タイツ・ストッキング当たり前の時代から変化 「生足」
「生足」(生脚/ ナマ足) とは、主に女性が脚部分に タイツ や ストッキング (パンスト) などを穿かず、素肌のままの太ももやふくらはぎ、膝などを外に出している状態のこと、すなわち 生 の足、素の脚のことです。 ただし 靴下 や 靴 の有無は無関係で、いずれも履いていない素足と同じというわけではありません。
その意味では生脚と表記する方がふさわしいとも云えます。 脚と足、leg と feet の違いですね。 とはいえ実際は、生足やナマ足と書かれる方が多いような気がします。 いずれにせよ脚部である太ももが直に 露出 していれば原則として生脚 (足) 扱いで、言葉としてはおおむね女性に対してのみ使います。
元々日本では、明治維新の前後から洋装文化の広がりとともに欧米風のタイツやストッキングがごく一部に少しずつ広がっていました。 当初は欧米文化の模倣、その後は 「女性が足や膝を出すのははしたない」「子供の 防寒対策」 といった保守的な空気や、女性が下半身を冷やすのはよくないとの理由による純粋な防寒・防湿といった保健機能面での利用が主でした。 和服姿が珍しくなく、スカート と云えば膝下までの ロング やセミロングしか選択肢がまだない時代です。 またリネンやニット、ウールなど様々な素材が用いられたタイツに比べ、絹主体のストッキングは高価で普及は遅れていました。
一方、1960年代から1970年代にかけての ミニスカート の大ブームによって、脚を美しく見せるレッグウェアで脚を覆うことが欧米先進国で当たり前の時代となります。 これは絹に代わるナイロンが 開発 され、比較的安価なタイツ・ストッキングが登場し (1940年) 広まっていたことによる相乗効果でもありました。 日本でストッキングが本格的に普及したのもこの頃からで、とくに女性の社会進出に伴うビジネスの場での装いや、冠婚葬祭時のストッキング着用は、ほとんど社会人の常識や マナー、エチケットのような扱いとなっていました。
こうした傾向はその後も続き、小さな子供から女子中学生あたりまではタイツ、高校生や大学生はタイツかストッキングといった時代が1980年あたりをピークに長く続きました。 一方、女性のパンツスタイルの普及、スポーツウェアやそれに近いカジュアルな装いの街中での着用が広がるにつれ、徐々に面倒な靴下以外のレッグウェアが若い世代から避けられるようになってきます。
ミニスカートはいったんブームが去り、その後1990年代になってリバイバルしますが、その頃にはノータイツ・ノーストッキングの脚肌がそのままの スタイル、すなわち 「生足」 が、とくに生徒や学生といった若い女性の間ですでにいくらか進んでいて、1990年代中頃には一気にその傾向が一般的になったのでした。 2000年代に入ってしばらくすると、タイツ・ストッキングの国内流通量はピーク時の僅か15%程度にまで減少しています。
生足ブームとアムラー・ギャルブーム
この動きに大きな影響を与えたのは、安室奈美恵さんの ファッション を真似るアムラーの存在や、いわゆる ギャル と呼ばれるトロピカルなイメージを持つファッションの流行、そして1996年に来日したスーパーモデル、シンディ・クロフォードさんの素足にサンダル履きのスタイルです。 同じころ流行した ルーズソックス (ルーソ) や ロングブーツ と合わせ、ミニスカ+生足+ ブーツ あるいはサンダル、もしくはミニスカ+生足+ルーソがひとつの 定番 ともなりました。
この生足文化はリバイバルしたミニスカともども一過性のブームに終わらず、その後はすっかり定着することになりました。 それに伴いタイツやストッキングの売上は減少、一方で脚のムダ毛処理や足指へのペディキュアといった足回りのお手入れなどは、それ以前にも増して当たり前のものとなりました。 身体の手入れやフィジカルな部分へのファッションの影響はそれ以前の ボディコン の時代にもありましたが、生足でミニスカといった装いは、おおむね1990年代後半からのトレンドとなります。
ちなみに生足ブームよりやや早い時期に、シミーズといった補助的な下着類も若い世代を中心に避けられるようになっています。 洋服の歴史はヨーロッパなどで作られたある意味で過剰なほどの装飾や重ね着が、世界に広がる中で徐々に簡易化する歴史でもありますが、格式あるフォーマルな場でのドレスコードはともかく、普段の生活にあれこれと衣類を身に着けても仕方がないという部分もあるのでしょう。 とくに日本は夏場を中心に高温多湿であり、加えて年々夏がより長くなりより暑くなる傾向があります。
衣類の簡略化傾向は海外にもあり、若い世代がシミーズやパンストなどをおばあちゃんの下着みたいに呼ぶこともあるようです。 シミーズやパンストが登場した頃は、それ以前に普及していたコルセットやガードルが同様に年寄りくさいものと見なされていたことを考えると、歴史は繰り返すといった感じでしょうか。
なぜ 「生」 なのか、ブルセラブームと生のあれこれ
なお生という加工していない自然のままの新鮮さ、あるいは何も身につけていない状態とか リアルタイム などを指す接頭辞が足に対して選ばれた点については、文字通り生々しくてちょっと エロ な ニュアンス が込められていると感じる人もいます。 どこ発祥の言葉なのかは不明ですが、男性向けの雑誌や駅売りのタブロイド新聞のお色気記事などではよく使われていました。 同様に何もつけていない胸を生乳 (なまちち)、腕を生腕みたいに呼ぶこともありました。
男性がコンドームなどの避妊具を着けずにむき出しの性器で性行為をすることを一般に生 (ナマ) と呼びますし、1980年代から脱ぎたての下着や使用済み下着などをナマ〇〇と呼ぶ文化もありました。 1990年代前半から後半にかけて女子中高生 (その後マゴギャル・コギャルとよばれることも) の衣類を対象としたブルセラブーム (ブルマー & セーラー) が起こりましたが、この際も使用済みのブルマーや 制服、下着 などを 「生 (ナマ) 〇〇」 と呼ぶことにもなっています。 洗濯やクリーニングをしていない脱ぎたてホカホカ、掛け値なしの本物みたいなイメージを喚起する 「生ブルマー」「ナマ下着」、あるいはリアルタイムで脱ぐ行為を指す 「生脱ぎ」「ナマ着替え」 などですね。
ちなみに1988年から翌年にかけて起こった東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件 (宮崎勤事件) で、1989年に逮捕された容疑者 (当時) の部屋がテレビのワイドショーなどで放映されましたが、その際に彼の部屋にあった マンガ 「若奥様のナマ下着」(漫画エロトピア増刊) のタイトルは、一部で流行語にもなっています。
一方、メディアにあっては中高生はもちろん小学生のお色気を愛でるようなテレビ番組もあり (「セクシー小学生ゴングショー」 とか)、そのお笑いバラエティの番組名は 「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」(生ダラ/ 1991年) でした。 この場合の生は放送開始当初に生放送を行っていたからで直接の関係はないのですが、度々生じる生をうたう食品ブームなども合わせ、どういうわけか 「生」 には言葉や文字として何かを訴求する特別な魔力があるようです。
いずれにせよこのあたりの言葉の流れで当時隆盛を極めていたブルセラ・お菓子系 雑誌 (エログラビア誌に近いジュニアアイドル雑誌) の世界で使われるようになって広がったのかなとも予想しますが、直接の発生元や造語主は不明です。 当時生足ブームの先頭を走っていた当事者たるギャルや女子高生らの言語感覚的にも、やや下品な意味を含んていたり発祥が アングラ な言葉に対する忌避感はなかったように思えます。 いわゆる 援交 (パパ活) の世界で使われていたような隠語や略語 (JC・JK など) も、その後は本人らが使い始めてすっかり定着していますし。
また広まった理由については、そもそもタイツやストッキングが当たり前だった時代、太ももなどがそのままの状態を端的に示す適当な言葉が見当たらなかった点も理由のひとつでしょう。 それくらい生足ブームの前はタイツ・ストッキングの利用が当たり前だったと云えますが、一般に素足は足首から下に何も履いていない状態を指しますし、素の太ももではただの日本語ですし、裸脚はピンときません。 素肌は範囲が広すぎます。
ノーストッキングは脚の血行不良を改善するための健康法みたいな扱いで一部使われていたような気もしますが、これも休日などの外出時にはパンツルックが楽だよねみたいなもので、あくまで平日のスカート姿でのストッキング使用を前提としたものでした。
ちなみに脚フェチの場合、ストッキングがあった方がいいよね派と生足派とでは意見が別れることが多いようです。 足フェチについても、素足はもちろん靴下や靴のあるなしで好みが分かれたりもします。 一方でタイツの他、ルーズソックスや 紺色ハイソックス などは脚と足どちらにもかかる上に下着フェチにも通じるもので、そもそも脚と足をどう捉えるかによっても判断が分かれるものでしょう。 足フェチの少なくない人が手や手指フェチの傾向を併せて持っているような気がするので、そのあたりで区別することができるかも…しれない…(?)。







