし、翌年4月10日には二度目の逮捕騒ぎを起こしています。 また都市部を中心に、「ノーマスクデモ」 や 「ノーマスクピクニック」 と称したマスク着用反対の抗議行動なども生じています。
マスクの有効性と、正しいマスク着用の心掛け
正しくマスクを装着したとしてもあまり効果がないとする意見の論拠は、大きくわけて2つあります。
1、ウイルスの大きさがマスク繊維の隙間より小さいのですり抜ける
(一般的なサージカルマスクの繊維の隙間 5μm、ウイルス 0.1μm、スギ花粉 30μm)
2、呼吸の際、マスクと顔の隙間からウイルスが空気とともに漏れたり入ったりする
1については、そもそもサージカルマスクやフィルターのウイルスに対する役割を根本的に間違えています。 確かに花粉などの大きな粒子はそうした方法で捕集する場合もありますが、小さなウイルスの場合は繊維の網の目で引っかけてキャッチするわけではなく、粒子が空気中で不規則な動きをする (ブラウン運動による 拡散) ので、これを繊維が引き寄せて付着させることで捕集するものです。 この場合、ウイルスや粒子はむしろより小さいほど捕集しやすくなります。 粒子の大きさによって異なる原理で捕集しているのですね。
また2については、誤ったマスクの装着をしているとマスクの脇から空気が駄々洩れとなりますが、正しく装着した場合には、マスクなしの状態と比べ当然ながら相当程度の効果があることがわかっています。 その効果は侵入したウイルスの強さや個人の免疫力によりケースバイケースではるものの、おおむね量的な多寡で感染や発症や症状の軽重が変わってくることが分かっています。 例えば 100万個のウイルスが呼吸によって体内に入ったら免疫力で防ぎきれない人でも、マスクによって 50万個に減らすことができたら、免疫力によって抑えられるかもしれません。 ウイルス感染症はウイルスが1つでも体内に入ったらアウト、というわけではないので、「マスクでウイルスをゼロにできないなら意味がない」 というのは大きな誤りです。
一般にサージカルマスクの場合、会話やくしゃみなどで口からでる唾液などの飛沫のほぼ全てをシャットダウンすることから、マスクなしとの比較で約70%程度のウイルス防止効果があるとの研究結果が出ています。 さらに冬においては、口元を覆うマスクによって保温・保湿が図られ粘膜を保護し、免疫力が高まるとのデータもあります。 また無意識に口や鼻などの周りを手で触ってしまう人にも、指先のウイルスを口や鼻の粘膜に移さない効果が期待できるでしょう。
マスクが品薄となり洗って繰り返し使えて着け心地も見た目も良いことで急速に普及したウレタンマスク (おおむね 「アラクス」 の PITTA MASK とその類似品) の場合は約50%ほど (変異株の種類によってはほとんど効果なしとの結果も)、フェイスガードはそもそもマスクと併用し目の粘膜をウイルスから守るためのものなので効果はないとされているようです。 ちなみにマウスガードやネックゲイター、バンダナの類も、効果が期待できないとされています。
一方、マスクによって低酸素血症になり脳が ダメージ を受けるという主張もありますが、これも根拠や基準があやふやです。 医療用のN95マスクや防塵・防毒マスクを着用しつづけ長時間激しい運動でも行えば一時的に低酸素状態となるかもしれませんが、一般に市販されているサージカルマスクを日常生活で着用する程度では、そう簡単に内臓に損傷を与えるほど重度の低酸素血症になどなりません。
ただしマスク内に二酸化炭素が充満しそれを吸い続けることで頭痛が生じたり、ゴム紐によって耳が痛くなる、肌によってはマスクかぶれが生じるなどの影響はあります。 長時間にわたって着用し続けることによるリスクと万が一の感染リスクとを比較検討し、それぞれの生活スタイルに合わせて考える必要があるのでしょう。
賢くマスクと付き合える生活が大切
もちろんマスクは万能ではありませんし、行き過ぎたマスク強要にも問題があるでしょう。 呼吸補助筋の発育が未熟な乳幼児や児童のマスクは運動による低酸素血症や窒息の恐れがありますし、夏場は熱中症の恐れもあります。 皮膚アレルギーや呼吸器疾患など身体的な理由でマスク着用ができない人もいますし、そもそも周りに誰もいない野外でマスクをしても意味がありません。 また健康への懸念だけでなく、小さい子供などは口元を含めた人の顔全体から表情を読み取りますから、情操教育の部分で過度のマスク着用は有害だとの話もあります。
メディアなどを通じてマスク効果の有無などが様々に報じられていますが、とりわけ最初期の頃に空気感染の可能性から一般に使われているサージカルマスクの効果が不明との研究もあって WHO が積極的なマスク推奨をためらったこともあり、その後の 「ノーマスク論」 に強い影響を与える結果となったのは 不幸 でした (その後飛沫感染 (エアロゾル感染) の危険性が特に高いことが分かり、マスクは大きな効果があるとされた)。 いずれにせよ素人判断はせず、ここで紹介している話も参考程度にとどめ、厚労省や医療機関など信頼のおける情報源に注意して、正しい情報による正しい対策を行いたいものです。
なお世界的にマスク需要が高まったケースとしてはこの他に、1918年から1919年にかけて全世界的に猛威を振るったスペイン風邪があります。 全世界で5億人が感染し5,000万から1億人以上、日本でも39万人が亡くなったとされ、人類最悪のパンデミックの一つとされています。 今回の新型コロナウイルス感染症はそれに次ぐ規模となっていますが、元から一部の人にとっては生活必需品でもあるマスクがこれほどの規模で世界や日本で騒がれる状況は、人類史に残るような事態ということなのでしょう。