暇つぶしから時間の有効活用へ…意味が逆転した 「タイパ」
「タイパ」 とはタイムパフォーマンスの略で、時間対効果を意味する言葉です。 経済の世界で使われる コスパ (コストパフォーマンス/ 費用対効果) が一般化する中で、そこから派生した考え方のひとつとなります。
元々コスト (費用) にはお金だけでなく時間や手間も含まれますから、時間当たりのパフォーマンスという点ではコスパもタイパも基本的には同じです。 しかし途中で 概念 や定義が変わったというか逆転した部分もあり、必ずしも 「コスパ」=「タイパ」 ではない点はひとつのポイントでしょう。
コスパと同様の考え方での使い方としては、一部の 掲示板 などで、資格取得の 難易度 に応じた合格までの平均的な勉強時間と資格の有用性を比べてタイパが使われるケースがあります。 例えば合格するための平均学習時間が200時間の資格と同じような資格が100時間学習で取れるなら、そっちの方がタイパが良いみたいな使い方です。 学習時間の長短に加え、国家資格かどうか、実務に直結する業務や名称が独占できるもの (〇〇士みたいな資格、士業)、必置資格 (なんとか監督者とか主任者とかみたいな資格) の方が、求職時に本人の知識や能力をただ証明するだけになりがちな民間の検定系資格 (実務経験の方が重視されがち) より評価が高くなりがちでしょう。
一方で、コストの中心はあくまで 「お金」 だという意味のアレンジ・言い換えとしてのタイパもあり、こちらは 「いかに少ないお金で長時間楽しめるか」「暇つぶしができるか」 に焦点が当てられていました。 すなわち 「同じ金額を払うなら、2時間で終わる映画より何時間でも遊べる ゲーム の方がお得だ」「タイパが高い」 といった ニュアンス での使い方です。
これらは時間と効果の扱いが正反対であり、2000年代からしばらく位は、たまにタイパを使う人がいても、その意味や定義はバラバラといった感じでした (そもそもタイパという言葉自体が、割と古いもののような気がします)。
しかしその後、勉強や仕事に加えて 趣味 や娯楽も多様化や細分化しつつ選択肢が増え、「時間がいくらあっても足りない」「可処分時間の奪い合い (自由になる時間の使い方のせめぎ合い)」 という状況になると、「短い時間にどれだけ楽しめるか」「効率よく コンテンツ を消化できるか」 さらには 「満足感を得られるか」 にポイントが移り、意味や使いどころも変化します。 とくに おたく にとっては本業のひとつでもある アニメ が大量に制作されるようになると、これをどう消化するかは大きな関心事であったと云えます。
YouTube や ネット が登場する前の ビデオデッキ の時代、あるいは DVD や BD の プレイヤー、パソコン用のプレイヤーソフトでもスキップ機能 (15秒とか60秒先まで飛ぶ早送り機能) とか再生速度の調整機能のあるなしとその性能 (とくに音声が聞き取りやすいかどうか) は、わりと重視する人はいました。 膨大なアニメや特撮番組を消化・履修 するためには、これがないと話にならないみたいな部分はあります。 もちろん本当のお気に入り作品は等倍速でじっくり、あるいは何度も観たりするんですが。
失いたくない大切なものが 「お金」 から 「時間」 に変化
これらと同じ使われ方にはこのほか、掲示板の レス を全部読むのは時間がかかるので まとめサイト を読むといった意味の使い方もありました。 ネットの話題を見やすくまとめたキュレーションサービスの登場もありましたし、あるいは動画なら、切り抜き やダイジェスト版として 「時間がない人の○○」 とか 「○○分で分かる□□」 みたいな短めの動画類も現れます。
これらはまとめサイトの文脈ながら、その後のタイパと同じ概念の元で創られ、また観られた作品かもしれません。 しかし当時はタイパとはあまり呼ばず、もっぱら時短動画とか時短視聴、時短術、あるいは 「忙しい人のための○○」 などと呼ばれていました。
こうした傾向は時代を経るごとに少しずつ加速し、またコアなおたく層だけでなく、一般層にも広まります。 これはネットが普及し、動画サイト やサブスクといったサービスが普及し、アニメや様々な動画・音楽コンテンツ、さらにはゲームなども無料か極めて安価にいつでも観たり遊ぶことができるようになり、それがどんどん加速した結果なのでしょう。 観たり遊びたいものがたくさんあり、失いたくないもっとも貴重なコストが 「お金」 から 「時間」 に代わったという訳です。
高速再生でコンテンツの楽しみ方も変わる? タイパのその後
Youtube で再生速度の変更が可能になった (日本版は 2017年9月頃から 1.25倍速、1.5倍速、2倍速の再生が可能に) ことも、この傾向に拍車をかけ、比較的大きな影響を与えたかもしれません。 前後してサービスを開始して若者を中心に爆発的に広まった短い動画専門の SNS 「TikTok」(2016年9月) の登場も、「短い時間にたくさんのコンテンツを見る」 という生活様式をかなり強く後押しする存在だったと云えるでしょう。
タイパという言葉が2020年前後あたりから注目を集めるようになったのは、安価で大量のコンテンツが次々に 供給 され、それを消化するための様々な機能やサービスが登場したこととが、相互作用をもたらした結果なのでしょう。
実はこの間、世界的に猛威を振るった新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の感染拡大に伴う 不要不急 の外出の自粛などもあり、個々人の動画やゲームといったコンテンツにかける時間は飛躍的に伸びた時期でもあったのですが (巣ごもり需要)、「外出できず暇を持て余す」 ではなく 「もっと見たい」「もっとたくさん」 とタイパ側に強くシフトしたのは、ちょっとおもしろい傾向です。
再生速度を上げるだけでなく、「要点」 や 「快感」 だけを楽しむ使い方も
タイパを高める方法は再生速度以外にもいろいろあります。 長い動画や配信を最初から最後まで見るのではなく、面白いところだけをスキップして見る、切り抜き動画といった見どころだけを 編集 でまとめた動画を見る、音楽ならサビの部分だけを聴くとかが良く上げられる方法です。 これらの中には、映画を10分程度に短く無断編集した 「ファスト映画」 のように、深刻な 著作権 の侵害を伴い、社会問題化して制作者に巨額の賠償請求判決がでたような事件もありました。
また同時にいくつものコンテンツを楽しむといった、ながらスタイル、マルチタスク的な触れ方もあります。 例えばパソコンでアニメ動画を見ながら別窓でゲームも開いてプレイするとか、いくつものゲームをウィンドウや端末をとっかえひっかえしながら同時にプレイするなどです。 もっと極端なのは、ゲームで長時間プレイして満足感や快感を得るのではなく、「ガチャ で短時間に 脳汁 を出す」 みたいな考え方もあります。 ほとんどギャンブルや薬物の依存症に近い考え方です。
ともあれ 「タイパ」 は2022年には一種の流行語のような扱いともなり、NHK がタイパを取り上げた番組や特集ページを度々報じたり (5月27日、11月16日、11月24日他)、辞書で有名な三省堂が毎年行っている 「辞書を編む人が選ぶ今年の新語」 の 2022年版 (2022年12月1日) では、大賞に選ばれてもいます (ちなみに9位には 闇落ち が選ばれましたが、選評の中で 黒化 項目に触れる中でうちのサイトを取り上げていただき、ちょっと嬉しかったです w)。
単なる ネット用語 や若者言葉というだけでなく、生活様式や様々なコンテンツの演出や制作スタイル、コンセプト にも多大な影響を与える 「タイパ」 は、この時代を代表するキーワードになったと云って良いでしょう。