動画共有サイトで人気爆発、気軽にできる 「歌ってみた」
「歌ってみた」 とは、既存楽曲の音源、もしくは オリジナル の楽曲を歌って録音し、主に YouTube やニコニコ動画などの 動画共有サイト に動画として アップロード して発表する音楽的な創作の カテゴリ、もしくはそうして作られた作品類につけられるタグや呼び名のことです。
歌ってみた が盛り上がる ニコニコ動画 |
演歌の大御所プロ歌手 小林幸子がヒャダインの 人気投稿曲を歌ってみた動画も登場 (【初投稿】ぼくとわたしとニコニコ動画を 夏感満載で歌ってみた【幸子】(2013年9月6日) |
元々 ネット の世界では、「○○してみた」 といった系統の作品がたくさんあります。 イラスト などを 「描いてみた」、他人がアップした 画像 類などを加工して 「かわいくしてみた」、作品を 「作ってみた」、ダンスを 「踊ってみた」、曲を 「演奏してみた」 などです。 「歌ってみた」 もこれらと同じような使い方をします。
制作は自宅のパソコンなどを使い自分の部屋で行うケースが多く、親フラ に怯えながら頑張って録音して作っているようです。 歌い手は様々な人がいますが、大雑把にいって若年層が多く、歌う曲も 同人 や おたく の 界隈 で話題となっている曲や、アニメ の主題歌、中でも 弾幕ソング と呼ばれるような盛り上がる曲や、面白おかしい歌詞を持つ 電波ソング などが多くなっています。
既存の歌謡曲 (J-POP) も人気がありますが、JASRAC やイーライセンス、JRC などの著作権管理会社が 著作権 を管理する楽曲に関しては、厳密には著作権法違反の行為となります。
しかしこうした作品が盛り上がる中、YouTube や ニコニコ動画などは包括的な楽曲利用の契約を締結。 CD の音源をそのまま使うと違法ですが、自分で演奏したり MIDI で音源をつくること、そうして作られた音源にあわせて歌いニコニコ動画や YouTube にアップすることに関しては、現在では問題のない行為となっています。
珍しいケースでは、2006年12月13日に発売された 「男女」(太郎/ 東芝EMI) のように、ネットで話題となって急遽 CD として発売され、商業 作品となった後も、「歌ってみた」 はもちろん、音源をそのまま使った MAD も黙認状態となっているような特殊な曲もあります。
なお誰でもその気になればすぐに作れる、参加できるのが 「歌ってみた」 ですが、その歌ってみたが盛り上がるコミュニティなどで、歌い手ではなく聴取者としてのみ関わる人も結構います。 そうした人はとくに、聴き専 と呼ぶ場合もあります。
動画共有サイトの人気と、おたく系音楽の盛り上がり
いわゆる おたく系の動画によるアップロード作品は YouTube が日本で人気となって以来、爆発的に増えますが、歌ってみたに関しては、ニコニコ動画に2007年6月23日にアップされた 組曲『ニコニコ動画』 の驚異的な人気から一気に火がついたといって良いでしょう。
それ以前にこうした作品や 「歌ってみた」 という呼び名がなかった訳ではありません。 しかし先行して盛り上がっていた同人音楽がこれに拍車をかけたこと、2006年の 「涼宮ハルヒの憂鬱」 のヒットで、ED曲 「ハレ晴レユカイ」 の踊ってみたが盛り上がり、オタ芸 の延長としての歌ってみたが注目されていたことが大きかったのでした。
さらに同年8月31日に発売され、いくたの 祭り を牽引しながら爆発的ヒットとなった 「初音ミク」(VOCALOID/ ボーカロイド/ 合成ボーカル音声による楽曲の歌い上げソフト) が登場。 その後の 「歌ってみた」 に決定的な影響を与えました。 要するに大きなムーブメントが同時多発的に発生していたのですね。
こうした畳み掛けるようなネット上のアマチュア音楽の勢いが、音楽創作における歌唱の ジャンル を一過性の流行を飛び越え根付かせる大きな要因となっていました。
インディーズと、同人音楽の盛り上がり
「歌ってみた」 動画の作り方はシンプルです。 既存の音楽 (カラオケ 用のボーカルが入ってない音源や、ボーカルパートを絞ったもの) をバックに、マイクを使って歌ってそれを録音するだけです。 以前はそれなりにお金をかけて機材などを揃えるようなものでしたが、2000年代になるとパソコンが若年層にも普及し、お手軽に始めることができる 環境 が整いました。 わざわざそれ用にマイクなどを買わなくても、スカイプをやっていればそれ用のマイクでも録音できたりもしますし、本当にお手軽にやるなら、携帯電話で録音してフリーソフトの音響ソフト (波形編集ソフトやマルチトラック音声編集ソフト) で加工すれば、結構それなりのものができてしまいますし。
ただし 「歌ってみた」 を取り巻く環境が大きく発展したのは、作り方よりも動画共有サイトという 「発表の場」 が用意されたことがもっとも大きかったのでしょう。 それ以前は、バンドを組むなりしてある程度本格的に音楽活動を行うか、カラオケとして身内だけで楽しむか、同人界隈では録音して 同人イベント で 頒布 する、イベント の 会場 で流すなどの方法しかありませんでした。
1990年代、パソコンがある程度普及し、マルチメディア の流れの中で CD-ROM で音源を配布できるようになると状況はかなり変わりますが、それ以前は録音テープ (30分テープなら1本つくるのに30分かかる) とか、個人で利用するのはほとんど無理なアナログレコードのプレス機を所有する、レンタルする必要がありました (それでもインディーズバンドなどが ファン と共にお金を出しあって購入するしないなどという話が1970年代などにはありましたが)。
2000年代なると、携帯型デジタル音楽 プレイヤー 「iPod」(2001年10月23日発売) の爆発的大ヒットにより、オタク界隈だけでなく一般人の間でも、音楽とパソコンが融合することに。 オタク的な文化が、それ以前までの時代と比べ、ごく限られた一部の人のものでなくなったこともあり、その後の 「歌ってみた」 ブームの下地を作っていたイメージです。 実際はそれ以前に、若者を中心にカラオケボックスで歌うという娯楽がブームとなっていますが、多くの人にとって歌うという行為は、とても楽しいものなのでしょう。
「歌ってみた」 のスタイルは色々
手頃なリニア PCM IC レコーダーが一台あれば 録音も PC にデータを移しての編集も超簡単 スカイプのマイクや携帯電話、デジカメでも 何でも録音できる |
波形編集ソフトの 「SoundEngine Free」 |
マルチトラック編集対応のオーディオエディタは 初心者向けのシンプルなものから高度なもの まで、様々なものがフリーで出回っている (これはシンプルさで人気の 「RadioLine Free」) |
非常に人気のある動画ジャンルである 「歌ってみた」 ですが、参加する人が多いだけに、その作品のスタイルも色々です。
とりあえず録音する機材さえあれば作れるので、お気軽に作られたものもあれば、既存楽曲のモノマネ、なりきり 歌唱のように、オリジナルの歌手を真似て歌う人、中には 才能の無駄遣い とも云えるような、プロ顔負けの歌唱力を発揮する人もいます。
一方で、既存楽曲の歌詞を面白おかしく替え歌にして歌う物や、きわどい歌詞にして、電波歌 に仕立てている人もいます。 元々は歌唱がないオーケストラ曲に 空耳 でそれっぽく聞こえる歌詞をつけて歌う人もいますし、歌唱力だけでなく、発想力や ネタ こそが勝負のような作品もあります。
ニコニコ動画のコミュニティや、2ちゃんねる などには、初心者向けのノウハウを 共有 する情報も集められていますし、一部の歌い手 (動画 作者、主 (ぬし) に芸能人顔負けの人気が集まり 神 扱いされたり、熱心なファンや 信者 (儲) がつくという状況にもなっています。 それに伴い、同人における、いわゆる ナマモノ の問題などもでています。
「歌ってみた」 が注目される中、トラブルが発生することも
人気の高まりと共に、歌ってみたに否定的な人、アンチ の存在も目立つようになっています。 特定の歌い手に対して反感を持つ人もいれば、歌ってみたというジャンルそのものが不快だ、邪魔だと思う人も少なくありません。これは一つには、ニコ動や YouTube などで音楽を聴こうと検索してクリックしたら、オリジナルの音源ではなく 「歌ってみた」 に当たるケースが増え、オリジナル音源のみが目的の人をイライラさせることが多いからでしょう。 これについては、オリジナルの音源は 「違法なアップロード」 の違法 コンテンツ で、歌ってみたは著作権法上は合法なのですが、法より感情が優先している形でしょうか。
さらにその 「歌ってみた」 が稚拙で下手だったり、オリジナル楽曲に 愛 の感じられない歌い方だった場合、オリジナル楽曲の歌手のファンや神曲と呼ばれる作品の信者が腹立ちを覚えることにもつながるのでしょう。 特定の歌い手とファン、信者が 馴れ合い をし、楽しく盛り上がっているのが単純に気に食わないという人も、あるいは多いかも知れません。
また前述した 組曲『ニコニコ動画』 の大ブームの際に、一部の歌ってみた動画作者が、自作自演 の コメント 投稿 や再生数の水増しを行い、動画ランキングの上昇を行っていたことが発覚する事件が発生。 「他の歌ってみた作者も同様のことを行っているのではないか」 との疑念が広がり、他の 組曲『ニコニコ動画』 の歌ってみた動画に トラブル が飛び火。 ジャンル全体が激しく 叩かれ、また 荒らされる という出来事もありました。
歌い手も聞き手も気軽に楽しめるのが 「歌ってみた」 の素晴らしさですが、一部のジャンルでは、こうした作品ジャンルを苦手とする人たちに配慮して、動画検索のためのタグに工夫をして住み分けを模索するなど、様々な試みがされています。