様々な知見を与えてくれる書き込みに感謝… 「書いてくれてありがとう」
「書いてくれてありがとう」 とは、主に ネット において、一般的にはあまり書きたくないような苦しい体験談、様々な知見が得られる有益な情報、誤解されがちな話や誤った情報が独り歩きしているような話題について訂正を試みるものなど、真摯な 書き込み を行った人に対する感謝や労いの言葉です。 使われる場所は様々ですが、掲示板 や ブックマークサービス といったネット上の情報が集まる場所、あるいは SNS など、個人の書き込みで成り立つコミュニティ系のサービスが多いでしょう。
なお 同人 の世界で、自分の 萌え属性 にピンポイントでジャストフィットしすぎな作品を描いてくれた サークル や 作家 に対して、感謝として使う場合もあります。
問題提起やネットの集合知に資する様々な書き込み
この種の感謝がされる書き込みや記事には様々な ジャンル や カテゴリ のものがあります。 ただし読んだ者がここまでの謝意を示すようなものは、ある程度の傾向があります。 それは書くのが辛く、読むのも辛いような過酷な体験談が多いでしょう。
例えば性犯罪の被害に遭った、いじめ を受けた、差別を受けたといった辛い被害体験。 あるいは異性や未体験者にはわからないような男女の性にまつわる話、なかんずく生理や妊娠、出産といった体験談。 さらにガンをはじめとする難病の体験談や心身の障碍、近親者の死。 犯罪行為の被害に遭った、薬物中毒との戦い、多重債務や破産、自殺未遂。 これらは当事者でなければ実際に何が起こりどうなるのか想像もつかない過酷なことばかりですし、一方でどんな人でも、ちょっとした偶然で容易にそちらの側へと行きかねないごくありふれた困難や悲劇でもあります。
こうした 「重い話」 は、様々な著作や映像作品などにもなっており、触れる気になればどこにでもあるものではあります。 しかし 商業 作品であれば何らかの脚色や強調、美化、自粛なども感じられますし、そうした作品にわざわざ触れようと思わなければ視界に入りすらしないで終わってしまう場合も多いでしょう。 掲示板や SNS、ブログ のエントリーならば、偶然通りがかって目に触れたり、バズっ ている場合は友人などの ツイート や タイムライン で紹介されて目に入ることもあるでしょう。
自分が知らない世界の話、興味が無くてこれまで自分から触れようとしなかった話題で誠実だったり優れた文章を見ると、書き手に対して自然に感謝も生じやすくなるのかもしれません。
その話は本当なのか、難しい真偽判定
ネットの情報は玉石混交であり、役に立つ情報、人を助ける情報もあれば、嘘やデマにまみれたデタラメ、金儲けなどを目的としたセンセーショナルなだけの偏った情報、人を傷つけ差別や争いを助長するような 害悪 そのものの書き込みもあります。 とくに前述したような重いテーマの話は、しばしば大きな注目を集めることもあり、一部で粗製濫造されている場合もあります。
貴重な体験談を書き込んでくれても、その情報が本当の話かどうかを厳密に確かめる方法は存在しない場合も少なくありません。 あからさまな矛盾や誤りがあれば他の 読者 からの 突っ込み がありますから、それらを参考にある程度の真偽の判定ができる場合もありますが、犯罪被害者が勇気を振り絞って記してくれたものだと、真偽を疑ってかかるのも申し訳なく感じ、ためらってしまうこともあるでしょう。
ネットは知の宝庫、集合知の場ですが、それはネットに優れた知見を文章にしろ 画像 や動画にしろ、時間をかけて制作して アップ してくれている人たちがいればこそです。 ビジネスサイトが増え、それらは検索対策にも長けていて Google などで調べるのも大変だったりもしますが、それらの担い手である 作者 や現代の語り部には心から感謝したいと思います。