複雑怪奇な概要図が生まれる理由とは? 「ポンチ絵」
「ポンチ絵」 とは、本来は風刺を目的とした一コマ漫画などを指す言葉です。 現在では何らかの事象の概要説明を図案化して1枚の 絵 のようにまとめたもの、といった意味で使われることが多い言葉でしょう。 よくある例では、行政機関や企業などによる政策や事業の全体図や概要図、相関図、利害関係図などがあります。
その事業が必要な理由や前提から、何をやるのか、どうやるのか、誰がそれを決めたのか、最終的にどのような結果が得られるのかなどが、右に左に飛びまくる矢印や棒線でつなげられた、色とりどりの文字による膨大な名前や箇条書き、画像 によって構成されています。 ネタ で 「霞が関曼荼羅」 と呼ぶこともあります。
一見して内容が詰め込まれすぎていてごちゃごちゃと訳が分からない複雑な図ですし、「要するに何を伝えようとしているのか」 がパッと見て理解できず、一般的には 「ダメな資料」「伝わらない伝え方」 の代表として扱われがちです。 同じように行政資料や文書でやりがちな 「ネ申エクセル」(Excel方眼紙)、お役所言葉で意図が掴みにくい文章を指す 「霞が関文学」、あるいは公的機関が使いがちなフォント 「創英角ポップ体」、無駄にページ数やファイル容量を増やす 「嵩増し」 などとともに引き合いに出され 「避けるべきもの」「いずれはなくしていかなければならないもの」 との厄介者扱いされることが多いでしょう (後述します)。
これらの複雑な図は理解しにくいだけでなく実際に作るのも大変で、官公庁や日本的な大企業 (JTC) といった優秀な人材が揃っているはずの組織でなぜこんなものが延々と作られ続けるのか、その無駄な手間を他の業務に振り分けた方がよほど生産性のある仕事が出来るのではないかとの揶揄もされるものでしょう。 官公庁や大手企業の広報などでは、俗にポンチ絵職人と呼ばれるような人がいて、Excel職人や霞が関文学職人、パワポ職人などと並び、日々激しい業務に邁進しているようです。
なぜこれほどに複雑になってしまうのか…
このようなポンチ絵が作られる理由は様々です。
まず第一に、行政や大企業などの資料は第三者からのチェックの目が厳しく、情報が過剰だったり複雑すぎて分かりにくい場合はさほど責められないが、大切な情報が抜けていた場合には揚げ足取りに等しいような激しい ツッコミ がされたり責任問題にも発展しがちだという状況があります。 図の中に関係する組織や個人の名前が意図的であれミスであれもし抜けていたらそれだけで大問題になったり、その事業に反対する側から悪意や隠蔽を疑われ事業全体に影響を及ぼす致命傷になる可能性すらあります。 わかりやすさより正確さや網羅性 (場合によっては冗長性) が大切なのですね。
また行政や大企業の資料や文書は組織内の大勢の関係者のチェックを経るため、その都度情報がつけ足されがちだという部分もあります。 自分がつけ足した情報が無視されたり後に削除されるとせっかく行った利害関係の調整がなかったことにされたりメンツをつぶされたなどと思う人も少なくなく、また偉い人がつけ足した情報は、さも重要で優先順位の高いものとして扱いがちな配慮や 大人の事情 もあります。 逆にポンチ絵を作る方はこれらを前提に 「何か足りない部分はありますか」 とのお伺いや抜け漏れチェックをポンチ絵をベースに説明することも多いため、その場合も要素が抜けていたり適当ではない要約などがされていると説明がしにくくなるという部分もあります。
そもそもある程度こなれた組織や事業の資料制作では、全ての文言が民主的な、あるいは過去の経緯を踏まえた規約的な手続きを経て実施された会議やそこで作られた素案、下書き の段階であらかじめ決められています。 それを内部説明・外部公開用に図案化するだけの段階では変えようがない、変えたら混乱するという前提もあります。
もちろんこれらは最終決定者である一番偉い人が 「こうしろ」 と下達すればある程度は避けることができるものばかりですし、要約しないと意図が伝わらない資料など作るだけ無駄なので本来はそうすべきでしょう。 しかしそれができないのが、主語を大きく すれば巨大組織や日本型組織の難しいところなのでしょう。 なので全関係者向けの詳細なこってり資料とその概要版、および特定の関係者向けに最適化したり部外者や 一般人 に向けた分かりやすい広報資料の三本立てで公開されることも増えています。 行政文書などは原則として公開されるのが前提ですから、全関係者向けのこってり資料なども ホームページ にそのまま掲載されますが、それだけをことさらに取り上げたり 晒し上げ て 「わかりにくい」 というのも、ちょっと意地悪なものの見方でしょう。
情報を詰め込んだ資料には、その存在意義ももちろんあります。 本来全体図や概要図などは、膨大な文章や図表で説明すべき内容を一枚に無理やりまとめるものなので、ある程度複雑になるのは当たり前です。 時間的制約などで資料全体を詳細に読むことのできない関係者が対面した担当者の口頭説明・レクチャー込みでざっくり理解したり、添付された詳細な文書資料と対比して参照するためのものなので、とにかく全体を1枚にまとめることが重要なのですね。
また数十ページから数百ページに至るような資料、あるいはそれとは別途に作られる数ページの概要版の場合、受け取った側が恣意的にページを 抜き取ったり切り取ったり して部分抽出・編集 したものを再公開することもあります。 ある立場では無視しても良い情報が、別の立場ではもっとも大切な情報の場合もあります。 大手メディアなどによって部分抽出・再編集された資料が世に出て人の手を伝わっていく中で無用な誤解や意図的な曲解を防ぐ効果もあるのですね。
1枚の図はそれ以上切り取ったり省略することは (ポンチ絵を作り直さない限り) できないので、途中でどれだけ分割・省略されても最終的に必要な情報が記載された形で残ることが期待されていると云えます。 逆に受け取った側が目的に合わせた作り直しを行う際のたたき台としての役割もありますし、作り直した改変版が オリジナル だという誤解を防ぎ、オリジナルを参照できるようにする効果 (〇〇図を元に作成みたいな出典表記が入る) もあります。
ちなみに 筆者 は仕事で、いわゆるポンチ絵をそれなりの期間にわたってかなり大量に作っていて、文章情報から図を起こしたり、すでに図に起こされた複雑怪奇なポンチ絵を精査して要約したり見栄えよく整えたりといったことを日常的に行っています。 内容は官公庁の作る外部公開用・内部用資料から、一部上場 (プライム市場) 企業の IR資料、スタートアップ企業の企画書から小さな企業の公募用プロポーザルまで様々です。
明らかに内容が重複している部分や 表記ゆれ の統一、文字のサイズや位置の調整やイラスト類のトーンの統一などによって見やすくはします。 しかし固有名詞や箇条書きを勝手に省略したり削除したりはまず通らないし、そもそもそれぞれのポンチ絵の目的や役割を無視したデザイン側の独りよがりな美意識によるクリエイティブになるのであまりやりません。
例えば地図を作る時に細い道を勝手に省略すると、道案内で 「〇本目の道を曲がる」 みたいな説明が無効化してしまいます。 いくら地図の制作者が 「目印になる曲がり角の建物を残しているから大丈夫だ」 と思い込んでも、「〇本目の道を曲がる」 でずっと案内している関係者がもし存在したら、「何で消した」 と問題になるでしょう。 街のレストランの案内地図なら問題がなくとも、官公庁や大企業のようにステークホルダー (関係者や関係団体) が大きすぎるものが行う複雑な業務の説明が対象なら、これらの配慮は無視できません。 また箇条書きや一覧表に抜けがあり、複数の 解釈 や議論の余地が残るようなまとめ方をしたら、そもそもまとめる意味がないでしょう。 まぁそれでも、官公庁の資料で国民向けに出されるものについては、さすがに もう少し見やすくはした方がいいとは思いますけれど。
役割や目的を無視したデザインワークは 「すっきりしただけ」 との批判も
ネット などでは若手のデザイナーなどが行政の複雑怪奇なポンチ絵を見つけてきては改変し、「スッキリまとめました」 みたいな自分のデザインワークを誇示する 投稿 をして称賛の声が上がる一方、しばしば 炎上 なども生じています。 行政文書と営業資料や商品紹介用の チラシ などとの役割や使われ方の違いを無視した 「すっきりしただけ」「事情を知らない人がわかったようになった気がするだけ」 の独りよがりなポンチ絵や資料になっていて、デザインの敗北 だ、シュッとしたゴミ だなどと批判されたりします。
似たような話で行政の他、学校や町内会が作る文書や資料にしばしば多用されるフォント 「創英角ポップ体」 をことさらに取り上げて 「ダサい」「素人 くさい」 などとあざ笑うような 意識高い系 の イキリ デザイナーもいますが、自分の美意識やデザインセンスを誇示し どや顔 で マウント を取るのなら、ダメなものを探してきて笑うのではなく、自身オリジナルの優れたデザインワークの提示で見るものを唸らせて欲しいものです。
いやまぁ筆者も他人のデザインをあれこれ云える立場ではありませんし、創英角ポップ体に虹色ワードアート加工したような文字がダサいのはその通りなのですが (そもそも一昔前の MS Office が使える Windows パソコンに デフォルト で入っていた極太のフォントがそれくらいしかなかったのは罪が大きいw)。 無駄に多用され本来の使い方ではない部分で批判される創英角ポップ体がちょっと気の毒ですし、視認性・可読性といい明るく元気で前向きなイメージと云い、本当によくできたフォントですよ創英角ポップ体。 創英角ポップ体最高!
ポンチ絵も TPO をわきまえたら役立ちますし、霞が関文学も木で鼻を括ると云うかそれでいて奥歯に物が挟まったというか、企業が出す IR芸 同様、深く読み解くと味わいのあるものです。 もちろん 神Excel だって…神Excel は…う〜ん、そうねぇ、さすがに 神Excel だけは…えーと… (お察しください)。