2007年を象徴し代表する、ネギを持った歌うジャンルダルク 「初音ミク」
「初音ミク」(はつね みく) とは、クリプトン・フューチャー・メディアから発売された DTM (デスクトップミュージック) 用の音源ソフトウェアシリーズの商品名と、それにつけられたイメージキャラクターの名称のことです。
ソフトの正式な名称は 「VOCALOID2 初音ミク」 で、VOCALOID (ボーカロイド/ 合成ボーカル音声による楽曲の歌い上げソフト) の新しいシリーズとして 2007年8月31日に発売されました。
「初音ミク」 発売直後から意欲的な作品がネットに多数アップ
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実売価格は手ごろな 15,000円程度。 この種のソフトは昔からあるとは云え、この価格、内容、さらに16歳のバーチャルアイドル (声は声優の藤田咲さん) が歌うという コンセプト に、折からの 「YouTube」 や 「ニコニコ動画」 での 「歌ってみた」 系動画の人気も手伝い、職人の手によって様々な 「初音ミクに歌わせてみた」 系の マッドムービー 動画がデビューしました。
そもそも 「おたく」 界隈 では同人音楽やプロ顔負けのオープニング曲を持つ同人ソフトの人気、さらに 2007年6月からの 組曲『ニコニコ動画』 の人気などもあり、ネット で楽しむ音楽に注目が集まっていました (前バージョンである初代 VOCALOID の MEIKO(メイコ/ 2004年11月) や KAITO(カイト/ 2006年2月) の職人による作品もアップされていました)。
また i-pod (初代は 2001年10月23日に発表) などのポータブルメモリーオーディオ (携帯型デジタル音楽 プレイヤー) の登場と普及などにより、「音楽を楽しむならパソコン」 というのが、一部のマニアだけでなく、一般でも当たり前の認識になっていたということもあります。
これらの相乗効果もあり、登場したこの歌姫は瞬く間に話題となって、この種のソフトとしては空前の販売数をたたき出しました。 イメージキャラクターの図案やコンセプトもさることながら、初代に比べずっと扱いやすいソフトに仕上がっていたという、音楽ソフトとしての基礎的な完成度の高さもヒットの理由として大きかったようです。
同時多発するネット上の 「お祭り」 を牽引するビッグネームに
DTM MAGAZINE 2007年 11月号 |
ところで元から動画サイトやネット上の音楽 コンテンツ を楽しんでいた人はともかく、一般にも広くその存在が知られるようになったのは、ネット上での数々な お祭り がきっかけでした。
「初音ミク」 を特集し体験版を付録とした専門誌 「DTMマガジン 11月号」 は大増刷にもかかわらず瞬く間に売り切れ、オークションでは出品されるや3倍以上もの値がつく騒ぎになりました。
また初音ミクを使った既存曲のカバー動画やオリジナル楽曲を使った動画の ダウンロード 数や閲覧数は膨大となり (有名なオリジナル曲 「みくみくにしてあげる♪」 は、1週間ほどで 50万回以上、2ヶ月累計で 165万回以上の視聴をされています)、DTM に興味のない層にまでその名と歌声が広まりました。
騒ぎはこれで収まらず、さらには深夜 アニメ と捏造報道でおなじみのテレビ局、TBSの番組 「アッコにおまかせ!」 の2007年10月14日放送分がオタクバッシングと受け止められかねない内容で初音ミクを紹介したり、一時 Yahoo! や Google で初音ミクがらみの 画像 で検索結果にエラーがあって、「すわ素人楽曲に音楽産業を侵食されるのを恐れた電通の陰謀か」 と盛り上がったりと、9月末から2007年一杯にかけて断続的に大きな騒ぎが頻発しました。
その後、ついには、人気に目をつけた 「みくみくにしてあげる♪」 などの人気楽曲をニコニコ動画を 運営 するニワンゴの親会社、ドワンゴが 「着うた」 配信。 さらに カラオケ 配信もアナウンスされ、その際にネット 界隈 で極めて評判の悪い音楽著作権管理団体 「ジャスラック」 に楽曲やアーティスト名を登録するという出来事を非難する騒ぎまで発生し、「初音ミク」 という存在がネット上でこれ以上にないほどの注目を集める事態となりました。
ニコニコ動画 |
同年中にフィギュアの発売の発表と予約がはじまったり、その年暮れの コミケ では、初音ミクの 同人誌 や コスプレ が多数現るなど (このソフトとは関係がありませんが、ついには DeAGOSTINI (デアゴスティーニ)から、DTMを学べる 「週刊マイミュージックスタジオ」 まで創刊 (こちらの使用ソフトは 「Singer Song Writer」(SSW) ですが)、まさに 2007年のネットと一部同人を象徴するような大きな存在になりました。
なお 公式 の 設定 では、初音ミクの身長は 158センチで、体重は 42キロ。 16歳で、得意な音楽の ジャンル はアイドルポップスと、ダンス系ポップス。 キャラクターデザイン と イラスト は、同人・プロ作家であるイラストレーター、漫画家の KEI さんが担当しました。
ところで初音ミクの実際の歌声ですが、著作権的に問題のないオリジナル楽曲が動画サイトにたくさん アップロード されていて、いつでも聞ける状態となっています。 YouTube やニコニコ動画などで初音ミクで検索して、聴いてみてください。
ところで 初音ミクはなぜ、ネギを持っているのか…
初音ミクといえばネギ |
初音ミクがなぜ手に葱 (長ネギ) を持っているのか…は、途中から注目した人にはわかりづらいです
折しも同じ頃、空耳歌詞 で流行っていた Loituma (ロイツマ) が歌う中毒性音楽(フィンランド民謡)「Ievan Polkka (イエヴァン・ポルッカ)」 という曲があり、これにそのネギ回しのコミカルなシーンを合わせて作ったフラッシュ動画 「ロイツマ・ガール」(Loituma Girl) が登場。 この動画は世界的に大人気となり、ある種の 定番 となりました。
その後 「初音ミクにロイツマを歌わせてみた」 動画も満を持して登場し人気となりました。 すなわち、これら一連の流れと要素が全て合体して、最終的に 「初音ミクといえばネギ」 となった…という顛末があります。 単に流行というだけでなく、同じ緑色のイメージで取り回しが良いのも影響したのでしょう。 その後、大人気となったオリジナル楽曲 「みくみくにしてあげる♪」 の歌詞に 「ネギはついてないけど できればほしいな」 と歌われ、「みくみくにしてあげる♪」 の二次創作動画にはネギが頻出し、すっかりおなじみの組み合わせとなりました。
以降は 「ロイツマ」 や 「みくみく」 と無関係の動画にも当たり前のようにネギが出るようになり、最終的には当のクリプトン・フューチャー・メディア公認のフィギュアにネギを持った初音ミクが登場。 「初音ミク + ネギ」 は、ほぼ公式設定となったようです。
独自設定でますます愛されキャラ度が加速
初音ミクフィギュアのキャッチャーゲーム |
【MikuMikuDance】 みくみくにしてあげる♪ 【してやんよ】 live action Miku 海外でも人気に |
朝日新聞 Channel ASAHI で 初音ミク特集 |
細江慎治 + CLAMP の本気モード豪華PV 【初音ミク】無限の闇―echo of the past 【オリジナル 】 もニコニコ動画に登場 |
Dream Harmonic - Corolla + Miku: Big Dream アメリカトヨタ (ToyotaUSA) の 新車キャンペーンに起用 (2011年5月6日) |
Google Chrome: Hatsune Miku (初音ミク) 検索大手 Google のブラウザ Chrome の キャンペーンCMにも起用 (2011年12月14日) |
Chrome CMに起用された初音ミク楽曲 「Tell Your World」 は iTunes Store チャートで 1位を獲得 (2012年1月19日) |
コンビニ大手 FamilyMart とのコラボ 関連商品が多数発売された (2012年8月14日) |
なおメロディをつけて歌詞を歌い上げるのに対し、セリフや文章を読み上げさせるのは難しく (読み上げソフトではなく、歌い上げソフトですから当然ですが)、初音ミクに喋らせると、どこかカタコトの日本語っぽい 雰囲気 になります。
これを逆に 「歌は上手いけど喋るのは苦手」「ステージに立つのは大丈夫だけどプライベートでは人見知りするおとなしい性格」 などと性格設定に活かすケースも出現。
さらには 「ネギ」 の効果で アホの子 路線もいけるなど、作者 やメーカー側の基礎設定を尊重しながら、ユーザー、あるいは ネット住民 らによる独自の味付けが普及してさらにそのイメージで初音ミク作品が再生産されているのは、同人などの世界ではおなじみの光景とはいえ、ちょっと面白いですね。
ちなみに2Dアニメの 「ネギ踊り」 はシュールで結構好きですw
ジャスラックによる 「MIDI 狩」 の季節を経て…
うちのサークル、《ぱら☆あみ》 でも、パソコン通信 の時代に MIDI 職人が何人かメンバーにいて、MIDI 音源の Roland の SC-55 とSC-88 にレコンポーザあたりを使って素敵な作品を作ってくれていました。
また 1996年頃にはサークルとして同人の音楽 CD を出して コミケ などで 頒布 したこともあります。 ネットでの拠点が NiftY-Serve だったため、「MIDIフォーラム」 のメンバーなども参加していました。
当時は歌うとしても人間が歌わないといけませんでしたし、そうなると録音のための各種設備が必要となり (コンピュータや楽器と MTR (マルチトラックレコーダー) があれば録音できるインストルメンタル (歌なし音楽) と違い、歌声はかなり面倒です)、さらにファイル自体も巨大なオーディオデータとなってしまって MIDI データのように小さいサイズで当時の貧弱なネット 環境 で扱うこともできなくなります。
パソコン通信の時代ですからどこかにアップロードするにも制限があり (バイナリを ish でテキストファイルに変換して 掲示板 にアップしてましたよ…そのために月に7千円も払ってそれ専用の掲示板をサークル仲間が 「ニフティ」 に立てたりしてました) 結果、MIDI データとして作る場合はボーカルパートをどんな楽器でどう扱うか…なんて、作成のためには不自由ならではの工夫やセンスも必要でした。
MIDI はその後、かの有名なジャスラック (JASRAC) によってパソコン通信や インターネット での公開がほとんどできなくなり (MIDI データを置いているサイトにジャスラックから利用料金を支払えとの警告文が送られてきました)、それらのサイトは次々閉鎖になってしまいました…。
うちのサークルの本家サイトにも昔は 「MIDI 音楽館」 というコンテンツがあったんですが、これで閉鎖してます。 また DTM 自体もサンプリングとか波形編集みたいにDJよりのマニアックなものになっていって、2001年以降は、あまり門外漢が目にすることもなくなってしまいました。
いつしか MIDI や DTM が一部の好事家かプロの単なる道具となっていたのを、1人の歌姫によって再び脚光を浴び、日曜作曲家がDTMに復員して盛り上がって逆襲に転じるってのは ロマン がありますね。
あれからもう 10年…。 素人が自前の機材で 3D アニメと萌え声の バーチャル ボーカルでPVを作ってそれをネットにアップロードして何十万人もの人が見る。 しかも携帯電話やスマートフォンで街中で。 考えてみるとこの10年はすさまじい 10年ですね。
「絵」 と 「動画」「音楽」 と 「歌」 の総合エンターテインメントに
まだ機械音声っぽいところがぬけ切らない 「初音ミク」 さんですが、舌足らずな感じが 「とかちボイス」 っぽいというかアニメっぽい曲にぴったりということもあり、今後ますます職人さんの腕が冴えわたるんでしょうか。
ネット特有の 「互助」 の考え方や、同人の同人 がかねてから広まっていたという時代の流れもあり (誰かが築いた土台の上にまた建てるみたいな、二次創作三次創作やアレンジ再利用などなど)、やっぱり腕に覚えのあるレコンポーザ世代もこれを機に戻ってるんだろうな… (でなきゃ、あそこまで売れないでしょうし)。
あたしが初めて買った PC-98 にはサウンドボードすら乗ってませんでしたが、次の 10年後には、また考えられないような状態になってるんでしょうね。 いやぁ、わくわくします。
なお 「振り込めない詐欺だ」 とまで賞賛される無料の3Dアニメ動画作成ツール、MikuMikuDance も翌 2008年2月が登場。 それを利用した作品が膨大に生み出されるようになり、また2009年4月3日に人気ゲーム音楽作家の細江慎治さんが創り 投稿 したオリジナル楽曲 「無限の闇」 に、人気漫画家 「CLAMP」 がイラストを添えたPV、【初音ミク】無限の闇―echo of the past【オリジナル 】 も登場。
プロアマ問わず、実力派が参入することで、ますます素晴らしい作品がたくさん作られそうです。
ボーカロイドシリーズ第二弾として、鏡音リン・レンも登場
人気声優 「下田麻美」 さんが一人二役でボイスを提供した バーチャル・シンガー「鏡音リン」(女性)「鏡音レン」(男性) も 「初音ミク」 に続く第二弾 鏡音リン・レン として、2007年12月27日に発売。 ますますバリエーション豊かな楽曲作り、PV作りが可能になりました。
さらにボーカロイド2シリーズ第三弾 「巡音ルカ」 も2009年1月30日に発売を開始。 素晴らしい楽曲が生まれることを祈っています (あたしゃ聴き専ですが…)。
2008年4月には、産業技術総合研究所により 「ぼかりす」 のデモも
ぼかりす 「プロローグ」 |
2008年のゴールデンウィークには、公的機関である 産業技術総合研究所 より、「VocaListener」 と呼ばれる技術を使った、より人間っぽい歌い方のデモ動画 「PROLOGUE ぼかりす」 も 「ニコニコ動画」 に登場。
これまでのアプローチと違った 調教 に違和感を覚えるユーザーもいる一方、あまりの自然な歌い方に 「調教も神の領域に達した」 絶賛の声も上がるなど、職人芸にプラスして、新しい技術の投入も始まり、またその評価の声も出始めているようです (後に 「ぼかりす」 に衝撃を受けた作者により、「ぽかりす」 も 開発)。
2009年3月16日 「初音ミク」 アルバム、「supercell」 オリコン4位に
supercell feat.初音ミク |
「初音ミク」 によって作られたアルバム 「supercell」(supercell feat.初音ミク/ 初回 限定 版/ 3,500円)が、5万6千枚余りを売り上げ、2009年3月16日付けのオリコン週間チャートで4位にランクイン。 初音ミク関連の音楽CDとしては過去最高の記録となりました。
前年11月26日に発売されたシングル 「桜ノ雨」(absorb/ アブソーブ) に、学校の卒業式の際の合唱や出演のオファーが殺到するなど勢いの衰えない 「初音ミク」 ですが、一般楽曲の音楽CDの売り上げが伸び悩む中、業界の救世主になるんでしょうか。
一般楽曲はネット配信が中心となり、時代の変化とともに 「音楽CDなどというマニアックな商品」 は、一部の 「手元に残る形が欲しい」 というマニアとネット配信に馴染めないお年寄りだけのものとなり、21世紀のオリコンチャートは アニソン と演歌の時代になると昔から書いてきた 筆者 ですが、いよいよその時代が近づいてきたって感じです。
ただしアニソンだけではなく一般ポップスで歌い手が楽器としてのバーチャルシンガーまで筆者が生きている間に出てくるというのまでは予想できなかったですが… (あと演歌は童謡民謡みたいな存在になるって予想も外れました…)。
「EXIT TUNES PRESENTS Vocalostar(ボカロスタ) feat.初音ミク」 オリコンチャート10位にランクイン
EXIT TUNES PRESENTS Vocalostar (ボカロスタ) feat.初音ミク |
さらに2009年6月17日にリリースされた 「初音ミク」 の 商業 コンピレーションアルバム、「EXIT TUNES PRESENTS Vocalostar(ボカロスタ) feat.初音ミク」 が、6月29日付のオリコン週間アルバムランキングでトップ10入りとなったようです。
「いまさらオリコンの順位に何の意味があるのか」 という話はともかく、リアルシンガーを抑えての10位ランクインに、「ひとつの象徴的な出来事」 と感慨深さを味わっている初音ミクフリークは多そうです。
様々なネット上の 「祭り」 を牽引し、ネットやパソコン上で楽しむ音楽の形を変えた初音ミクですが、まだまだ快進撃は続くようです。 何か胸が熱くなるな。 ひっくり返るよ、当然。 それにしても今後はこうしたケースはどんどん増え一方なんでしょうね。
著作権の問題などで、曲がり角に立つ音楽業界、そして芸能界ですが、いつまでも中学生や高校生のお小遣いを巻き上げるような商売をしながら作品を作らない人だけが儲けるような仕組みを改め、アーティストと リスナー、そしてその橋渡し役となるプロダクションや流通が、誰か一人だけが大もうけしたり大損することなく、共存できる仕組みを作って欲しいものですね。
少々大げさに云えば、これほど多くの人たち (国境を超えて) の、音楽のみならずイラストやフィギュア、文章など多岐にわたる膨大な創作の源泉になったものは、聖書や神話、イデオロギーを別にするとほとんど過去に類例を見ないのではないかとすら思えるほどの巨大な存在となった初音ミク。 このまま初音ミク的なものが時代をも超えることになったら、文化史的にあるいはそれらと並び称される存在になるのかも知れません。
「初音ミク」 がらみの言葉としては…
何度も 「お祭り」 の発火点となった 「初音ミク」 だけに、関連する用語も多いのが特徴です。 とりわけ有名なものには、飽きた寝る なんてのがあります。 他にも ふーん、ご立派ですね、ひっくり返るよ、当然、何か胸が熱くなるな。 新しい技術の夜明けを見ているようだ とか ただでさえ天使の○○が など、様々なものがあります。