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市場と投資家に癒しと笑いを届けてくれる…「IR芸」

 「IR芸」(あいあーるげい) とは、上場企業が決算期などに株主や投資家へ向けて作成・発表する IR資料 (Investor Relations/ インベスター・リレーションズ/ 投資家向け広報) において、経営状態や財務状況、業績やその分析、今後の事業の見通しなどの説明をする 「表現」 に 「芸」 があること、あるいは投資家ら第三者がそう感じられる表現を嘲笑・揶揄し、煽る ような意味の言葉です。

 具体的には、「情報公開でまるっきりの虚偽・嘘の発表はできないが、表現をギリギリのところで前向きに工夫する」 ことによって厳しい経営状況の見栄えを取り繕ったり トラブル を小さく見せたり、あるいは客観的な数字や根拠ではなく主観的な文章などで印象に訴える、感情に訴える、誇張する、錯誤を狙うなど、「創意工夫にあふれ修辞技法を駆使したIRにおける文学的表現」 を 「笑える、面白味のある 「芸」 として鑑賞するものとなります。

 よくできた IR芸 や、そうした芸に長けたIR芸の常連企業などは 「このIRがすごい」「ひどい」 などとして折々でまとめられており、様々な芸が数多くの企業によって今も紡がれています。 また 「IR芸」 の他、「おもしろIR」「笑えるIR」 といった呼び方をする場合もあります。

そもそも 「IR資料」 とは…?

 IR とは通常、経営状態や財務状況についての資料を作成し、書類として送付・ウェブサイト に情報として掲載するなどして開示したり、株主総会や決算説明会、企業施設の見学会、ミーティングなどで、企業の責任者や経理・広報担当者らが説明することを指す言葉です。

 目的は、社会的な意義としては公正な株式市場の形成や投資家の保護、企業にとっては円滑な資金調達や企業ブランド価値の向上、維持などです。

 法律で作成・開示が定められている有価証券報告書や四半期報告書などの法定ディスクロージャーとは異なり、多くのIR資料それ自体はあくまで企業側が自主的に作成し、発表するものです。 ただしそれぞれは当然ながら密接に関係しており、財務諸表などの数字部分の意図的な隠蔽や虚偽記載は法定報告書であれば犯罪行為であり、その内容を含む任意のIR資料でも許されるものではありません。

 また任意で作成し開示する資料だけではなく、前述した法定報告書や取引所規則による決算短信や適時開示をはじめ、決算関係書類 (貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書) や概況 (ハイライト)、製品やサービスに関するプレスリリースなどなど、企業活動におけるお金や重要決定事項に関するあらゆる情報開示をひっくるめて IRだとする場合もあります。

円滑な資金調達、企業ブランドの維持に必要なIR資料

 企業の側からすれば、業績が良ければ積極的に情報を開示したくなるでしょうし、逆に悪ければ企業イメージを損ね経営者らの責任問題にも発展するため、隠したくもなるでしょう。 しかし正しい情報がなければ株主や投資家は正しい投資判断を行うことができませんし、そこに隠蔽や虚偽の内容があれば 騙し て株を買わせてお金を巻き上げていることにもなってしまいます。

 経営に浮き沈みはつきものですが、良い時も悪い時も継続して積極的に情報開示 (IR活動) をしている企業は、株主や投資家、市場から正しい評価をされ、また信頼もされて、結果的に高い支持と多くの投資を得られることにも繋がるでしょう。

見栄えをよくするための必死のテクニック…IR担当者の苦悩

 IR芸でよく見かける初歩的で小技的なものは、売上や利益、顧客数などの推移をあらわすグラフの変造でしょう。 通常グラフなどは数字の大小の軸が原点0から始まるものですが、原点や開始位置を都合よくずらすこと (足切りグラフ) によって急激に売り上げが伸びているように見せかけたり、逆に下がっている場合にはその下げ幅が小さいように見せかけることができます。 グラフを意味のないきついパース (遠近感) の 3D 表示にする、グラフの を恣意的に塗り分けるなども同様です。

 またそもそもグラフではなく 「グラフ風の何か」 になっている場合もあります。 すなわち、本来ならグラフではなくフローチャートやロードマップ、ポンチ絵 などで表現すべき事業計画や予想などを、やたら右肩上がりの折れ線グラフや棒グラフっぽく仕上げるなどです。 これは意図をわかりやすく表現する方法としてポピュラーで、見せ方それ自体はさほどおかしくはないのですが、ことさらに数値・凡例などを入れて普通のグラフ風を装うと、その涙ぐましいまでの 「伝えたい思い」 に見る者は胸を熱くするでしょう。

 もっともこういったやり方はかねてより多用されすぎてきたこともあり、逆に原点が0ではない、あるいは同一のIR資料で恣意的に原点や推移の開始時期、表示方法を変えて統一性がないなどの場合は、「何かやましいことがあるんだな」「こんな子供だましのグラフを出すなど不誠実な会社だ」「幼稚な方法を使う頭が悪い経営者の会社」 との悪印象を、一発で持たれる悪手でしょう (まぁ Excel でグラフを作ると デフォルト設定 が足切りってのもあるのでしょうが)。

 ということで、これら姑息な方法はあまり芸があるともいえず、これ単体でIR芸とまで呼ばれることは少ないようですが (単なる 「グラフ芸」)、毎度毎度超絶技巧的にバラエティに富んだグラフワザを繰り出す常連企業においては、「芸」 のうちと見なされる場合もあるようです。

視覚効果、心理効果を最大限活用した華麗な 「IR芸」

 同じようにぱっと見た時の第一印象で ネガティブ なイメージをごまかそうとするテクニックに、都合の良いことは大きく、悪いことは小さく表示するなどもあります。 このような小手先のテクニックはじっくり見れば誰でもすぐに看破できるものですが (そもそもまともな投資家なら財務諸表くらい読めるでしょう)、第一印象で 「あ、好調なんだな」「利益が上がってるんだな」 と刷り込むことができれば、その後の第二・第三の印象を抑えることが心理的にできたりもするケースがあるので、前述した 「グラフ芸」 同様、未だによく見かける方法だったりします。

 さらに第一印象だけに特化・全振り した力業的なやり方もあります。 IR資料の 表紙 や冒頭、 部分などに 「業績好調に!」「投資フェーズが終わり順調に利益が出る体制に!」 的に、「儲かってまっせ」「これまでは利益が低調だったけどそれは投資のせいで、これからは儲かるフェーズでっせ」 といった ポジティブ すぎるキャッチフレーズを入れてしまう方法です。 中には、同じ資料の経営指標の数値が惨憺たる状況なのに、キャッチフレーズだけはほとんど真逆な景気の良い表現になっている場合もあります。

 数字で嘘は書けないけれど、好調とか順調といった個人の感想的なあいまいな表現なら、誇張しても虚偽にはなりにくいと考えているからなのでしょう。 これに加えて、よくわからないカタカナの横文字ビジネス用語や専門用語を散りばめ、おしゃれな 画像フリー素材/ ストックフォト/ レンポジ) で画面を飾り立て、中身はないけど何となく 意識も高い しイケてる風を吹かせられればさらに完璧です (ただしやり過ぎると偉い人に怒られます)。

発表当時は話題にならず、熟成されて後に評価されるIR芸

 反対に、全体から見たらごくごく些細なマイナス要因をあえて大げさに重大事項かのように扱い、その解決策を極端な形で提示することもあります。 例えば売上のセグメント (部門) のうち大半が大きな利益を上げている時に、1つだけ小さな損失が出たセグメントがあった場合、徹底したわざとらしいまでの誠実さで詳細を開示し、真摯に自省しつつ誰もが納得できる明確な対策を表明するなどです。

 これは 「失敗やトラブルが生じた時こそ誠実な対応を行うことによって、結果的にむしろ大きな信頼が得られる」 のような人間心理を利用し、「こんな小さな問題まで隠さず全力でやっている真面目で誠実な会社なのだ、経営者なのだ」 との好印象を見るものに与えることができます。 適切なロードマップが示され内部補助が利いている限りは多少の損失は問題になりませんし、また将来、本当に何か大きな問題が外部に知られない状態で生じた時に、「隠すはずはないだろう」 と、それを隠蔽しやすくすることもできるでしょう。

 これらは、会社の業績が好調なうちは好意的に評価されて問題にも話題にもならず、IR芸と呼ばれることもありません。 しかし後に一転して大きな問題が生じそれを隠蔽したりすると、過去のわざとらしい誠実さと現在との ダブスタ 的な記載・発表の違い、ブーメラン刺さり 方に注目が集まり、一気にIR芸化して ネタ にされ 叩かれる 場合もあります。

業績が悪いのは全て他人のせい…鮮やかな責任転嫁

 また事業の状況を説明する中で、自社の財務状態やキャッシュフローなどの数値はごまかせませんが、それらを 「分析」 するところで、あれこれとごまかすこともあります。

 売り上げが下がった、ユーザー数やら自己資本やらが減ったなどは必ずしも自社にだけ問題や原因があるわけではなく、世の中全体の景気、市場や為替、競合他社の動向、天候不順や災害、予期せぬ事故など、様々な外的要因も関係します。 そこでこれら外的要因に業績悪化の責任を押し付け、「経営判断は間違っていなかったが、不可抗力な要因の結果こうなった」 と強弁、「その対策はやってるから心配するな、経営に問題はないんだから」 と言い繕うわけです。

 なるほど確かにこうした要素は経営に大小様々な影響を与えますが、それだけでは説明できない状態だったり、あるいはそれへの対策が十分できていないような場合には、分析結果の文章も何やら他人事、評論家風になるというか、空想や 妄想 に満ち満ちた預言書チック・小説めいた筆致となり、味わい深いものになる場合もあります。

 同じような意味で、今後の好調な業績予想の理由を外部 環境 に丸投げする場合もあります。 すなわち、「市場が伸びてるからうちも伸びる」 という楽観的な予想です。 仰々しく公的機関が発表した右肩上がりの市場予測をグラフなどで多数掲載し、あたかも会社の業績も右肩上がりになるんですと言わんばかりの 雰囲気 ですが、強力な競合他社が多数いたり、自社がろくな シェア も獲得できていなければ、伸びる市場のおこぼれにあずかるのも難しいでしょう。

 もっとすごいものでは、右肩上がりの市場に出せる商品やサービスを現状で持っていない上に 開発 の予定も技術も資金も、さらにはそのつもりすらもないのに、「進出を検討中」「検討することを決定」 など、あたかも伸び行く市場にコミットするかのような表現で必死にしがみつくものさえあります。 中でも IT関連バズワード、例えば マルチメディア とか Web2.0、ユビキタス、クラウド、AI、ビッグデータ、シェアリング・エコノミー、VR、DX などの頻出度は、時代の流れや日本企業の右に倣えの傾向を考慮してもやや異常な レベル でしょう。

上司の無茶振りに担当者の苦労がしのばれる…

 なお、粉飾や不正経理で帳簿や法定開示資料などにでたらめな数字を書いて、そのでたらめな数字を根拠にIR資料で大風呂敷を広げまくる場合も、IR芸と呼ばれることがあります。

 もうこうなると 「ギリギリ」 を攻めていることで笑える 「芸」 ではなく単なる犯罪なのですが、不正を行う厚顔無恥な経営者のやけくそ・開き直り気味な煽りだったり、上司に命じられ実際にパソコンでパワポ資料などを作成しているであろう経理や広報担当者の文章の端々にいくばくかの 「ためらい」 や 「良心の呵責」 が感じられる場合などは、分かる人だけがわかる いぶし銀、玄人向けのIR芸として後々語り草になるような高い評価を受ける 「作品」 もあります。 経営陣が潔く現実を直視するか、監査法人から継続企業の前提に関する注記とか重要な疑義を抱かせる事象又は状況でも出されて鉛筆を舐める必要がなくなると良いのですが。

一発当てただけのベンチャー企業などで、低レベル・ポエム満載のIR資料が

 一方で、もっと 「低レベル」 で、それゆえ IRらしからぬ内容となって 「芸」 として広く 認知 されるものもあります。 一例としては、投資家らによる ネット などでの厳しい意見、低迷する株価などに経営者らが逆切れし、IR資料で投資家に煽りどころかケンカを売っている状態のものなどです。

 「弊社事業に対し、〇〇のような誤った情報が 掲示板Twitter などを通じて一部悪質なクレーマーから出ていますが、そのような事実はこざいません!」 のようなものですが、IR芸としてもレベルが低すぎる上に見苦しく、ネットなどで 「それは IR じゃなく 2ちゃん でやれ、Twitter でやれ」 などと逆に煽り返され、物笑いの種となってしまったケースもあります (しかもそういう企業の経営者は自身で Twitter やら ブログ やらをやっていて、よほど 煽り耐性 が低いのか、すぐ キレ て実際に口論や 炎上 なども頻繁に起こしていたり)。

 また経営者や企業としての理念、ミッションやビジョンやフィロソフィーがやたら大言壮語・気宇壮大だったり (世界一になる、全世界の人々を幸せにする、世界平和に貢献、など)、何か大きなことをやると思わせぶりに延々語ったりするのも、IR芸としては外せないポイントでしょう。 しかもその文章や コメント がよくわからないポエム状態になっているもの、自己陶酔気味の自画自賛になっている場合は、面白味を感じられ芸術点も跳ね上がるでしょう。

 もちろん経営者たるもの、夢や希望が大きくて構わないですし、人権 やら環境やらの問題に企業としてどう関わって責任を果たすかが重要になってきているのは確かです。 しかし非現実的で身の丈に合わなさすぎる、しかもしばしば本業とあまり関係がなさそうな思い付きレベルの巨大なミッションやビジョンなどは、ただの大風呂敷であって何も語ってないのと同じでしょう。 というか、言うことがコロコロ変わったり、そもそも日本語がちょっと怪しいようなものまであったりしますし。 それでも業績が好調、あるいは堅調に推移していれば 「ちょっと 痛い けれど 有能 で愛すべき名物経営者」 になるのでしょうが、実際は業績や株価も低迷し、大口を叩くわりに従業員へまともな賃金さえ支払えてなかったりなど、「ネタを提供するために上場してるのではないか」「笑える銘柄」「クソ 株」「クズ 企業」 と批判されがちなのは切ないです。

 こういったIR芸が炸裂する企業は、一般的には 新規 上場 (IPO) して間もないベンチャー企業が多いものです。 IT 関連のアプリ・ゲーム の開発会社、急速に店舗数を拡大する飲食店や、新進の不動産投資関係、仮想通貨関連企業などがよく話題にのぼります。 おたく 界隈 では当然ながら、アニメ や出版関連銘柄なども話の俎上にのぼるでしょう。 多くの場合、上場したばかりで経営者も若く、またしばしば独善的で自意識過剰、しかし勢いだけはあるので場慣れしてないが故にやりすぎてしまったり、一転苦境に直面して目先の問題に蓋をすることだけに汲々としてしまうイメージです。

 一方で、不正経理や巨額の赤字に陥った歴史ある大企業のIR担当者が、絶大な権力を持つ経営者らを守るため、支離滅裂な文章や構成の資料を出す場合だってあります。 その苦し紛れの表現に味わい深さや悲壮さを感じ、「見ているこちらの胃が痛くなる」 など、決算期ともなると様々なIR資料が悲喜こもごも話題になったりもします。 身を削る芸人魂は、これぞIR職人とも呼べる孤高の存在でしょう。

笑いの陰に、涙あり

 ちなみにどうでもいい話ですが、筆者 は企業の広報関係資料の作成などもたまにやっていまして、Core30 を含む JTC から IPO を控えたベンチャーまで、IR資料もそれなりに作ってきました。 代理店経由で来るような単にデザインアップするだけの業務なら問題ないのですが、資料全般の構成や見せ方、読み原稿 (台本) や進行、キャッチフレーズ、概要や分析部分の作成などを企業や経営者から直接丸ごと請け負うこともあります (もちろん数字は貰うだけで作りませんが)。

 企業・経営者側の要望が強すぎて外注他社や自社制作で行き詰って途中から引き取ることもあったりして、たまに要望に応えすぎてネットの株 クラスタ にIR芸とかIR煽り芸とかプレスリリース芸などと揶揄され叩かれることがあります。 とはいっても、かの日本通信さんの珠玉のIR芸プレスリリース芸の足元にも及びませんが…。

 守秘義務ガチガチなので企業名などは当然明かせませんが、なんていうかその、今後もお手柔らかにお願いします!(><。)。 あと企業側の方、インチキグラフとポエム、ほんとやめた方がいいですよ (グラフは必死に提案・説得して作らなくて済むようにはしてますが)。 仕事とはいえ夜なべしてポエム書かされる身にもなってくさい!

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2016年12月18日)
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