とりあえず何でもかんでも Excel で作るお! 「ネ申エクセル」
「ネ申エクセル」(神エクセル) とは、表計算ソフト (アプリ) の MS Excel を利用する際に、本来 Excel が想定し得意とする使い方や機能を 無視 して、単に見た目だけにこだわったデータ汎用性の乏しい使い方やその結果できた Excel ファイルのことです。 言葉の由来は 「紙に 印刷 する」 ことを前提として見た目を整えた Excel、すなわち 「紙Excel」 で、紙の部分を 誤変換当て字 で 「神」 あるいは 倍角文字 の 「ネ申」 としたものです。 似たような言葉に 「エクセル方眼紙」 もあります。
また単に神Excel そのものというより、これらを作って用いがちな役所や大企業 (JTC) と云った保守的な組織、神Excel を作るよう指示するパソコンや IT に疎い人物 (上司) といった背景や文化を含めた 概念 として 認知 されることもあります。 一般に 「神Excel 文化」 と云えば、生産性を無視した非効率で硬直化した組織や考え方、不合理な形式主義を批判する文脈で表現されます。 また 「神」 には 「紙」 の意味の他、本来の使い方からはずれた (でも膨大な手間や超絶技巧的な工夫は凝らされている) ものを 「神業のようなエクセルだ (失笑)」 といった皮肉も ニュアンス として含まれています。
本来は手間を省き生産性を高めるための道具が、無駄な手間を量産
例えば Excel で何らかの調査やアンケートの質問票を作るとしましょう。 Excel のあるべき使い方をして質問票を作成してそれに記入をしてもらえば、その後の集計やデータの整理などはそれこそ一瞬でできてしまいます。 そもそも Excel はそのためのソフトウェアなのですから、これは当然です。
しかし見た目だけにこだわって意味不明なセルの結合やセルの細分割などをして罫線機能で仕上げると、Excel やコンピュータ上で自動処理するための構造が破壊され、極論すれば人間がモニタの画面を見て1つ1つ確認し コピペ をするなどしてデータの集計や処理をすることになってしまいます。 とくに数字を扱う部分については、Excel による集計や計算ができずに手元の電卓で手動で計算するという訳の分からないことになってしまいます。
この状況でもかなり酷いものですが、それでもまだパソコン上でデータの確認ができるだけマシかも知れません。 実際は 神Excel で作った質問票は 紙Excel の名の通りいったん紙に印刷され、もっぱら紙ベースでデータの記入や整理が行われることが多くなります。 もちろん質問票を送る相手がパソコンを持っておらず紙でしか対応できないのなら仕方がありませんが、実際はパソコンもそれを使える職員やオペレーターがいても、長年の慣習や行政上のルールから、紙の段階をいったん挟まないと事務作業が進まないこともあります。
そして紙に印刷された質問票に手書きで回答を書き、それを FAX で返送したり スキャナー で取り込んで 画像 にして、さらにその画像を pdf にして返送します。 返送された方はそれら FAX や画像の pdf を見ながら再び 紙Excel やそれに近い Excel に手動で転記をして集計するという、二度手間三度手間の訳の分からない事をしているわけです。 こうした作業は無駄で非効率すぎるとしてかねてから批判され続けていますが、その結果 掲示板 などで揶揄として使われるようになった言葉が 「神Excel」 だったのでした。
日々の生産性だけでなく、緊急時の対応も後手後手に
無駄の極みのような神Excel ですが、作られるには理由があります。 例えば役所の文書などは紙による一定期間の 保存 が法律で決まっているケースが多いため、Excel の利用もプリントアウトが前提だという部分があります。 パソコンが普及する前は紙に手書きで作っていたので、文書作成がアナログからデジタルになっただけでも十分便利になったと云える部分はあります。 また日本特有とも云える判子文化もあり、「紙でなければ」 という状況がいつまでも続いています。 非効率だとわかっていても、現場 の判断で勝手に 電子化 したり業務フローを変更すると違法になってしまうのですね。
パソコンがビジネスの世界に出始めた頃、OA (オフィスオートメーション) などと持て囃され、「これからはパソコンで何でもできる、ペーパーレスの時代になる」 などと云われましたが、実際はパソコンの普及とともに紙の使用量は増え続ける結果となっています。 いくら道具やそれを使えるオペレーターが揃っても、それにふさわしいルールや業務フローがなければ無意味です。
なおビジネス文書の作成などで、何かと MS Excel に集約されがちなのは、何だかんだいって Excel が便利だからです。 本来、文章なら MS Word、配布用資料やプレゼン用資料なら MS PowerPoint といった具合に、専門に特化したソフトを使うべきです。 もっと云えば、別に MS 製品にこだわる必要もありません。 MS-DOS の頃の Lotus 1-2-3 はさすがに Windows 時代には辛くても、ワープロソフトなら管理工学研究所の松シリーズとかジャストシステムの一太郎もありましたし。
とはいえ全てのソフトの使い方を覚えるのは負担が大きいですし、定期的に行われるバージョンアップでそれぞれの使い方も変化し、付き合っていられないという部分はあります。 とくに Word はその独特の操作感から、嫌う人が多い傾向があります。 何で図案を思うような位置に直感的に動かせないんだ、みたいな (やり方はありますが、もうほんとに覚えるのが面倒なんですよね…)。 事務職ならそれが仕事とはいえ、現在は技術職とか営業職とか、他職種でもパソコンによる文書作成ができなければ仕事が進まない状況もあり、「だったら全部 Excel でやっちまえ」 になるのは止むを得ない部分もあります。
もとから ネット では嘲笑の対象となっていた神Excel ですが、それが一般の市民の間にも強く批判される出来事も起こっています。 2011年3月の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故での情報発信や、2020年に日本を始め世界で猛威を振るった新型コロナ感染症(COVID-19)による医療機関の情報伝達・共有 にまつわる問題です。
東日本大震災では計画停電の情報発信でトラブルが続出
東日本大震災と原発事故、それにまつわる発電所の停止などにより電力事情が逼迫する中、東京をはじめ関東地区で日時を決めて地域ごとに交代で電力の 供給 が制限されることとなりました (計画停電)。 この際の情報発信は役所の ホームページ から停電地域をリストにした pdf を ダウンロード して確認してもらうというものでした。 しかしこの pdf ファイルは地域ごとの切り分けもまともにされておらず、おまけにリストの文字が画像になっていて、容量が無駄に巨大な上に検索も原則できない (当時の仕様による) とても使いにくいものでした。
ホームページはアクセス殺到と巨大ファイルダウンロードの高負荷ですぐに ダウン し、その後 Yahoo! が協力してダウンロード用の ミラーサイト を立ち上げました。 しかしミラーサイトの存在を知って無事にダウンロードができたとしても、そもそも標準的なオフィス用パソコンでは途中でフリーズするくらい重いファイルでもあったため、自分の地域がいつ停電になるのかを確認するのは困難でした。 テレビでは無駄な電気使用は控えましょうとアナウンスしていましたが、そんなテレビで延々と続く情報を追い続けるのも現実的ではないでしょう。
リスト自体はパソコンと Excel で作成されたものでしたが、恐らくは東京電力や所管する役所の調整の際にいったん紙に出力し、それを FAX であちこちとやりとりし、その文書をスキャナーで画像として取り込んで pdf にしただけのものだったのでしょう。 一部で OCR (画像テキストの光学読み取り) も挟んでいたのか文字化けもあり、容量がでかいくせに複写を繰り返していて 解像度 も低く画像も荒く、細かい文字は潰れてしまってもいました。 文字情報だけでやっていれば便利で小さな容量でも済むのに、いちいち巨大な画像となっているためサーバの能力やネットの帯域、ひいては電力そのものを無駄に消費し、混乱に拍車を掛ける結果となってしまいました。
新型コロナ感染症では、迅速な情報共有・提供体制もできず混乱が拡大
また新型コロナ感染症による医療機関の情報伝達・共有でも、紙と FAX (および架電) ベースの情報のやり取りが延々と行われています。 ただでさえ医療関係者の業務負担が増大し混乱しているのに、この膨大な事務作業の発生によって情報が迅速に伝わらず、事態は更に悪化。 国や自治体による情報の取りまとめや情報発信も後手後手となり、感染状況の把握ができないばかりか、「患者を受け入れられる医療機関はどこか」 なども分からず、国民の間の負担や不安も高まる結果となってしまいました。
この感染症の拡大と被害は世界中で生じ、日本はそれでも感染者数や死亡者数などは比較的低い水準で推移していました。 医療関係者の献身的な努力や 不要不急 の外出の自粛・濃厚接触 を避ける努力、元々持っている高い衛生観念の発揮などなど、国民の協力があってこそでしょう。 結果的に日本の新型コロナ封じはロックダウン (都市封鎖) も行わない必要最低限のものだったにも関わらず、世界的に見ても極めて優秀な成功例と云って良いと思いますが、肝心かなめの行政の初期対応がお粗末で起こさなくても済む混乱を起こしたり被害者を無為に増やす結果となったのは、誠に 不幸 だったと云えるでしょう。
またこのやり取りがとくに強く批判されたのは、同じ頃に台湾で行ったデジタル施策が先進的で、それと比較されたという部分もあります。 台湾では突出した IQ を持ち天才プログラマとうたわれ、台湾史上最年少の35歳で大臣 (デジタル担当大臣) に抜擢されたオードリー・タン (唐鳳) 氏が中心となり、行政と医療機関、国民とをデジタルで結ぶ情報システムを迅速に構築、政府の初動の速さと水際対策の成功などにより被害を最小限に抑えていました。 これに比べて日本は…との文脈で、神エクセルのみならず日本の遅れた行政のデジタル化が強く批判されることとなりました。
ちなみにその後東京都では、若手プログラマーたちの非営利団体である Code for Japan が発起人となり、オープン ソース による新型コロナ対策サイトを構築 (3月4日)。 刻一刻と変わる状況をほぼ リアルタイム で発信するようになります。 情報のやり取りに不効率な紙や電話ベースのものが依然多くを占めてはいるものの、情報発信における同サイトの評価は非常に高く (筆者 も東京住まいなので利用していました)、「日本の行政だってやればできるじゃん」「じゃあできないのは何が (誰が) 悪いんだ?」 との問題提起をも投げかけることとなっています。
なお東京都が他自治体に先んじて自治体らしからぬ先進的な対応ができたのは、大規模な自治体で人材に厚いだろう点もさることながら、前年2019年9月からソフトバンク役員やヤフー社長、都の参与などを歴任し、退職後は副知事の職にあった宮坂学さんの存在も小さくなかったとの話もあります。
コロナ渦中の2021年1月1日にデジタル庁を発足、改善なるか期待も高まる
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河野太郎議員 「神エクセルを至急、全廃することにしました」 |
これらの経緯を踏まえ、国ではコロナ渦中の2021年1月1日にデジタル庁を発足。 発足時における職員約600名のうち 1/3 をIT企業などの民間から起用し、国や地方行政の IT化や DX (デジタルトランスフォーメーション) の推進を担うこととなりました。
2022年10月には、総務省の研究会によるメタバースの未来像に関する提案書を時代遅れの 「Excel方眼紙」 を添付した メール で求める公募をしているとして ツッコミ が殺到し、河野太郎デジタル大臣が10月6日に 「次からちゃんとフォームで対応します」 と SNS で コメント しています (ちなみに実際は Excel方眼紙ではなく、単に Word やテキストファイルのようにベタな使い方をした Excel によるものでした)。
ただし同大臣は6年前の 2016年11月2日にも、奥村晴彦三重大学名誉教授の 「Excel原稿用紙」 批判に対し 「行革推進本部で文科省をよんで、こういう神エクセルを至急、全廃することにしました。また、科研費関係の問題提起の窓口をつくり、順次、対応することにしました。」 とコメントしています (右図)。 当時とは問題の省庁も河野さんの役職も異なりますが、「あれから6年間何をやっていたのか」 といった厳しい批判がされる一方、「デジタル相の活躍に期待します」 との期待も寄せられることとなりました。
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