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生物学上は女

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中性的な自分を装ったり女らしくない様を自虐したり… 「生物学上は女」

 「生物学上は女」(生物学上は♀) とは、思春期前後の女性や 同人おたく腐女子 趣味 のある比較的若い女性が、しばしば自称しがちな自らの性別表現のことです。 意味は 「一応女です」 といった程度で、人によっては 「一般に女性に求められるような価値観に対して興味がありません」 あるいは 「もう女を捨てています」 の意味になることもあります。 女や女性ではなく 「生物学上は」 をわざわざ接頭する理由については様々なのでしょうが (後述します)、ネット が普及してちょっとした 自己紹介プロフ の掲出が必要になった頃に流行語のように広がり、ある種の定型フレーズとして 認知 されています。

 フレーズ自体はネット以前からありますが、ネットの自己紹介で広がった理由の前提として、女性の同人関係者らによる 「やおいBL 表現を不特定多数を相手に大っぴらにしない」 との独特なマナーや文化の存在があります。 二大禁 で部外者から隠れてやりましょうみたいな考え方です。

 トラブル を避けるため、とくに実在のタレントやアイドルなどを対象とする ナマモノジャンル では顕著な特徴で、誰でも見られる状態で公開せずに 検索避け をしたり 鍵付き隠しページ でのみ行うため、作者管理人 に見せてくださいとお願いしなければならず、その際に自分の簡単なプロフィール (性別・年齢) や活動している ジャンル などを、予め公開する必要があったのですね。 こうした 属性名乗り にちょっと捻った表現であるこのフレーズは、流行りとして面白みもあって都合が良かったのでしょう。

 似たような表現は他にもありますが、「染色体はXX」「戸籍上は女」 あたりは、わりと流行した印象です。

思春期 (第二次性徴期) の女の子の心の動きとコンプレックス

 このフレーズが使われる心理的な理由のひとつに、思春期 (第二次性徴期) の女性の、自分の身体を巡る様々な変化への戸惑いが挙げられます。 男性にも声が低くなる、陰毛や精通が来るなどの変化がありますが、女性の場合は着衣状態でも外から見て分かるあからさまな性的変化 (胸が膨らむ) の他、初潮 (生理の訪れ) という極めて大きな変化があります。 周期的に性を強く意識せざるを得ない体の変調が訪れ、それはしばしば恥ずかしかったり罪悪感があったり嫌悪を覚えたり、それら性的なあれこれ抜きでも日常生活に支障をきたす不便・不快なものでもあり、本人の性格や周囲の 環境 いかんによっては、受け入れるのに時間がかかる人もいます。

 そうした中、男性でも女性でもない 中性的 な存在に憧れたり、その他大勢とは違う個性的な自分を望む気持ちなどが脹らみ、生まれた性とは異なる (そして社会的に 「女はこうあるべき」 みたいな性役割や規範・圧力へのささやかな反抗) として、性差をあえて踏み越えるような行動に出る人もいます。 それは例えば一人称が男性風の ボク少女俺娘 になったり、世で女の子っぽいと思われがちなあれこれを忌避して男っぽい趣味とかある種の不潔さを受け入れるような言動になったりします。 そのひとつの形が 「生物学上は女、でもそれ以外は無性別か非女性」 という主張なのでしょう。

 これと表裏一体となるもう一つの理由として、女性ではあるけれど女性らしさがない、容姿に自信がない、あるいは周囲から女性扱いされずに劣等感を覚えて 「女性的魅力に欠けた女です」 といった、強い 自虐的ニュアンス を持って用いられることもあります。 「これでも一応は女です」「どちらかといえば女です」 みたいな意味ですね。

 社会的に女性っぽさとされがちな化粧やおしゃれ、恋愛、家事、他者への共感力や思いやりとか、女の子が好みそうな生活スタイルやスキル (広い意味での 女子力) が自分にはない、あるいは性に合わないし興味もない、捨てたという 露悪的 な言い回しであり、「ああそうだよ、どうせ女なんか捨ててるよ、それがどうした」 と云う潔さや開き直り (あるいは強がり) です。 このあたりの自虐や卑下の感覚は、腐った女子で腐女子というネーミングのセンスとも近いものがあります。

 この2つの理由はほとんど同じものであり、どちらが先か後かといった程度の違いしかないと見られることが多いでしょう。 その結果、容姿に恵まれず周囲から女の子扱いされず、それを受け入れられないので自ら女を捨てたと称して現実逃避しているだけだ、といった辛辣な見方をする人もいます。 とはいえ、いかにも女の子っぽい ぶりっ子 が自称することもありますし、容姿に対するコンプレックスなどは男女を問わず誰でも若い頃には多かれ少なかれ持っているものでしょう。 このフレーズが一般化する中で、心理的なあれこれとは無関係に面白がって使う女性もいますし、あまり 「こういう言葉を使う人はこうだ」「何かをこじらせた 痛い やつだ」 と決めつけるのは乱暴でしょう。

 なお 元ネタ はよくわからず、「 で男っぽい女の子」 を表現する際にこうした言い回しをする少女漫画などの原典がありそうな気もしますが、詳細は不明です。 そもそも生物学の初歩は義務教育で習いますし、それをもじって女らしさのない女の子をからかったり自称したりと、同時発生的にそこら中で使われていたことはあるんだろうなみたいな感じはします。 筆者 がこの表記を見たのも、ネット以外ではそれよりずっと以前の雑誌の投稿コーナーあたりだったと記憶しています。

「生物学上は男」 の存在は?

 ところで反対に男性が 「生物学上は男」「染色体はXY」 を使っても良さそうなものですが、これはほとんど見たことがありません。 これについては 「〇〇らしさ」 と云う性役割や規範の社会的要求や圧力が男性より女性の方に強かったからだとの話もありますが、単に同人の世界で 「隠れて行う」 ような傾向が男性向けではほとんど存在せず、自己紹介に性別を含める必要性がなかった部分が大きいでしょう。

 また自虐を含めた自己紹介表現としては、単に 「おたくです」 だけで、おおむね済んでしまうという部分もあります。 ひと昔前までは、おたくといえば男性のイメージが極めて強かった上に、非モテ根暗 や容姿に恵まれないといった負のイメージも込められたかなり揶揄のニュアンスの強い言葉でしたから。 ただしドール (人形) やスイーツなどのいかにも女の子っぽいイメージが強いと思われがちな趣味や好みをしている男性が 「生物学上は男」 を使うケースはありました。 人形やスイーツ趣味のコミュニティは女性が多かったため、「一応男なんですが、参加しても大丈夫でしょうか」 とお伺いを立てるような文脈でのそれといった部分があります。

 一方、これらとは全く異なる形での 「一応は男です」 みたいな宣言をことさらに行う人もいます。 いわゆる 無害な俺 を装う男性です。 男性性、というより自らの性欲を表に出さない人畜無害な男性、無性愛者で女性の気持ちが分かる女性の味方のフリをして女性に近づく男性で、口ぶりとは裏腹に人並み以上に自分を男性だと思っています。 目的は ナンパ や女性との性行為であり、ある意味で加害性の極めて強い男性性や性欲の権化のような人たちでしょう。

ジェンダー論の高まりとともに、意味や受け取られ方も変化が

 2010年代あたりから、いわゆる性の多様性やジェンダー論などが盛んになり、肉体的には女性だけれど性自認は男性あるいは肉体的には男性で性自認は女性といった人たちが注目を集めます。 生物学的女性とか女といった云い回しもジェンダーの文脈で広く使われるようになり、それに伴って腐女子用語的な 「生物学上は女」 はちょっと使いづらくなっているかも知れません。

 とはいえ生物学的な性差 (sex) と文化的な性差 (gender) とを明確に分けて考えるという点では、本人あるいは社会的な深刻度や重要度は比べ物にならないかもしれませんが、本質的にはさほどの違いはないでしょう。 思春期や若者の時代は、誰だって多かれ少なかれ、自分の性や自分の存在について戸惑い、思い悩むものだからです。 若い頃にそれが解決できないと、その後の人生でも辛い思いをすることもあります。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2007年10月2日)
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