愛国なのか、反政府なのか、騒ぎたいだけなのか… 「◯◯無罪」
「愛国無罪」(あいこくむざい) とは、国を愛し、国に良かれと思って行われる違法行為や野蛮な行為には、一切の罪がない、あるいは罪を問うべきではないとの意味の言葉です。
元ネタ は中国で、歴史の折々でかねてから叫ばれていた政治的スローガンの一部です (後述します)。 2005年の3月から4月にかけて中国国内で反日デモや暴動が多数発生し、その際にデモや暴動に参加していた人たちが口々に 「抗日有理 愛国無罪」 を叫んだり、そう書かれた プラカード などを持っていたため、それが日本で報道され、ネット を中心に一種の ネットスラング のような広まり方をしています。 なお言葉の意味は、「日本に抗うことにこそ正しい道理があり、愛国から生じたものであれば蛮行にも罪はない」 となります。
日本国内においては、単純に中国の反日デモ参加者や暴動について語る時にこの意味で使うケースもありますが、その後は 「愛国」 の部分を別のものに入れ替えた 「◯◯無罪」 との言い回しが広く使われるようになっています。 例えば リア充 の イケメン な男性は何をやっても女性から許されるのに、見てくれに難がある オタク に対してはそうでない不公平さを称して、「イケメン無罪」 といった使い方をする場合もあります。
なお、このフレーズと全く同じ意味で使われるものに、無罪ではなく 正義 を使った 「◯◯は正義」 という言い回しもあります。 例えば 「カワイイは正義」「スク水 は正義」 といった具合です。 こちらも、「可愛ければ何をやっても許される」「スク水なら何をしていても様になる」 といった意味になります。
反日で使われる 「愛国無罪」、そのルーツは…
「愛国無罪」 という言葉ですが、元々は1935年11月22日に中国で発生した 「七君子事件」 の際に叫ばれた 「愛国無罪 救国入獄」 に端を発します。
この事件は、当時日本 (大日本帝国) と中国 (国民党と中国共産党) との関係が悪化する中、鄒韜奮、章乃器、沈鈞儒といった中国人ジャーナリストや学者などが、「今は全国民や政治勢力が力を合わせ日本に対抗すべき時であり、国民党と共産党とで分裂して国内で争っている場合ではない」 と主張、これが当時中国を統治し、共産党と激しく争っていた国民党の逆鱗に触れ、上記3人を含む7人が反政府的言動の罪で逮捕、収監されたというものでした。
その後、1937年7月7日の盧溝橋事件 (七七事変/ 日本軍と国民党軍が軍事衝突した事件) を発端として日中戦争 (抗日戦争) が勃発。 この7人の逮捕は当時から国民の反発の大きい出来事でしたが、日中関係が緊張関係から戦争状態に至ったことで、国民の間からは再び強い批判が巻き起こりました。 この際に叫ばれたのが、この 「愛国無罪 救国入獄」 だったのでした。
スローガン後半の 「救国入獄」 とは、デモに参加した国民が 「我々も逮捕・収監された七君子と同じように、国を救うために獄に入る」 という意味になっています。 これは要するに、「デモに参加している膨大な俺たち全員を逮捕し、牢屋に入れられるものなら入れてみろ、それができないのなら、愛国者である七君子を釈放しろ、彼らの意見に従え」 というメッセージになっています。
この運動は戦争の拡大とともにますます大きなものとなり、法で裁くつもりだった国民党も対応に苦慮。 結局この7人は1937年7月31日に全員釈放されることになりました。 また国民党は前年 (1936年) に起こった西安事件などもあり、国内の敵を軍事的に一掃した後に国外の敵に立ち向かう (それまでは工作活動などにより相手を封じ込める) との方針を撤回し、共産党との内戦を一時休止。 共同抗日と第二次国共合作により、日本との戦争に比重を移していくことになります。
「愛国無罪」 と 「革命無罪」「造反有理」 と 「抗日有理」
一方、中国共産党の文化大革命 (文革/ 1966年〜1977年/ 共産党の内部クーデター) の時の政治スローガンに、「造反有理 革命無罪」 というものもあります。 これは、2000万人以上とも言われる数多くの罪なき人間が死んだり、破四旧の名の元、歴史的建造物、文化などを破壊した文化大革命を正当化するためのもので、文革を強く支持し推し進めた紅衛兵が盛んに使いました。
前半の 「造反有理」 とは、「造反にこそ正しい理 (ことわり)、筋道や道理がある」、つまり誤っている上の者に逆らい正義を実現する謀叛やクーデターには道理があるとの意味になり、学生や工場労働者、農民などが文革で行った暴動や略奪、破壊行為、虐殺などを 「愛国心から生じたもので無罪である」 とし、正当化するものとなっています。 こちらの言葉のルーツは、中国共産党の創立党員の1人で、初代中華人民共和国主席となった毛沢東の語録にありますが、日本で1968年から1969年にかけて起こった、いわゆる東大紛争の際にも門などに 「帝大解体」 と共に掲げられ、ニュース報道を通じて有名になったスローガンの1つともなっています。
国のためならば (別の言い方をすると、世の中、自分たちが生活している世界のためならば)、犯罪行為も許されるという考え方は、「愛国無罪」 という言葉が生まれた中国だけではなく、広く世界中の国で、昔から見られる考え方でしょう。 また 「誤った上の者を民衆が打倒するのは当然の権利だ」 とする考え方も、時代や程度や方法によって温度差はあるものの、広く世界中で見かけ、この日本でも一定の支持を受ける考え方でしょう。
現代的な法治国家では決して許されない野蛮な行為でも、その法律を作るのが上の人間で、自分たちだけに都合の良い誤った法律しか作らないのなら、下の人間がそれに対抗するために実力を行使するしかないと考えてしまう場合もあります (これはテロを容認する考え方でもあるので、そうならないために、法律には公正さが何よりも求められるわけですね)。
ただし、「何が正しくて何が誤っているのか」「何が愛国で、何がそうでないのか」 は、個々人の考え方や所属する団体、その時々の道徳や社会通念、政治状況から、極めて相対的なものであり、一概には決めつけられないでしょう。 人権 や公平さの重要性などは絶対的で普遍的な価値があるべきだと思いますが、それを敵対する側にまで認められる人は多くはないかもしれません。 単に自分とは反対の立場の人間を打倒することに正当性を与えるためだけの方便、便宜的な踏み絵、掛け声の場合もありますし、愛国者を自称し 「あいつは売国奴だ」 と叫んでいる方こそ実は売国奴だなどというのは、歴史上、いくらでも例があります。
追い詰められた共産党による、政治運動とプロパガンダ
「抗日有理 愛国無罪」 が唱えられた1935年前後の中国は、国民党が共産党を圧倒しつつあり、窮地に陥った共産党が敵を外に作ってそらすため、「抗日を方便に使った、共産党による国民党政権に対する反政府デモであった」 との見解もあります。 実際、当初は中立もしくは中立に見えた七君子の支持者が、後に共産党入りしたり、身分を隠した共産党員だったケースもありますし、七君子自身も、強硬姿勢を取る国民党を徹底して批判し、共産党を擁護する論調を繰り返しています。
さらに中国共産党が日中関係がことさらに悪化するよう 煽ったり、日本と戦争状態になるよう 自作自演 の非合法な工作活動を行っていたとの話も、真偽不明ながら様々なものがあります。 そして歴史的事実として、日本との戦いに疲弊した国民党はその後、力を蓄えた共産党に敗れ中央から逃げるはめになり、共産党による一党独裁の形で中華人民共和国が成立しています。
当時日本側の一部に中国大陸への明確な野心があったのは間違いないですし、キレイごとでは済まない政治的なドロドロが日中両方にあったのは政治・外交の場である以上、当たり前の話ではあります。 利害と利害の激突です。 こうした権謀術数や陰謀が事実に反する妄想・幼稚な 陰謀論 の類に過ぎないのか、あるいは実際にあったことなのかは、これから明らかにされていくことなのかも知れません。
ひるがえって21世紀に入ってからの、ここ最近の 「抗日有理 愛国無罪」 にはどのような意味や意図があるのでしょう。 自然発生的なものなのか、誰かの意図で煽られ行われているのかは現時点ではわかりませんが、日本人としても隣国の変化を注意深く見守らなくてはならないでしょう。 結果論ではあるものの、1935年の 「◯◯無罪」 も、1966年の 「◯◯無罪」 も、中国の権力機構が大きく変化するタイミングで、後に主導権を握る勢力を正当化する文脈で現れています (単に勝った側の主張しか後世に残らないだけなのかも知れませんが)。
権力闘争となったら、民衆を動員し、誰が一番反日か誇示するような状況
正直なところ、国際法上認められていたこととはいえ、中国国内に日本軍が駐留し、軍部もそれなりにイケイケだった 戦前 の日本にも、とにかく平和平和、事なかれ主義で譲歩譲歩の戦後の日本に対しても、同じように仮想敵の扱いをした 「愛国無罪」 が出てくるところを見ると、中国国内の権力闘争・主導権争いに、愛国という 「錦の御旗」 と、日本という 「叩きやすいサンドバッグ」 がカモフラージュとして利用されているだけのような印象も持ってしまいます。 つまり、政敵を売国奴呼ばわりして蹴落とすための道具として、反日を利用しているだけという図式です。
外に絶対悪のレッテルを貼った敵 (日本) を作り、お前は俺と比べて敵に対して弱腰だから売国奴だ、とするロジックは、口先だけで相手を貶めることができる便利なものでしょう。 しかも共産党は、中国を統べる正当性に 「抗日戦争」 を挙げているのですから、この論調を覆すのは当の共産党にとっても無理な話なのでしょう。 現在の中国の国歌 「義勇軍進行曲」 は、1935年に作られた抗日プロパガンダ映画 「風雲児女」 の主題歌であり、歌詞中に繰り返しでてくる 「敵の砲火をついて進め」 の 「敵」 は、ほかならぬ日本なのです。
日本としては、度々吹き荒れる反日デモや暴動に対して、「相手の国内事情 (共産党内部の権力闘争) に過ぎない」 と無視するのが上策なのでしょうが、中国に進出した日本企業が標的になったり、領海を侵犯されたり、在中邦人が被害に遭うなど実害が生じる場合も少なくなく、対応に苦慮しているといったところでしょうか。
また反日が、本当に単なる権力闘争の踏み絵だけなら良いのですが、教科書問題や靖国参拝はともかく、東シナ海の資源や尖閣の問題は、中国側の国益にも大きく合致しており、「単なるポーズに過ぎない」 訳ではないのも、頭の痛い問題です。 南シナ海のスプラトリー諸島 (南沙諸島) などを巡る領土領海問題は、当たり前ながら反日とは全く関係がない話で、中国側の周辺海域に向けた膨張の意思の疑いは、見過ごせるものではありません。
外交問題も、よく見ると国内問題だったり
外交問題というと、何やら自分と相手国との争い、交渉ごとだけの印象がありますが、その問題のもっとも大きい発端や障害の原因が、実はおのおのの内政問題だったりといったケースは少なくありません。 また排外運動を行なっている民衆が本当に批判したり 叩いて いるのは、外国や外国人ではなく、むしろ自国の政府やマスコミだったりするのも、よくあるパターンでしょう。
ことさらに日本との対立を煽るのは、中国にとっても得にならないと思うのですが、戦前はまだしも、戦後の日中関係悪化において日本側に争いの根本原因がないのだとすると、いくら譲歩を重ねても関係が良くなることはないわけで (少なくとも、ここ数十年の結果は、そうなっています)、こればかりはどうしようもないことなのかも知れません。
また当たり前の話ですが、毎度毎度サンドバッグや踏み絵として踏みつけにされている日本国民にだって、愛国心もあれば感情だってあるのです。 戦前の日本側の、これといった大陸権益など持たない一般国民までもが 「中国討つべし」 となったことにも、その妥当性はともかくとして、様々な不快な事件をはじめ、ちゃんと理由はあるのです。 戦後それが再び繰り返されるようなことがあったら、それこそ日中の 不幸 でしょう。 また日本の領土領海に対する中国側の野心が疑われる以上、さすがに日本にだって譲れないラインはあります。
「愛国」 ではなく、「害国」 だ! 徐々に変化する中国共産党の主張?
2012年8月、再び日本固有の領土、尖閣諸島 (中国側呼称、魚釣島) を巡って中国で反日デモや暴動が頻発。 日本製自動車を襲撃したり、日本料理店などが破壊され、「愛国無罪」 がスローガンとして叫ばれることになりました。
「中国青年報」 では、反日デモや暴動に 冷ややかな論評 (2012年8月20日) |
中国の大手ポータル 「百度」 は 尖閣問題特設サイトを開設 |
中国の大手ネットメディア 「環球」 も 尖閣問題の特設サイトを開設 |
「大規模な反日デモ 中国各地で暴徒化」 (NHKニュース/ 2012年9月15日) |
ただし過去のデモや暴動に比べると、デモ隊の持つプラカードや横断幕に 「魚釣島は中国のもの 蒼井は世界のもの」 との本気だか ネタ だかわからないものも登場 (蒼井そらは日本の有名なAV女優で中国で人気がある)、デモ参加者も若い人ばかりが目立つようになり、当初は 雰囲気 の変化も感じられました。
一方で、丹羽宇一郎・駐日中国大使の乗る公用車が8月27日に北京市内で襲われ、車両に掲げられた日本国旗が奪われるという事件も勃発。
こちらは、後ろから来た外国製高級車2台 (BMW とアウディの大型車) に挟まれ停車させられた後に国旗をもぎ取られるという状況で、これは 「いつでも暗殺できる」 の示威行為にも見える内容となっています (その後、市公安局によって男女4人が犯人として逮捕され、偶発的なものだったと説明)。
これら一連の反日行為に対し、迎合、あるいは静観していた中国共産党も、一部では 「いくら愛国心からだといっても、同胞への暴行はよくない」「これでは、愛国ではなく害国だ」 との論調も現れることに (8月20日/ 中国青年報)。 また日本に対する全体のトーンも、2005年や2010年の時の報道や政府反応に比べ、全体的に抑制的なものとなっています。
今回の騒動は過去のものと異なり、ネットでの呼びかけが直接的に極めて大きな影響を与えたものと云われています (中国版 Twitter と呼ばれるマイクロブログ 「微博」 がその震源地とも)。
暫く前から Twitter や Facebook などを発火点として反政府デモが世界中で起こっていますが、当局がこの動きに警戒感を持っている可能性はあるのでしょう。 しかし予断は許しません。
2012年は5年に一度の中央政治局常務委員会の改選が行われる年であり (10月頃に発表予定)、定年制により最高権力者9人のうち、国家主席を含む7人が入れ替わることになっています。 貧富の格差を表すとされるジニ係数が、暴動や革命の危険水域とも云われる 0.6 を軽く超えているとも云われる中国。 その傾向はますます広がっています。
尖閣諸島の国有化の後、過去最大の反日暴動が発生
9月になって、日本側が尖閣諸島を国有化したとの情報が流れ、中国側の反発が高まっています。 中国大手メディアは前月8月19日の日本人尖閣上陸を含め、新聞やテレビで繰り返しこの問題に触れ、ネットメディアなども尖閣問題のキャンペーンサイトを次々にオープン。 批判のボルテージを上げています。
結果、9月15日には中国各地の100都市あまりで反日暴動や略奪が発生。 日本企業の建物が破壊されたり放火されたりしました。 毛沢東の写真やプラカードを持って参加した中国人が多数目撃されているのは、過去の 「◯◯無罪」 との符合も感じられ、不気味な感じです。
昨今、日本の マンガ や アニメ、ゲーム などを テーマ にした催しや、同人イベント、コスプレイベント などが中国でも人気です。 開催時期が迫っていたこうしたもののいくつかは、既に中止を発表しているものもあります。 「日本のものなら全て排除」「それが中国人経営の店でも中国人所有のものでも関係ない」 との破壊活動が続けば、文化的な交流は大きく停滞するでしょう。
黙々と荒らされた現場を清掃する若者の姿も… 「理性愛国、反対暴力」
一部の地域では、暴動によって荒らされた日本関連企業の建物や日本料理店などの 現場 を訪れ、自主的な清掃作業を行なっている中国人の若者なども現れています。 その傍らには、「理性愛国、反対暴力」 と書かれた プラカード などを持っている姿が、中国版ミニブログなどで伝えられています。
また当局が市民に謝礼を払ってデモに参加するよう動員していたと証言するもの、真偽不明ながら、デモを煽動していた中心人物が当局の人間であることを暴露する市民も現れています (デモの先導者の写真と、それに酷似した共産党の役人の写真などが度々ネットにアップされ、当局に削除されるイタチごっこがずっと続いています)。
いずれ今回の事態そのものは沈静化するのでしょうが、原因がそのままでは、また繰り返されることになるでしょう。 中国共産党の悪意・怠惰・無能 を強く批判すると同時に、志ある人々で、解決の道を探る方へ状況が向かうことを願います。