悪評も評判のうち? 「ノイズ・マーケティング」
「ノイズ・マーケティング」(Noise Marketing) とは、広告広報戦略の一つ、マーケティング用語のひとつで、ある企業のサービスや商品、タレントなどの 「悪い噂」「ネガティブ情報」 を、広告宣伝を行いたい側があえて意図的に流し、商品名などの認知度を高めたり注目を集めようとする手法のことです。
俗に 「悪評も評判のうち」 などといいますが、本当にその企業なり商品なりが深刻で致命的な ダメージ を受ける悪評を立てるわけではなく、単にショッキングで話題性はあるけれど、すぐに取り消すことができるような情報や、見ようによっては特定の購買層に好意的に受け取られる、むしろ好感度があがることもありうるような情報を流す点が特徴となります。
非常に分かりやすい例では、女性タレントの恋愛 ネタ、熱愛報道とか、アダルト業界の 「発禁騒ぎ」「過激すぎて警察から指導」 などの摘発・規制のニュース、商品が人気で品薄となって客同士が トラブル を起こして怪我人がでた…などがよく話題になります。 またタレントなどでは 「死亡した」「失踪した」 なんてのも、お約束 のように定期的に登場し、それによってしばらくメディアで見かけなくなっていた落ち目のタレントが、再び脚光を浴びる場合もあります。
こうした広報は、その企業なりタレント事務所なりが、自分たちからあえて ネガティブ な情報を流すわけがない…という先入観を利用することで、信憑性と話題性を持たせたり、売名や広報活動であると疑われるのを防ぐ効果があります。
ネットの時代となり、「ノイズマーケティング」 手法も拡大
考え方としては 「良いニュース」 はなかなか広がらなくても、「悪いニュース」 は広がりやすい…といった、ある種の人間の心理傾向を利用したもので、ネット の時代となって ステルス・マーケティング (ステマ) や バイラル・マーケティング (隠れて行う広告、感染力の高い広告) の手法と複合して実施されるケースが多いようです。
一時は悪いイメージが広まっても、後にはその記憶も薄れ、「名前」 や 「顔」 の知名度や認知度だけが残ります。 元犯罪者や、あまり褒められた商売ではない商売で名を上げた人が、「良い情報」 を積極的に出してそのギャップから良いイメージを上書きし、後でそれを利用して別の商売をするケースもあり、とりわけイメージが重要な芸能界やアイドル業界などでは、昔からよく使われてきた古典的な手法とも云えるでしょう。
中にはあえて反発を買うような意見をタレントなり企業広報などにしゃべらせ、自作自演 によって ブログ の 炎上 などを演出し、耳目を集めた上で気の毒な被害者のようなニュースに仕立て上げてしまう場合もあります。
情報操作やネガティブキャンペーンとの併用も
なお、本当にその商品なりに問題があり、イメージに 回復 不可能なほどの深刻なダメージを受けかねないスキャンダルがあった場合にも、それよりずっと軽いダメージ記事を先回りして配信して一定方向に世論やマスコミの考えを誘導したり、後に大幅なイメージアップ広告を行うことをあらかじめ計画した上で先にネガティブ広告を打つ (前後で格差が非常につくことから、イメージアップ広告宣伝の効果が上がる) を狙う場合もあります。
さらに、競合他社やライバル企業などが、商売敵の悪い情報を流しイメージ悪化を助長するのは、ネガティブキャンペーン (ネガキャン) などと呼びます。 実際は自分たちが主体的に行うノイズマーケティングとライバルが行うネガティブキャンペーンが入り乱れ、効果がどう出るかはわからない場合もあるのですが、昔から 普通に 広告宣伝活動として行われてる、ありふれた 「ビジネス手法」 のひとつとなります。
「ノイズマーケティング」、そのルーツは…
こうした広告宣伝手法のルーツに関しては様々な説があります。
有名なものでは、1910年代にアメリカ、ハリウッドでフィレンツェ・ローレンス (Florence Lawrence/ 1886年1月2日〜1938年12月28日) という女優が死亡したとのニュースが流れ、そのニュース自体は商売敵が流した悪質なデマだったのですが、逆にこれがきっかけでその女優が大きな注目を集め、直後に公開された映画が大ヒット。 これにヒントを得て、「芸能ニュースに私生活などのネタを 投下 することで広告宣伝を行う手法」 が登場。 以降、映画会社や俳優、女優の事務所やエージェントと、タブロイド紙や雑誌などが手を組み、積極的に取り組むようになったとの話があります。
芸能関係は伝統的にマフィアや地下組織との繋がりが強いものですし、そうした業界では商売敵に対する鞘当や、ゴシップなどを使ったネガキャンなどが激しいので、それを逆手にとって活用する対処法として確立したのですね。 その後は、表立って正々堂々とは行えないものの、現実的に存在するマーケティング手法として様々な取り組みがなされ、現在のような形になっているのでした。
この説は、新聞や雑誌などのマスメディアが存在する時代になってから登場したもので、その後ラジオやテレビ、ネットなどのメディアにも拡張。 現在のノイズマーケティングの直接の発端ともされています。 しかし一方で、こうした 「最初にネガティブな情報を流し、後でそれを否定することで、注目と同時にギャップから良いイメージを植えつける」 なんて方法は、歴史上にも例がけっこうあったりします。
日本人にとってもっとも親しみのあるエピソードと云えば、織田信長の 「うつけもののふり」 でしょう。 奇行を繰り返し、大うつけ、愚か者であるかのように装い、周囲を油断させる一方で、ここぞの時は本性をあらわす。 知名度を上げるのが主目的ではなかったものの、舅となる斉藤道三との1549年、聖徳寺での会見でのエピソードなどは、ある意味でノイズマーケティング、嘘マーケティングの走りのような感じです。
ことさらに残虐・非道であることを標榜したり、それを周囲に吹聴する権力者は歴史上数え切れないほどいます。 もちろん本当にそうした残忍な性格を持つ暴君である場合も多いのですが、対外的な情報戦としてそれを使うケースは、歴史上にいくつも例があります (他国の侵略を防ぐために行っているだけで、実際は慈悲深い名君である場合も多い)。
古今東西を問わず、人間の心理を巧みに利用した、マーケティングのひとつなのでしょうね。
「マーケティング・ノイズ」 って、何?
「ノイズ・マーケティング」 ではなく、「マーケティング・ノイズ」(Marketing Noise) という言葉もあります。 こちらは、過剰なマーケティング活動がメディアや日常生活に深く入り込み、毎日毎日洪水のように溢れる膨大な広告宣伝材料を 「邪魔だ」 と感じる場合に使う言葉になります。
分かりやすい例ですと、ダイレクトメールとか スパムメール とか、テレビ番組で一番いいところで入る邪魔なテレビCMなどが代表ですが、誰かの宣伝、マーケティングのためのいらない情報や宣材が溢れると、確かに迷惑で 「ノイズだ」 と感じられますね。
これらは、言葉としては本来の 概念 が違い別の言葉となりますが、「ノイズ・マーケティング」 も 「マーケティング・ノイズ」 も正しく有益な情報ではないと云う点で、「同じものだ」(マーケティング・ノイズの一部が、ノイズ・マーケティングだ) とする意見もあります。