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夏の絵を描くなら、やっぱりこれしかないでしょ 「水着」

 「水着」(Swimwear) とは、海水浴や河川・プールでの水泳や遊泳、水遊びなどを行う際に用いる、水に入ったり水に濡れることを前提とした専用衣服の事です。 日本においては海に囲まれた島国で河川も多い上に、義務教育で体育のカリキュラムに水泳が入っていることもあり、誰でも一度は身に着けたことがある運動着の位置づけとなっています。 主な用途は恥部の 露出 を防ぐことと性器の固定ですが、競泳用のものは水の抵抗を抑える効果を持つものもあります。

 種類はたくさんあり、男女の性別で分けたもの、教育やスポーツやレジャー用のものや主に水産業者向けの産業用のもの (海女さんの磯着や職業ダイバーの潜水具などが有名)、および軍事用のものなどがあり、一般の日本人がなじみ深いのは学校で制式採用されている スクール水着 とレジャー用のものでしょうか。 とくに前者は学校を舞台としたマンガアニメゲーム が多い中、同人 の世界でも最もよく見かけたり描かれるものと云えるでしょう。 夏を テーマ にした 季節絵定番 モチーフ でもあります。

 形状については男性用はもっぱらパンツのみ、女性用はパンツとトップス (ブラジャー) 部分の2つに別れたセパレートタイプ (主に ビキニ) と身体部分全体を覆う ワンピースタイプ のものがそのほとんどを占めます。 いずれも西洋スタイルのもので、これらが欧米で専用の水着として確立したのも、それが日本で普及したのも、比較的最近のこととなっています。

 なお手や足を含む全身を覆うタイプのものは水着の他にウエットスーツと呼びます。 代表的なものは潜水 (アクアラング/ スクーバダイビング) で用いるダイバースーツ (ドライタイプとウェットタイプがあります) やサーフィンなどで用いるものでしょう。 身体を覆って体温を適切に保ったり、外傷から肌を守る効果があります。 また夏場の紫外線避けに用いるものにラッシュガードがあります。 こちらは紫外線対策だけでなく、裸体の露出を減らす効果もあります。 この他、女性の肌や頭 () の露出を禁じる女性イスラム教徒のためのブルキニ (ムスリム水着) などもあります。 また日本にはありませんが、欧米の一部には 全裸 での海水浴を楽しむ場もあります。 これはヌーディストビーチと呼ばれます。

日本における海水浴 (潮湯治) と海水浴着

 西洋風の水着が広まる前の日本においては、男性はふんどし、女性は長襦袢に腰巻といった下着や肌着を用いるか、裸での遊泳がほとんどでした。 そもそもそれ以前に、海や河川で娯楽や競技として水に入るといった習慣がありませんでした。 基本は沐浴や行水代わりの水浴びや魚や貝などの海産物を採ったりするための作業着みたいな扱いで、例外的に夏場の避暑としての水遊びや海水を利用した傷や の治癒を目的とした治療法としての海水浴 (潮湯治/ 汐湯治/ 塩湯治/ 潮浴) がある程度でした。

 なお潮湯治については、鎌倉時代に成立した吾妻鏡に源実朝が傷の治癒のために鎌倉の海に入ったとの記述があります。 また鎌倉時代初期に方丈記で知られる鴨長明が現在の愛知県常滑市の大野海岸を訪れ、「大野のゆあみ日数かさねむ」(大野の潮湯治に来てつい長逗留してしまった) と詠って、この時代にはすでに海に入って心身を癒す行為が庶民の間にも文化として広がっていたことがうかがえます。 ちなみにこの大野海岸 (大野海水浴場) は世界最古の海水浴場とも呼ばれ、美しい砂浜や鈴鹿山脈に沈む夕日、美味しい海の幸などなど、地域屈指の観光地としても知られています。 この医療行為としての海水浴は日本以外でも行われており、欧米では17世紀のヨーロッパにその原型を見て取れます。 これらは現代のタラソテラピー (海洋療法) の始祖とする意見もあります。

 その後幕末から明治維新にかけて、主に海軍を整備する流れの中で、軍事教練や肉体鍛錬の一環として水泳や遠泳が行われるようになります。 これらは村上海賊に代表される水軍の戦術や教えも含まれたものでしたが、西洋式 (主にイギリス式) の海軍制度を取り入れる中、それに伴い西洋式の水着も取り入れられます。 しかしごく一部の士官やその候補生などはともかく、一般の水兵らを中心にそのほとんどは相変わらずふんどし一丁といった状況でした。

 1874年 (明治7年) に医師の緒方惟準、村瀬譲が海水浴の医療効果を発表、1885年 (明治18年) には初代陸軍軍医総監の松本順により、神奈川県中郡大磯町に大磯海水浴場が作られます。 現在でも夏になると海水浴客によって賑わう日本初の 公式 な海水浴場であり、この頃には男性は白いパンツ、女性は白いワンピースやツーピースタイプの海水浴着が用いられていたようです。 とはいえ女性用の海水浴着は身体部分はもちろん腕や太ももまで覆う服のようなスタイルで、ボトムスがロングスカート状のものや ブルマー のようなものもありました。

 開設からしばらく経った頃の同海水浴場を描いた錦絵や撮影された写真には、縞模様のある水着も現れます。 この水着はシマウマ水着と呼ばれ、大正時代に海水浴ブームとともに流行したスタイルだったようです。 日本の女性ファッション史を語るうえで外せないものとして有名ですが、こちらもワンピースタイプ・ツーピースなど様々な形があります。 その後は袖部分がなくなって腕が完全に露出するタイプ、お腹の部分が露出するタイプなど、徐々に露出する 肌の面積 が増えていきます。

戦後、全国の学校にプールが整備され、水着が日常のものに

 こうした傾向はその後も進みますが、昭和 に入り戦争、そして敗戦と歴史が動く中で、レジャーとしての海水浴や華やかな女性水着の文化は停滞します。 戦後となり復興が少しずつ進む中、海水浴や水着は主に学校体育の場で普及します。 近隣に海がある学校は夏場の体育授業に水泳が取り入れられ、そうでない学校も臨海学校といった学校行事で行われるようになります。 そんな中、1955年7月28日に三重県津市で橋北中学校水難事件が発生します。 同校の女子生徒36人が、近隣の中河原海岸 (文化村海岸) で水泳の訓練中に溺死した痛ましい事故であり、これをきっかけとして全国で学校プールの整備が急ピッチで実施されるなど、大きな影響を与えました。

 日本のように公立・私立問わず学校に当たり前のようにプールがある国は珍しく、国民の多くが水泳をした経験があり、かつ泳げるという国も珍しいようです。 単に泳げるかどうかといった競技性の他に、身体を合理的に鍛錬するのに最適だということもあり、小学生から高校あたりまでの夏場の体育では積極的に採用される状態がその後も続いています。 実際に自分が子供のころは、とくに中学や高校あたりだと疲れるし面倒くさい授業の代表みたいな扱いでしたが、今にして思うと結構貴重な時間だったなと思ったりもします。 水泳と給食が連続で来た後の睡魔が懐かしいです。

 日本では夏場のレジャーとして海水浴は人気であり、また経済発展に伴い主に女性向け水着ではファッショナブルなものが広く普及します。 なかでも1946年7月5日にパリで発表されたビキニ水着が1960年代あたりになって本格的に日本でも広がり、1970年代にはテレビでアイドル水泳大会といった番組も盛んに放映されるようになり、現在に続く 「夏の風景」 が形作られたといって良いでしょう。 ビキニ普及後の水着にあれこれは、ビキニ項目にも詳細があります。 合わせてお読みいただければと思います。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2008年4月10日/ 項目を再構成しました)
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