ある意味超能力にも匹敵する調査能力… 「特定班」
「特定班」 とは、ごくわずかな断片的情報を手掛かりに、驚くべき調査力や豊かな発想力からの推理力、知識力、何より粘り強さを発揮して、様々な事象を解析し特定してしまう人たちを指す言葉です。 「特定人」 や、単に 「特定」 と呼ぶこともあります。 主に ネット の世界で使われる言葉であり、調査・解析対象は様々で (後述します)、好意的な意味でも否定的な意味でも使われます。
好意的な意味で使われるケースとしては、アニメ やドラマなどの コンテンツ に登場する舞台 (聖地・ロケ地) を、作品内の断片的なシーンや 設定 などから推測し、場所を特定するような行為を指すものでしょう。 同じように印刷物で使われているフォントの種類を調べて特定する、漠然としたイメージしか記憶にないもう一度聴きたい歌や曲をわずかな手がかりから特定する、不鮮明な古い映画や映像の出演者を特定するなど、そのジャンルに異様に詳しくて困った時に何かと頼りになる存在を賞賛する使い方です。 似たような使われ方として、「〇〇警察」 とか 「〇〇ソムリエ」 と呼ぶケースもあります (例えばフォントに詳しければ 「フォント警察」「フォントソムリエ」、ただしこちらにも良し悪し双方の意味があります)。
一方、否定的な意味で使われたり、行為そのものが犯罪になるようなケースもあります。 例えば有名人・著名人や、何らかの 炎上 や 祭 で 晒上げ られた人、あるいは有名でも著名でもないけれど、自分がストーカー的に興味を持っている誰かについて、実名や自宅住所、電話番号をはじめ、その他プライベートな情報を特定し、場合によってはネットでそれを晒すような行為です。 また 一般人 の何気ない希少動植物の目撃情報から場所を特定し、違法合法問わず根こそぎ捕獲・採取する人を指すこともあります (後述します)。
その他ケースバイケースの使い方では、何らかの作品のパクリやトレスなどの盗作、画像流用や無断使用を発見したり、問題行為を行った個人や企業の人脈やネットワークを解明したり、不正行為や犯罪行為を行った人を突き止めるといったケースもあります。 この場合、ジャーナリストらが行う調査報道に近い行為であり、犯罪やそれに近い行為の告発のためであれば、肯定される場合もあるでしょう。
いずれにせよ、「そんな断片的な情報からそこまで特定できるのか」 と一般人が驚くような分析力を発揮し、また特定班もその能力を誇示するかのように特定結果をネット上に書き込んだりするため、それで炎上や祭りが盛り上がったり、社会的な問題提起に発展する場合もあります。
ネットが登場したことで特定作業がより手軽に
こうした特定行為は、ネットが登場する以前にもありました。 芸能人などの熱心な ファン が、自分が好きな芸能人の自宅などを突き止めるため、様々なアナログ手法を使って特定作業をしていたのですね。
例えばテレビ局やコンサート会場などから出てくるのを待ってこっそり後をつける、対象が子供の頃に住んでいた地元に行って近隣の住民や学校時代の同級生へ聞き込みを行う、目星をつけた地域の役所で住民台帳の閲覧を行う、本名の名字で電話帳を調べてしらみつぶしに当たる、本籍を突き止めた後は役所に行って住民票を取るなど方法は様々です。 一昔前までは役所関係でも個人情報の扱いがわりと雑で、まして一般人の個人情報に関する意識も低く、「足で情報を探す」 ような方法 (後の スネーク) はかなり有効だったのですね。
その後、ストーカー規制法 (2000年) や個人情報保護法 (2003年) の制定や強化などもあり、こうしたアナログな方法による特定は難しくなりますが、パソコン通信 が広まりだした頃はネットでの情報の 共有 と公的機関や一般人の情報に関する意識の低さが相乗して、かなり容易に個人特定が可能だったケースもあります。 とくに様々な情報の宝庫でもある地方紙の縮刷版や専門誌のバックナンバーを揃えているような図書館や資料室、古書店がアクセス可能な場所にある、役所や金融機関にコネがあるなどの条件が重なると、かなり簡単すぎるものでした (ただし根気は必要だし、その時点でも違法な方法もありました)。
インターネット が普及し、さらに SNS で著名人や一般人までもが情報発信するようになると、公的機関や新聞雑誌などの情報に頼らなくとも様々な特定のための 「ヒント」 が、他でもない本人や本人とつながりのある友人知人らの 書き込み などから得られるようになります。 さらに Google が提供する 「Google MAP」 の 「ストリートビュー」 の登場により、以前のように目星をつけた現地を訪れて 「足」 を使わずとも、パソコンやスマホを使うだけで場所や住所の特定などが極めて容易かつ安価・迅速にできるようになったと云って良いでしょう。
また地域密着型の掲示板 (「まちBBS」 や 「爆サイ」 などのローカル口コミ掲示板) の存在は大きく、ターゲット の知り合いやご近所さんがこうした掲示板に出入りするような年代 (もっぱら若者) だった場合、ありがちな名前やニックネームが想起できるような ハンドル でターゲットが在学中の時代のローカルネタを中心に書き込みをしつつあちこちに声をかけると、「覚えてないけど同じ学年に居たかも?」 との勘違いをして個人的なやり取りができるようになったりします。 実際、中学高校あたりの同級生の名前やあだ名など、社会人になれば大半がぼんやりとしか覚えていないものです。
有名人がターゲットの場合、ターゲットに近い人物は警戒して個別の情報獲得などは難しく特定に直接結びつかないことが多いものですが、調べたい情報を絞り込むための何気ない情報はかなり蓄積されている場合もあります。 もちろんターゲットが芸能人や炎上した有名人だったとして、その人を快く思っていない顔見知りや近隣住民がいれば、アプローチの仕方によっては相当詳細な情報や、卒業アルバムやプライベートの写真といった クリティカル なものまで得られてしまったりもします。
他でもない、ターゲット本人が 「ヒント」 をくれる
特定班から見たらスマホひとつで情報駄々洩れ? |
関係者からの情報漏洩がない場合、特定には調査のための様々なヒントが必要です。 しかし ツイッター や インスタグラム などで本人が プロフィール に余計なことを書いたり日常のあれこれを書き込みしている場合は、それがそのままヒントとなってしまうケースがあります。
地名などの固有名詞をきちんと伏せていても、あるいは写真や 投稿 の位置情報の記録を OFF にしていても、それまでの数多くの書き込みや ツイート、投稿した写真の内容などを突き合わせることによって、職場の最寄り駅とか住んでいる町の名前、出身地あたりなら簡単に割り出せてしまうのですね。
例えば 「今朝は電車が遅れた」 と書き込んだら、その日の鉄道の遅延情報を調べれば、どの路線を使っているのか、その路線のどのあたりから乗ったかなどを、ある程度絞り込むことができます。 一度では絞り込めなくても、二度三度と続けば、かなりの精度で絞り込めるでしょう。 また以前の書き込みに 「帰りは〇〇で夕食を食べた」「〇〇で買い物をした」 などとあれば、絞り込んだ路線と突き合わせて行動範囲やそれ以外の様々な情報が見つけられるでしょう。 コンビニでアイスなど買おうものならその店の近所に住んでいるのがバレバレです。 この他、雨や雷、雪、地震、日の出や日の入りといった天候や自然現象の話、停電や車の渋滞、事故といったローカルな話にもその可能性があります。
こうしたテキスト情報以外にも、何気なく投稿した写真などから撮影地や撮影時刻を割り出すこともできます。 写真データに GPS から取得した位置情報が入っているとか写真に地名の一部が偶然写り込んでいるなどは論外ですが、それらを隠したつもりでいても、特徴的な建物や地形のほんの一部、あるいはその 「影」 が写真に写り込んでいれば、それを手掛かりに場所を絞り込むことができます。 テレビのアンテナの方向とか、信号や電柱、マンホールの形状なども重要な手がかりになります。 自宅の窓から撮影した 「こんなに雪が積もった」「雷やばい」 みたいな写真だと、よほど注意して周りの建物などがあまり映らないようにしていても、簡単に自宅や集合住宅の部屋位置が特定できたりします。
また建物類の写り込み方も、風景の一部として画角にそのまま写り込むだけでなく、例えば車のボンネットやサイドミラーなどに反射して小さく写り込んでいるだけとか、腕時計のガラス面や人の目に写り込んだものからでも特定は可能で、実際にそれで刑事事件化したような事例もたくさんあります。 とくに道路標識や電柱などの映り込みは危険です。 これらには識別情報が小さく掲示されていることがあるからで、小ささゆえに写した本人は存在に気づきにくく、画処理もされないでしょう。 樹木の類も危険です。
外の風景が映っていない室内だけの写真でも、それがマンションやアパートの場合、窓の形や手すりの形状、類推できる間取りによってある程度の絞り込みができる場合があります。 建材・建具・部材を見ればおおよその築年数や物件のグレードが把握できたりしますし、大雑把な居住地の当たりがついていれば、不動産の物件情報サイトをしらみつぶしに調べると絞り込めたりするんですね。 とくに大手賃貸マンションチェーンや公営物件の場合、規格化された間取りやドアノブだのガラスサッシだのキッチンだのクローゼットだのから目星をつけるのは容易です。
さらに鉄道の切符やチケット、郵便物やコンビニのレシート、会員証やネットサービスの ログイン 画面などの写真やキャプチャも、名前や店名、会員番号などをちゃんと隠したとしても、それ以外の識別番号やら記号、背景の紋様、URL などから、購入者や会員の 属性 を示す様々な情報が読み取れたりします。 写真をアップする時にいちいち細かいところまで拡大して確認する人は少ないでしょうから、本人は気を付けているつもりでも、凄腕の特定班にとっては 「ダダ漏れ」 に見えてしまう状態もあります。 これらは一つ一つは小さな断片情報でも、まとめるとプライベートな情報がくっきりと浮き上がってきてしまうのですね。
「特定」 を防ぐためにはどうしたらいいのか
正直、凄腕の特定班に目をつけられたら、完全に情報を隠し続けるのは困難でしょう。 例えばここでこれまでぼやかしながら説明した特定手法はどれも 「今はもうできないもの」 や 「最低限のもの」、事件報道などで広まった 「周知のもの」 ばかりであり、実際はもっと思いがけない、あるいはある種のハッキングを伴う 「え? それでわかっちゃうの?」「そんなことができるツールがあるの?」 みたいな手法が違法なものを含めたくさんあります (詳しく書きません)。
それらを防ぐ個別の方法もそれなりにはありますが、それをここに書くと知らない人にその存在を広めることにもなるので説明しすぎるのも難しいですし、完全に防ごうとすると手間や費用も膨大にかかります。 また 「最寄り駅だと目星をつけた駅の改札に何日間も張り付いて通行人を監視する」「当たりをつけた人物の電車での通学通勤中に近くに忍び寄り、ターゲットが手に持つスマホの画面を横から覗き見して確認」 みたいなアナログ的な労苦をいとわない偏執的な特定班もいますから、そうした人から逃れるのはほとんど無理でしょう。 そもそも、同人 や コスプレ で オフライン の活動を行っていれば、イベント が終了した後の帰りを含めて、アナログなストーカー行為を防ぐのはほぼ不可能なのが現実です。
それでも特定班による被害を防ぐには、「特定を防ぐのは諦めて、それがネット上で晒されたり 拡散 されたり、あるいはリアルな実被害だけは防ぐ」 に考え方を変える方が話が早いかも知れません。 自分が何らかのターゲットにされそうな予感があるなら、例えば エゴサ (検索エンジンを使って自分で自分を調べること) を定期的に行っておかしな情報の拡散がされていないか確認する、その兆候が見られたら即座に法的手段を含めた対応を講じるなどです。
「特定」 を防ぐより、「特定による被害」 を防ぐ方が重要?
特定班や自分の アンチ だと思われるような人に、無用な挑発をするのは控えるべきでしょう。 悪いのは相手なのですから、被害に遭いそうだからといって黙ってるのは悔しいという気持ちはわかりますが、それが彼らの 燃料 となりモチベを上げてしまっては本末転倒です。
自称・他称問わず特定班と呼ばれる人たちの中には、単に 「調べることが 趣味」 なだけの人も少なくなく、調べ終わったら満足してそれ以上は何もしてこない人畜無害な人が実際は多いものです。 ターゲットにされた方からしたら怖いし気持ち悪いのはわかりますが、わざわざ大騒ぎして問題を大きくしても誰も得をしないでしょう。 もちろん泣き寝入りはせず徹底的に戦いますという人がいても良いですが、それにはかなりの覚悟が必要でしょう。
一方、「簡単に特定できそうな人と、ちょっと面倒くさそうな人がいたら、簡単な方に被害が向きがちになる」 という、空き巣における戸締りの考え方を応用してもいいかもしれません。 時には人に迷惑を掛けない範囲でフェイク (嘘) を混ぜる、例えば自分が利用していない鉄道路線の遅延時に、それに巻き込まれたかのように装うなどの配慮は、あってもいいかもしれません。 コメント に嘘があるとわかれば、こいつ面倒くさいぞ臭がして特定班が途中で調べるのを諦めてくれるかも知れません (ただし挑発になってしまう場合もあるので難しいです…)。 SNS への書き込み時間をあえてランダムにするなども有効な方法でしょう。
またリアルで繋がっている人 (リア友) とネットで繋がる場合は、そうした問題意識を共有する必要もあるでしょう。 いくら自分が頑張って 身バレ 対策していても、ネット・リテラシー のない友人が 「今日〇〇線遅れてたけど大丈夫だった?」「〇〇って家のそばだよね?」 などと リプ を送ってきたら、せっかくの苦労も台無しです。 調べたい本人ではなく、ガードの緩い友人、さらには友人の友人から調べるのが特定班の基本だったりもしますから、このあたりは対策できることも限られ、頭の痛い問題です。
もちろん悪いのは個人の書き込みを深掘りして勝手に特定し、その特定情報を悪用する特定班です。 しかしターゲットとされた被害者だって、普段から所かまわず見ず知らずの人が大勢いる場で大声で自分の本名や個人情報に繋がる情報を喋り続けたりはしないでしょう。 ネットや SNS はリアル社会と何ら変わらない自分の日常と接続した空間であり、誰でも見聞きできる大通りだという意識は持って、日常生活と同様に注意深い利用を心掛けたいものです。
希少動物や昆虫、植物などの目撃情報の場合は…
迷惑や犯罪性があるだけでなく、倫理的にも許せない行為を招くものとして、旅行先などで偶然目撃した希少な動物や昆虫、山野草といった植物の発見報告の書き込みがあります。 「〇〇で珍しい鳥を見つけた」「見たことのない魚がいた」「こんな大きな虫がいた」 などですが、場所を書くのはもちろん、周囲の風景が写り込んだ写真などをアップすると、マニアによって発見場所が簡単に特定され、数少ない個体が根こそぎ捕獲・採取されてしまう恐れもあります。
登山やバードウォッチング、魚釣りと云ったアウトドア系の 趣味 をしている人はある程度状況が分かっていることもあるため、いちいち発見報告などしないか、場所バレがしないように十分な配慮をするケースが多いでしょう。 しかし詳しいことがよくわからない一般の人、とりわけその動植物が希少だったり捕獲・採取が禁じられた絶滅危惧種や天然記念物であるのを知らない人の場合、嬉しさのあまり場所が簡単に特定できる情報とともに書き込んだり、名前を教えてといった質問をすることがあります。 結果、倫理観のないマニアを呼び寄せるケースもあります。
もちろん悪いのは倫理観のないマニアですが、旅先で出会った素敵な動植物に喜んでいたら、自分がその動植物の 不幸 や絶滅に結果的に手を貸すことになってしまう…もしそんなことになったら、せっかくの思い出も台無しですし、悔やんでも悔やみきれません (そもそもそうした書き込みを行いいくらか広まった時点で、危険性を感じた良心的なマニアからすぐに消した方がいいといった苦言を呈されたりもします)。
こうした希少動物や昆虫・植物は極端な例ですが、「あまり知られていない美味しいお店」「知る人ぞ知る裏道」「転売ヤー が欲しがるような レア な商品の在庫がある店」 などをうかつにネットにアップすると、後で悔やむような結果になるかも知れません。 「特定されるかどうか」 と同時に、「特定されたらどんな被害が生じるか」「それは自分ではなくそれ以外にも及ぶ被害か」 にまで思いを馳せられると良いかもしれません。