絶対にこいつだけは許せない… 「逃げられると思うなよ」
「逃げられると思うなよ」 あるいは 「逃げ切れると思うなよ」 とは、何らかの事件や 炎上 が起こった時に、ネット の 掲示板 などで 「逃がさないぞ」「とことん追い詰めてやる」 との 煽り の意味で 書き込まれる レス の定型的なフレーズの一つです。 おどろおどろしい般若の AA として 投下 されることもあります (後述します)。
これは事件や炎上が掲示板で盛り上がり 祭り の状態になった時、あるいはそこからピークを越えやや落ち着いて来た頃に、「まだだ、まだ終わらんよ」 と再度盛り上がるために投下されるもので、とりわけその事件や炎上の本人や関係者らが スレッド などを見ている可能性が高い場合 (例えばスレッドで指摘されたことが本人の情報発信に反映されているなど) に、当事者を追い詰めたり責め立てて ダメージ を与える意味で使われます。
類似の書き込みに、「この訴えは毎日続けて行くつもりです」 や 「絶対に許さない、絶対にだ (絶許)」「いえ〜い、〇〇見てる〜?」(〇〇部分に犯人や炎上主の名前が入る) もあります。 「逃げられると思うなよ」 と併せたり、祭りの経緯をまとめた コピペ などと複合したり、「執念深くいつまでも追い詰めてやる」 という脅しとなっています。
なかでも ネット民 の正義感を強く刺激するような出来事 (卑劣な犯罪は当然として、いじめ やパワハラ、警察によるでっち上げ・冤罪など、弱者を虐げるようなもの) の場合は被害者に対する同情も手伝い、2ちゃんねる などに立てられたスレッドは延々と何年間も継続し、その間はこうした書き込みが続くこととなります。
逃げられると思うなよAAの例 (般若)
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AAによる書き込み自体はありふれたものとはいえ、やっぱり般若でこれを書かれると怖いです…。
なぜ般若なのか? 交通安全看板と鬼婆、桃太郎侍
AAの元になっているのは、日本の伝統芸能である能で使われる般若のお面です。 般若とは、仏教でいう物事の道理や真理を見抜く深い智慧・叡知 のことで、サンスクリット語のプラジュニャー、パーリ語のパンニャーに由来します。能では一般に 鬼女 の姿で描かれますが、AAで使われ一般にも広く知られる般若面は女性の嫉妬や怒り、恨み、深い情念を表す怨霊の姿であり、鬼 のような2本の角と、深い悲しみをたたえる目と激しい怒りをあらわす口 (牙 が生えている) とで構成され、一度見ると忘れられないインパクトがあります。
ちなみに能では演目中に演者が面を付け替えたり外すことがありますが、女性の嫉妬・怒り・恨みをあらわす般若も感情の強さによって色々あり、感情が昂るにつれてより激しい表情へと変化します。 一般に良く知られるものは中成と呼ばれる般若ですが、それ以前のものは泥眼や橋姫 (まだ角は生えていない)、生成 (角は短く、表情も中成に比べるとやや穏やか) となり、般若以降のより激しい表情は本成 (真蛇) となります。 真蛇は、般若より何倍も怖い顔をしており、場合によっては蛇といった動物の面になることもあります。
ところで、感情を露わにし鬼女となった生成・中成・本成のうち、中成の般若だけがやたらと知名度や印象が強いのはなぜなのでしょうか。 人気の演目 (「葵上」「道成寺」「黒塚」 の三鬼女) があったからとか、江戸幕府3代将軍 徳川家光が若年時に侍女へ夜這いをかけた際に顔を隠すために被っていた逸話とか (明良洪範)、はたまた単純に見た目のバランスの問題などもあるのでしょうが、一般人 の間で極めて高い認知度を得たのは、いわゆる交通戦争が叫ばれた1950年代から60年代に盛んに設置された 「わき見運転防止」 の野立て看板の影響もあったのかも知れません。 現在はほとんど見かけませんが、当時は人の背丈ほどもある大きな看板に大きく般若面の 絵 と 「よそ見するな」 といった文言をつけた交通安全看板が国道など大きな道によく立っていたものです (地域差はあると思いますが)。
また交通安全看板の設置と前後して、新藤兼人監督による1964年のホラー映画 「鬼婆」 でも般若の面が極めて効果的に使われ、作品のヒットとともに大きな話題になっています。 人気女優で主演の乙羽信子さん、吉村実子さんらの濡れ場の話題性もさることながら、サスペンスものとしても出色の出来栄えであり、日本映画屈指の名作の評価とともに般若面の怖さがより広く浸透する一つのきっかけとなっています。
その後も般若は折に触れ使われるようになりますが、定着に決定的な役割を果たす作品が登場します。 日本テレビ系列で1976年から1981年にかけて放映された大人気時代劇 「桃太郎侍」 です。 同作では高橋英樹さんが演じる 主人公・桃太郎が番組後半のクライマックスで悪代官の屋敷などに乗り込み、悪党どもをバッタバッタと斬り伏せますが、その登場の際に身に着けているのが般若面であり、「悪を憎み成敗する正義の味方」 のような印象もつくことになりました。
このシーンは後述する 「ひとつ、人の世…」 のフレーズともども パロディ なども数多く、ドラマを知らなくてもこのシーンは知っているという人は結構多いはずです。 逃げられると思うなよAAに般若を使った理由は作った人に聞かなければわかりませんが、桃太郎侍あたりから来ていると考えると納得感があるような気もします。
蛇足ながら、先述した桃太郎が成敗する前に述べる 「ひとつ、人の世生き血を啜り」「ふたつ、不埒な悪行三昧」「みっつ、醜い浮世の鬼を」「退治てくれよう桃太郎」… という数え歌風の決めセリフも流行しています。 アレンジしたものに、似たような言い回しをごちゃ混ぜにした 「ひとつ、人の世生き血を啜り」「ふたつ、ふるさと後にして」「みっつ、醜い ハゲ がある」(三日月ハゲの場合も) なんてのも当時は流行ってました。 ふたつ部分は アニメ 「いなかっぺ大将」(1970年〜) の主題歌である 「大ちゃん数え唄」 の歌詞、みっつ部分は当時の子供たちの間で流行っていたハゲの数え歌からです。