敵の武器を奪ったり使ったり 「鹵獲」
「鹵獲」(ろかく) とは、軍事 の世界において、敵の武器や 装備品 などを奪取することです。 倒した敵や投降した敵から直接奪ったり、逃亡した敵が残した装備品をまとめて取得することもあります。 似た言葉に現地調達とか、敵側と何らかの交渉を持って引き渡されたり軍民を問わない奪取を含めて接収 (形式上は合法的な裏付けがあったりその手続きを経る) とか略奪 (近現代では単なる戦時犯罪) などがあります。
単に敵の武器をぶんどるでも強奪するでも良いのですが、「鹵獲」 は 一般人 が日常生活ではまず使わない言葉であり、いかにも軍事用語といった風情があります。 軍事関係に詳しい人の間では極めてポピュラーな言葉でもあり、一部の軍事系の おたく などは好んで使うケースがあります。
ネット における使用例で有名なのは、ウェブサイト や 掲示板 などに大きな負荷を掛けて正常な動作を妨害する DOS攻撃 用のネット兵器として知られる 田代砲 の鹵獲があります。 気にくわない相手に使ったら、相手もそれを真似して反撃してきた、すなわち鹵獲した田代砲で DOS攻撃を食らったみたいな意味になります。
なお鹵獲した兵器は鹵獲兵器や戦利品 (戦利機とか戦利艦) と呼びます。
継戦能力を高めたり、敵の新兵器や技術を丸裸にしたり
現実世界の戦時下における鹵獲には様々なメリットがあります。 自軍が戦闘を継続するために必要とする武器や弾薬といった必需品がその場で調達できるというメリットがありますし、逆に敵は戦闘継続のための兵器や物資を失い弱体化することとなり、相対的に鹵獲で増強された以上に自軍が有利になるでしょう。 また軍事機密だらけの新しい兵器を鹵獲できれば、分析調査によって性能を把握してその後の戦闘に活かしたり、自軍が持ってない新しい技術を習得するきっかけにもなるでしょう。
鹵獲によって戦術や、ひいては戦局にも変化を与えた有名なところでは、第二次大戦初期に大活躍した大日本帝国海軍の戦闘機、零式艦上戦闘機 (ゼロ戦) のアメリカ軍による鹵獲 (アクタン・ゼロ) があります。 アラスカのアリューシャン列島のアクタン島に不時着した零戦二一型をほとんど無傷の状態で手に入れたアメリカ軍は、徹底した性能調査とそれに基づく対抗のための戦術 開発 を行います。
当時無敵・無双 とも云われた零戦は数多くの長所を持ちながら欠点も多く、適切な戦術で立ち向かえば別に無敵でも最強の存在でもないことを明らかにし、その後アメリカ軍が 開発 していた新型戦闘機の対零戦性能評価や性能の向上にも知見は活かされます。 結果、零戦は徐々に追い込められていくことになります。
軍や兵士、国民の士気を鼓舞する効果も
鹵獲によるメリットは、前述した軍や部隊単位の戦術を左右するような大きなものの他にも、様々あります。 例えば敵軍の象徴となるような武器を 「戦利品」 として手にすることで、自軍や個々の兵士の士気を高揚させる効果も見込めるでしょう。
有名なところでは、第二次大戦時にドイツ軍で制式採用されていた軍用拳銃 (ルガーP08を筆頭にワルサーP38とか、あと制式ではないものの大量生産されたモーゼルC96とか) は連合国側兵士から鹵獲品としてたいへん人気で、手に入れた兵士は 「ナチスドイツ兵をやっつけた証」 として誇らしげに身に着けたり帰国の際の手土産にしていたといったケースもあります。 実際の戦闘にはまったく役に立たないものの、敵の軍旗とか指揮官用の指揮棒とか高級将校が持つ軍刀なども、自らの戦場での武勇や手柄を誇示する アイテム や アクセサリー として扱われるでしょう。
また戦車や軍用航空機といった比較的大きな鹵獲兵器は、プロパガンダにも盛んに用いられています。 例えば日本でも、鹵獲したアメリカの戦闘機などを日本に持ち帰り、鹵獲兵器の展示会や展覧会といった イベント で公開して戦意高揚に役立てています。 1944年3月に公開された映画 「加藤隼戦闘隊」 には、鹵獲した P-40 (ホークシリーズ) や F2A (バッファロー) などのアメリカやイギリスの軍用機が敵機役として出演もしています。
鹵獲あれこれ
一方、戦闘時に鹵獲が生じることは戦場では常識であるため、やむなく後退する場合は敵に奪われて利用されないよう装備類も持ち去る、それが無理なら遺棄の際に破壊するというのが お約束 です。 とくに戦車や軍用車両、航空機や軍艦といったそれだけで大きな戦力にもなる兵器は、それが鉄則だとも云えます。
とりわけ建造に多大な年月や費用がかかる軍艦、まして戦艦といった国の象徴にもなる大型艦の場合、鹵獲を避けるための自沈には軍の名誉を守るといった部分もあり、悲劇もつきものです。 例えば日本と清国とが戦った日清戦争 (1894年) において、日本海軍と死闘を繰り広げた北洋水師 (艦隊) の旗艦 定遠の運命はその代表でしょう。
当時東洋一の軍艦と呼ばれた定遠は、同年の黄海海戦で奮戦し大損害を受けたものの健在で、その後も各地を転戦しますが日本軍の追撃を受けてついに擱座。 しかし砲台としてなおも戦いを継続し意地を見せます。 日本軍が迫る中最後は万策尽き、鹵獲を恐れ自沈処理となっています。 名将と謳われた艦長の劉歩蟾もその日の夜に責任を取って自決し、実質的に艦と運命を共にしています。
より悲惨なケースでは、第二次大戦末期に撃沈されたイタリア戦艦ローマがあります。 連合軍の攻撃により追い詰められたイタリアは1943年9月8日に降伏、まだ健在であったイタリア海軍の各種艦艇は、これまで共に戦った同盟国ナチスドイツ軍による鹵獲を恐れ移動を開始します。 一方ドイツは、戦艦ローマが連合国側に引き渡されることを恐れ、攻撃を開始。 ドイツ軍機が放った新型兵器フリッツX により、降伏した翌日に撃沈される憂き目に遭っています。
鹵獲しようとした敵兵への危害を目的に、罠・トラップを仕掛けることもあります。 例えば戦車なら、敵兵が近づいた際に爆発するよう周囲に 地雷 などを設置する、砲塔上に設置されるキューポラなどの出入口に爆弾をセットするなどです。
また意図的なトラップではなくとも、結果的にそれに近い効果を得るケースもあります。 例えば前線に配備されたものの使用者に危害を与えるような重大な欠陥があったり、取り扱いが極めて困難な兵器などのケースです。 その場合は完全に破壊せずに中途半端な形で放棄・残置されても、敵兵がそれを使って結果的に事故や自爆を招くことを期待するみたいな場合もあるでしょう。
とくに戦争末期ともなると敗北寸前側の軍は急造した粗製濫造の粗悪な兵器や 博物館 にあってもおかしくない骨董品のような古い兵器を無理やり運用することもあり、勝っている側の司令部が 「危険なので鹵獲しても使用しないように」 との通達を行うようなケースもあります。