史実か創作物か、原作が正史なのか、その派生作品が正史なのか… 「正史」
「正史」(せいし)・「正典」(せいてん)・「正伝」(せいでん) あるいは 「カノン」(Canon) とは、歴史上あるいは架空の物語における if の対の 概念 となる正しい歴史、本来あるべき歴史 (ただし中国古典におけるそれとは異なる (後述します) のことです。
おたく や 腐女子 などの 界隈 においては、前述した意味で使われる他、それらが複数の媒体で展開された コンテンツ において 「作品の 世界観 や登場する キャラクター の正しい姿、正当な関係性をあらわす基礎・根本となる 設定」 あるいはそれに基づく 「正統な媒体作品とその正統な続編 (ナンバリングタイトル)」 といった意味でも使われます。
対概念や対義語は、前述した if やアナザーワールドの他、外部にその存在を認める形での非正史や 外伝・外典・伝説やレジェンズ (Legends)・アポクリファ (Apocrypha)・分史 や異伝、異聞があり、それらを排除する目的での偽史や偽典、あるいは異端と呼ぶこともあります。 ただしそれぞれは微妙に ニュアンス が異なり、また存在を認める認めないの境界線もはなはだあいまいです。 例えば偽史と一言で云っても、その歴史の当時に創作されたものか、ずっと後の時代になって偽文書として作られたものなのかでも評価は変わります。
続編や様々なメディアにマルチ展開する中で混乱する 「本当の設定」
例えばある マンガ作品 が アニメ になって設定や内容に変化が生じた場合、あるいは ゲーム になって独自の設定やシナリオ、ゲームオリジナルの新キャラが登場したといった時に、「どれが正しくて中心とすべき設定 (作品) なのか」 で ファン の間の意見や 解釈 が分かれる場合があります。 いわゆる 「原作厨」 や 「アニメ厨」「ゲーム厨」(それぞれの支持者を 厨房 (中学生の坊や) 扱いして腐す表現) による支持媒体の分類に関する争いです。
一般的にはもっとも早く登場した作品を オリジナル・原作 (原典) とし、それ以降に制作された内容や 世界線 が異なる作品は 二次創作 の派生的な作品だとして番外編・外伝 の扱いとなります。 しかし違いがあまりに大きすぎたり、最初の作品が習作や漫画賞などの応募作品で中途半端だったり、あるいは発表当時はまったく人気がなくアニメ化によって注目を集めたようなケースでは、後の作品を支持するファンが多すぎて、時系列を無視して後の作品を 「正史だ」 とするケースもあります。 とくに後に展開された作品の魅力や完成度、整合性が高い場合は、公式側 がそれに引っ張られる傾向もあります (それ以前の設定は 黒歴史 扱いで封印されたり)。
とくにマンガが先でアニメが後ながら、ほぼ同時進行でおのおの作品が制作されつづけ、途中でアニメの方の話数が進んだり、明らかにアニメのみの設定の影響をマンガの方が後で受けた場合には、先行したマンガに一定の敬意を表しながらも、後のアニメが実質的な正史だと目されそう呼ばれることも少なくありません。
これら 「正史」 を巡る争いは、自分の好きな作品のどれが正解か、何が正しい解釈かというファンによる単なる自己満足の部分もあれば、同人 などの二次創作における ジャンル としての立ち位置や個別の解釈にも影響を与える部分もあり、時として鋭く対立し、論争や バトル に発展する場合もあります。 例えば 王道 と呼ばれるような最も人気のある カップリング が 「正史では逆だ」 などという状況となると、色々ともめごとの原因になったりもします。
なお公式な見解ではないものの、公式側で制作に参加したキーパーソンが、後日非公式に個人的な意見を示して、それが公式見解や設定に影響を与えることもあります。 例えば本来はキャラAが 主人公 だったけれど、大人の事情 (作品外の権利的・経済的な理由など) によって急遽キャラBを主人公とした作品に作り変えたといった話が出た場合に、主人公に関する様々な設定の帰属がキャラAのものかBのものかで紛糾するような状況です。
このキーパーソンが 作者 だったり、大人の事情が作者側の立場を強化する内容だった場合、ファンの間でそれなりに尊重されることもありますが、そうでなければ無視されることもあったり、A派B派でいつまでも揉め続けたりと、様々なハレーションを起こすことがあります。
公式が後付けで正史を設定する場合も
長期にわたってシリーズ化し、それぞれが様々な媒体で展開する巨大な作品の場合、著者や制作者、出版社などの公式側が、「これが正史だ」 といったニュアンスで、シリーズ全体を網羅する 「公式設定集」 などを発行する場合もあります。
こうした設定集はコンテンツのシリーズや媒体ごとに異なる設定を後付けで一本化したり、元コンテンツが発表された時に様々な理由によりあえて省略したり スルー した設定が含まれるなど、必ずしも後付けだけという訳でもないのですが、矛盾点などに後付けで無理やり辻褄合わせが行われている場合も多く、それによって不利益を被る媒体のファンから批判がでたりもします。 とはいえ、「まぁ公式が 「これが正史だ、カノンだ」 と云ってる以上、それが 正義 じゃね?」 といった意見にまとまりがちではあります。
元々 「正史」 という言葉は中国の歴史書などで使われる言葉ですが、これは 「正しい歴史」 という意味ではなく、その歴史書を作った権力者らの 「正当性を示す歴史」 みたいな意味で使われます。 勝てば官軍、負ければ賊軍。 歴史は勝ち残った側のものしか後世に伝わらないとはよく云われる話ですが、アニメやマンガといったジャンルの話でも、そのコンテンツが20年40年と続くと、同じように歴史論争になったり、考古学的な考察が行われていくようになるのは面白い現象です。