誰が言ったか知らないが、言われてみれば確かに聞こえる…「空耳」
「空耳」 とは、外国語だったり独特な発声により本来の言葉や歌詞とは違った言葉、異なった言語に聞こえるものに、そのままおかしな言葉や歌詞を当てはめる言葉遊びの一種です。 例えば 「How much?」(いくらですか?) を 「ハマチ」「Sightseeing」(観光) を 「斉藤寝具」 なんて感じのものは、大昔から ネタ として有名ですね。
こうした遊びは洋の東西、古今を問わず存在し、音楽の音色や風の音、動物の鳴き声まで、色々な例が見られます。 例えば日本では、室町から江戸時代にかけ、野鳥やペットの動物の鳴き声を日本語に当てはめる 「聞きなし」 という娯楽がありましたし (うずらの鳴き声の 「ご吉兆」 などが有名ですね)、俳句や川柳にも、似たような遊び、単なるダジャレを含めて様々なものがあります。
ただし1990年代から以降はこの種の遊びを 「空耳セリフ」「空耳歌詞」 などととくに呼んで、単なるダジャレや替え歌、伝統的な聞きなしとは区別する遊びのような扱いになっています。
とりわけ ネット 環境 の改善と、音声データをそのまま簡単にやり取りのできる 「YouTube」 や 「ニコニコ動画」 などの登場と利用者の増大などにより、いわゆる マッドムービー や 「マッドビデオ」(MADムービー/ マッドビデオ) の重要な カテゴリ のひとつともなっています。
「空耳」 の語源と云えば、やはり…
なお 「空耳」 という名称の直接的な語源は、テレビ朝日系列で放映している深夜の怪番組、「タモリ倶楽部 〜FOR THE SOPHISTICATED PEOPLE〜」(1982年10月8日〜) の中の人気コーナー、「空耳アワー」(同番組の 「あなたにも音楽を」(1992年4月3日) を原点とする 1992年7月3日より放送されているコーナー) からです。
「空耳」 の本来の意味は、聞こえるはずのない音が聞こえる、幻聴などの意味ですので、本来の言葉としてはかなり違っています。 ですのでこの番組以前はこの種の言葉遊びを 「空耳」 と呼ぶケースはほとんどなかったようです。 筆者 の周りなどは 「耳コピ歌詞」 とか、「デタラメ歌詞」「適当歌詞」 などと呼んでいましたね (これらの言葉も 普通に 今でも使われています)。
洋楽…そして日本製ポップスにも空耳の魔の手が…
空耳って何!? 言われてみれば確かに聞こえる… |
この種の言葉遊びは、洋楽の ファン なら昔からおなじみのものです。 また 70年代の おたく 気質な人たちの多くがはまっていた海外短波放送などを聴く 趣味、「BCL」 などでは、海外のアナウンサーの局名アナウンスや音楽などを録音してネタにしたり、気に入った歌などは 「耳コピ」 した適当な歌詞をつけて歌っていたりしたものです。
当時はネットもありませんし、日本でリリースされたり輸入されたレコードの曲以外の曲の歌詞を手に入れるのは、ほとんど不可能な状態でした。 他に方法がなかったんですね。
その後、日本の日本語による歌も、例えば 「サザンオールスターズ」 の 「勝手にシンドバッド」(1978年6月25日) などは、もうほとんど歌詞を聞き取るのが困難な歌い方となっていて、当時の中学生や高校生は、デタラメな歌詞 (でもそれっぽく聞こえるw) を適当に作っては、歌っていたりもしました。
1972年に大阪に登場した カラオケ は、まだまだ飲み屋さんのサービスの一部のような扱いでしたが、1985年にカラオケボックスが登場し爆発的なブームになると、様々な 「遊び方」 として、こうした空耳を楽しむようなファンも現れました。
1970年代から80年代に一世を風靡した深夜放送 「オールナイトニッポン」(ニッポン放送) で、パーソナリティ笑福亭鶴光 (「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」/ 1974年4月〜1985年10月5日) による 「この曲はこんな風に聞こえる」 との人気コーナーがありましたが、「空耳」 というネーミングをのぞけば、こちらが、こうした遊びをメディアを通じて最初に広めたものだとの意見もあります。
特筆すべき 「わさび わさび 唐辛子 しゃぶりつけ」
なおこの頃の特筆すべき楽曲としては、1988年12月9日(魔暦紀元前11年) に発売された 「聖飢魔II」 のアルバム(大教典)、「THE OUTER MISSION」 に入っている曲、「不思議な第3惑星」 が挙げられます。
日本語と英語に堪能な デーモン小暮閣下の作詞によるこの曲の歌詞は、英語で意味が通じる歌詞として書かれ、日本語訳もちゃんと歌詞になっていますが、実際に歌うとそのまま日本語に聞こえるような内容 (Want some beat? Want some beat? Talk at a sheep, shall (the) bull leads to care?/ わさび わさび 唐辛子 しゃぶりつけ) に全編が覆われていて、その意味不明でおかしな 「隠れた歌詞」 が大きな話題になっていました。
一方、ある程度実用性のある試みとして、外交官や駐在武官・連絡将校ら向けに赴任地の母語での代表的な挨拶などをレクチャーする際に、似たような発音の言葉の組み合わせや独自ルールのローマ字表記 (普通に読むと意味はめちゃくちゃ) が作られることがあります。 とくに欧米の英語話者にとって日本語とか中国語といった系統が異なる言語の発音は極めて難しいので (とりわけ母音の扱いとか)、何となくそれっぽく聞こえる英単語やローマ字の組み合わせで日本語などの会話例を紹介するケースはあったりします。 有名なのはアメリカ軍が派遣先の現地語を将官や兵士に教育する専門機関である DLIFLC (アメリカ国防省語学学校外国語センター) の各種テキストなどでしょうか。
「MAD」 としての 「空耳」 の人気
当初 「MAD」 は、同人誌即売会 の余興の一つとして上映されるような扱いでした。 その後の パソコン通信 の時代にも、アニメ などのセリフのごくごく一部を切り取って、詰め合わせにしたようなデータが配布されていました。
しかしたいていは、ちょっとエッチなセリフを喋っているように聞こえるものや、Windows などの起動や操作音などに使えるようなものの細切れでした。 商用のパソコン通信ホスト局では、これら 版権もの の アップロード は厳しく制限されていましたし、通信速度の点で、誰でも簡単に手に入れられる環境ではなかったですね (イベントなどで、フロッピーディスク なんかでやり取りしてました)。
1990年代中ごろになり、インターネット の時代となると状況は一変。 IT革命 とやらをはさんで通信環境の劇的向上と、パソコンを持っているのが当たり前の時代となり、フラッシュを使った空耳系の面白動画なども登場。 2000年代に入り、ADSLの普及などで、動画や音楽を含む大きなファイルのやり取りが簡単になると、いよいよ空耳の黄金時代を迎えます。
2003年頃から 「空耳」 が注目を集め、2004年に大ブレイク
恋のマイアヒの空耳 FLASH |
シェリーに口づけの空耳 FLASH |
めざせモスクワの空耳 FLASH |
この時代の代表的なものとしては、2004年10月頃に 掲示板 2ちゃんねる で話題となった 「恋のマイアヒ」(Dragostea Din Tei/ O-Zone) があります。
人気のある アスキーアート キャラ の 「モナー」 を使ったルーマニア語歌詞の空耳フラッシュ動画がブレイクし、さらにレコード会社エイベックスがそのモナーごと著作権登録し 商業 展開しようとしたため、「モナーを守れ」 とばかりに大規模な 祭り (「のまネコ問題」)に発展。 新聞やテレビ、週刊誌などを賑わせる大きな騒ぎとなり、この種の 「空耳遊び」 の一般への認知度を一気に高めました。
前後して人気がブレイクしたものには、「シェリーに口づけ」(Tout tout pour ma cherie/ 1971年/ フランス/ ミッシェル・ポルナレフ/ Michel Polnareff) もあります。 こちらも 「トゥ トゥ トゥマシェリー」「チョコパン おいしいモナー」 など面白い日本語の空耳歌詞が作られ、多数のフラッシュ動画が職人の手によって登場しました。
また少し遅れて流行した 「ジンギスカン」(Dschinghis Khan) の 「めざせモスクワ」(1979年/ Moskau) も、「もすかう」「ボートでヘイコラホー」 などの空耳歌詞で 2005年にブレイク。 前年の 「恋のマイアヒ」 のモナーを巡る騒ぎ、「のまネコ騒動」 を受け、CD化の折にはわざわざ 「商標登録しません」 と、キャッチがパッケージに書かれていました。
世界的に一大旋風を巻き起こした 「ロイツマ・ガール」
後の 初音ミク をはじめとするボーカロイドブームにも影響の大きかった話題の空耳と云えば、Loituma (ロイツマ) が歌う中毒性音楽(フィンランド民謡)「Ievan Polkka (イエヴァン・ポルッカ)」 でしょうか。
ロイツマ・ガールの MAD 動画 |
この曲に、アニメ 「BLEACH (ブリーチ)」 の登場キャラ井上織姫が、買い物の途中で車と事故にあうエピソード (死神代行篇の第2話、2004年10月12日に放映) の際、無傷だったのをアピールするために買ったばかりのネギを右手でくるくる回していたというシーンの映像を組み合わせた 「MAD動画」「ロイツマ・ガール」(Loituma Girl) は世界的に大人気。
関連フラッシュなどが作られ、日本語の空耳歌詞となる 「やっつぁっつぁぱれびっぱれらんらんびっぱりりんらん…」 も 「癖になる」「無限ループさせるしかない」 と人気に。
そして 2005年12月の 動画共有サイト の 「YouTube」 のサービス開始で、空耳はブームではなく、完全に 「人気・定番 となった ジャンル となります。 おたく文化がある種のブームとなっていたこと、それにより 新規 参入してきた新しい人種やら才能やらが集まっていたこともあり、誰でも簡単に公開したり、見る場所を得たことで、「MAD」 とともに 「空耳」 が、大きく発展することになります。
手書きMADの関連動画が溢れかえった 「ウマウマ」
ウッーウッーウマウマ(゜∀゜) の CD |
「ロイツマ・ガール」 と非常に良く似た経緯で世界的な爆発的流行となったものに、「ウマウマ」「ウッーウッーウマウマ(゜∀゜)」(U-U-Uma Uma(゚∀゚)/ キャラメルダンセン/ Caramelldansen) もあります。
2001年にスウェーデンのダンス ユニット によって発売されたアルバム、「SUPERGOTT」 の収録曲に、アニメの映像をつけた動画が 2006年中ごろに YouTube にアップされ世界的に流行。 しばらくしてから日本でも火がつき、大ブレイクしました。
やたらテンションの上がるポップな曲調と、その再生速度を上げた ノリ の良さ (速度120%あたりが標準)、「ウッーウッーウマウマ」「バルサミコ酢 やっぱいらへんねえ」 などの面白い 「空耳」 の歌詞、また動画を作る時も、好きなアニメの イラスト を数枚だけ描いて繰り返しエンドレス表示するだけでアニメ制作がOKなどの手軽さ、踊りの可愛らしさで、2008年には無数の関連動画が動画サイトにあふれかえることとなりました。
同年5月21日には、こちらも CD発売されヒットとなりました。
2006年韓国語版キューティーハニーが話題に
時期は前後しますが、YouTube 登場頃の大きな話題作と云えば、韓国でスカウトされデビューした在日韓国人のタレント、イ・アユミさん (Sugar メンバー) の新しい曲、「キューティーハニー韓国語バージョン(Cutie Honey)」 でしょう。 「YouTube」 に動画がアップされ、2006年7月後半に 「2ちゃんねる」 で話題となりましたが、「ぶたかけ ぶたかけ」「田代、田代、田代ちゃんと亡命しろ」 との歌詞は面白いとしてブレイクしました。
またネタとして、2006年8月30日にはテレビ番組 「トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜」 でも 「No.982 キューティーハニーの歌の韓国語版は「田代田代田代ちゃんと亡命しろ」と言っているっぽく聴こえる」 として取り上げられました。 ちなみに評価は 77へぇ で、銀の脳を獲得していました (放送時、この空耳をたまたま話題として扱っていた筆者のブログがすさまじいアクセスになってました… (^-^;)。
一風変わった空耳 「コッペパーン ジャム塗ったら あーんぱーん」
「空耳」 の中でも一風変わっているものと云えば、2007年1月7日〜12月16日まで放映されたNHKの大河ドラマ 「風林火山」 のオープニングテーマ曲 「ドラマ風林火山テーマ」(作曲/ 千住明/ 指揮/ 高関健) の 「空耳」 でしょうか。 戦国時代の大河、それも男らしい大河ドラマだっただけに雄大で勇壮なオーケストラ曲となっていますが、インスト曲ながら金管のハッキリとした曲調が何となく 「歌詞があるように聞こえる」 とばかりに、鼻歌での主旋律の曲再現に歌詞がつくことに。
当初ネットの 実況系 の掲示板などで散発的に書き込まれていましたが、ネット上の歌詞のまとめと 作者 の補足が入ったカラオケ動画 「【カラオケ】風林火山OP【コッペパン】」 が 「ニコニコ動画」 などで人気となり、「歌詞が聞こえてくる」「もうコッペパンにしか聞こえない」 と話題に。 「コッペパンにジャム塗ったら あんぱん」 という歌詞の不条理さの面白みもあり、大ブレイクしました。
この曲と歌の場合、替え歌の一種の扱いをするケースもありますが、当然ながらそもそも歌詞がないものなので、これはやはり 「空耳歌詞」 といえるでしょうね。
「空耳」 は、押しも押されもせぬ二次創作の定番カテゴリに
話題にならなかったものを含め、膨大な 「空耳」「空耳モドキ」 が作られましたが、「ニコニコ動画」 が登場すると、字幕 (コメント) の形で、誰でも簡単に空耳歌詞作りに参加できるようになり、なかでも通称 「きしめん」 と呼ばれる Lump of Sugar(ランプ オブ シュガー) の美少女アダルトゲーム 「Nursery Rhyme -ナーサリィ☆ライム-」 の主題歌 「true my heart」(ave;new 佐倉紗織) は、アダルティでアナーキーな空耳歌詞でブレイク。
さらに様々な人気楽曲や 電波ソング などを集めた 組曲『ニコニコ動画』 の登場により、遊びとして楽しみとして、ネットの世界ではもうすっかり定着したようです。
もちろん 著作権 上は問題がある 「空耳楽曲」 ですが (空耳 FLASH なども、長く 「黒フラッシュ」(黒フラ) などと呼ばれて、日のあたる場所に出すべきでないとされています)、面白みと手軽さが受けて、今後も面白いもの、意表をつくものが、新しい曲、昔の曲含め、次々に生まれるのでしょうね。
なお 「美しい」 と喋っているのが 「ふつくしい」 と聞こえることから、ふつくしい が、あるいは 「残念ながら」 がそう聞こえることから だんねんながら などになって、そのまま ネットスラング化 するようなケースもあります。
「地球はいらない星」… オカルト関係の 「空耳」? 「メッセージ」?
またこうした 「そう聞こえる」 と吹き込まれると刷り込み効果でそう聞こえるようになる…という人間が何かを認識する仕組みを使ったお遊びは、オカルトの世界でも非常におなじみのものでもあります。 ちょっとした風の音などが、「幽霊の声に聞こえる」「すすりなく女の声に聞こえる」 などは、妖怪やお化けの伝承などのルーツとも密接な関係があるであろう、ある意味空耳の原風景でしょう (写真に点が3つあれば人の顔に見えますし、母音風に聞こえる音があれば人の声に聞こえてしまうものです)。
この種のものも数多く見つかっていますが、筆者は2011年4月頃から話題になった、「地球はいらない星」 が、面白い発見として印象的です。 YouTube に 「Alien Speech? Found in NASA's Saturn Radio Signal」 と題してアップロードされたこの動画は、土星から放射される電波 (自然電磁波) をカッシーニ・ホイヘンス・ミッションで飛び立った土星探査機カッシーニが自転周期を調べるために受信し録音、アメリカ NASA が公開したものを、シンセサイザーにより人間の耳に聞こえる周波数に音響エフェクト処理したものでした。
この動画は 2007年6月30日に jostvandyke2007 氏が 投稿 したものですが、かなり大幅な変調をかけていて、人の声に聞こえるよう加工されていることから、「Alien Speech? (宇宙人のスピーチ?)」 と、少々イタズラっ気のあるタイトルが付いています。 こうした宇宙や惑星からの電波などを変調し、音楽や人の声に見立てた実験的なエフェクト作品は昔からありますが、この動画も天体ファンの一部の 界隈 ではそれなりに知られた動画で、それ以前から空耳ネタとして触れられることもあったのでした (ただしたいした話題にはならなかった)。
その後、2011年4月19日に偶然この動画を見た日本人 YouTube ユーザーが、「日本語で 「地球はいらない星」 と喋っているように聞こえる」 とブログに掲載。 その後2ちゃんねるのオカルト板などにも 投下 され各板に広まり、とても大きな話題となっています。
聞こえる人にはやはり 「地球はいらない星」 に聞こえるので (筆者ももろにそう聞こえます)、詳しい事情を知らずに聞くと、ちょっと格別のインパクトがありますね。 こうしたものを筆者が突然聞いても、恐らくは日本語には聞こえないで素通りしてしまいますから、この例に限らず、空耳を発見できる人の耳の性能と才能には、心からの尊敬を覚えてしまいます。