明るく軽く優しい上に、痴漢避けにもなる 「茶髪」
「茶髪」 とは、髪の毛 の 色 を茶色にすること、あるいは茶色い 髪色 のことです。 言葉自体は昔からありますし、生まれつき茶色っぽい毛髪色の人もいますが、自毛色の場合は美称として馬の毛色のそれにならって 栗毛 などと呼ばれ (他に鹿毛とかも)、後に登場して今や若い女性の当たり前となったブリーチや染髪による茶髪とは ニュアンス がだいぶ異なります。
一般的には 黒髪 と対比される言葉であり、金髪 や 銀髪 ともども、少なくとも日本においては自然にはない作為的・人工的なもの、変色などによる健康的ではないもの、日本やアジア以外の欧米人などに特有の髪色、さらには黒髪を美しいものとする価値観の中で、それに及ばないものといったイメージが、比較的最近まで強いものでした。
実際は髪の毛の色などは個人差があり、生来のものもあれば 日焼け や潮焼けなど後天的理由でかなり明るい茶色となっている人もいます。 しかしこの 「黒以外は作為的・人工的」「不健康的」 というイメージは強く、それがもっぱら見た目を気にする派手・華美なもの、目立つためのものとの認識がされがちで、1990年代中頃くらいまでは、「不良やヤンキーがするもの」「芸能人や水商売やそれに近い女性がするもの」 のような ネガティブ なイメージが非常に強いものでした。 とくに金髪 (パツキン/ マッキンキン) や メッシュ (髪の一部の色を変える) は、中学生あたりのやんちゃな不良の 定番 みたいな感じでしたね。
一般に黒髪を茶髪にするにはブリーチ (脱色) やヘア・ダイ・ヘアカラー・ヘアマニキュアなどを用いますが、ひと昔前まではいかにも大人向けのヘアケア商品や美容サービス、あるいは 白髪 対策の側面が強かったものです。 価格も高価だったため、中学生などの不良やヤンキーらはオキシドールやシンナーで脱色していました。 当然髪には強い負担がかかり、その ダメージ によって髪全体にツヤもなく毛先はボロボロになるし、脱色ムラがあったり伸びてきた部分が黒いままでツートンになるなど、おしゃれとは縁遠いものでした (とはいえ、こういうちょっと汚らしい部分を含めてヤンキーっぽい魅力があるのは否定しません)。
ちなみに 筆者 の髪は細くて比較的明るい黒だったためよく脱色を疑われ (ロン毛だったせいもある)、公立中学で荒れ気味だったこともあり、学校の生活指導でよく注意されました。 パーマと癖毛 (天然パーマ) もそうですが、地毛であるのを生徒自ら証明しなくてはならず、脱色や染髪をしていたりその疑いを晴らせない場合、髪の一部をカットされたり (で、カットした髪の毛をビニール袋に入れて見せしめみたいに廊下に掲出したり) 黒髪に染めるよう指導されたり罰を受けるなど、いくら 昭和 とはいえけっこうドギツくて エグい 指導がされていましたね。 生まれつきのものなのに 人権 どこいった、多様性以前の問題だろみたいな。 まぁこのあたりは現代でも一部の学校ではそのまんまなのでしょうが。
こうした指導は学校や教師側の支配欲や統制のためというよりは、口うるさい近隣住民の 「お前の学校はどういう指導をしているんだ」 との苦情が原因とはよく聞く話ですが、服装の乱れは心の乱れみたいな意見は根強いんでしょうね。 自由にし過ぎるとハメを外す生徒も出てくるし、このあたりはバランスが難しいのでしょう。
「アムラー」 登場と 「ギャル文化」 そして 「マツキヨ」
茶髪を巡る状況が大きく変わったのは1995年前後、人気歌手 安室奈美恵さんのファッションを真似た、いわゆる 「アムラー」 と呼ばれる女性たちの登場と、安室さん風ファッションスタイルの大流行でした。 女子大生や社会人なりたての若い女性らが影響を受け、後の ギャル などにもつながる大きなブームでしたが、小顔で細眉に濃い目の化粧、日焼け肌に ミニスカート や ホットパンツ、厚底ブーツといったトロピカルで都会的な明るく活動的なファッションに、明るい軽やかな茶色の髪はよく映えました。
その後このブームは若い女性向けの雑誌などを通じて女子高生ら低年齢層にも広がり、それ以前から広まっていたゆるくて 抜け感 のあるちょっとルーズな 制服 の着崩し、スカートの巻き上げや落とし履き、ルーズソックス やゆるいニットの着用など、こうした 属性 を持つ女性のみならず、その他の伝統的な女性のファッション全体をも巻き込んで広く影響を与える存在でした。
この頃、それまではいかにも大人の女性やお年寄り向けだった市販のブリーチ剤などもその一部が若者向けのパッケージに次々とリニューアルされ (これ以前は青少年の頭髪や服装の乱れを助長するとして、かなり 自主規制 気味に抑えたパッケージで市販されていました)、さらに伝統的に白髪染めを販売していたメーカー以外からも安価なものが販売され出回るようになり、若者が手に取りやすくなります。
さらにもう一つの大きな要素として、安売りドラッグストアのマツモトキヨシが1996年に大々的なテレビコマーシャルを行って知名度を上げ、その少し前から渋谷などで展開 (1991年) していたマツキヨブランドの向上と 「年頃の女の子が集う場としてのドラッグストア人気」 の確立があります (その後はさらに、1990年代に急拡大したドン・キホーテなどの長時間営業の激安ショップ、ダイソーなどの100円ショップも存在感を大きくします)。 これらが相乗しブリーチが安価で身近な存在となったことで、一気に茶髪が大ブームとなります。
女性からはおおむね好意的に迎えられた茶髪ブームですが、一方の男性側からの反応は今一つで、黒髪派と茶髪派の争いなども生じていました。 黒髪派は茶髪を 「うんこ色」「うんこヘア」 などと呼んで腐していました。 しかしギャルブームによって茶髪どころか金髪やそれ以外の色も都市部では当たり前みたいな状況となると (実際はいうほど多くはなかったのですが、その後の浜崎あゆみさん人気からの白ギャルを含め、メディアを通じて大流行みたいなイメージになってました)、それらに比べて茶髪はまだ保守的な常識の範囲内とも云え、徐々に茶髪派が勢いを増します。 とりわけ可愛らしい茶髪の女の子は 「茶髪姫」 などと呼ばれ、黒髪で清純な感じが好きそうな おたく の間でも、徐々に支持を集めるようになります。
ほぼ同じ頃の特筆すべき存在に、アムラー登場より以前に茶髪・褐色 の日焼け肌で一世を風靡した飯島愛さんの存在があります。 当初は黒髪ロングの清楚路線でAVデビューした飯島さんでしたが、すぐに暗めの茶髪ロングと褐色肌にイメチェン。 1992年2月からテレビ東京系の深夜番組 「ギルガメッシュないと」 にレギュラー出演するようになると健康的なお色気で大人気に。 スカートをめくってTバック下着を見せるお色気演出から 「Tバックの女王」 とも呼ばれ、おたく人気を受けてか 「まんがの森」 のテレビCMにもセーラームーン風衣装と ツインテール で起用 (ただし黒っぽい茶髪) されています。 個人的におたく層への茶髪・ギャル人気に与えた影響でもっとも大きいもののひとつがこの飯島愛さんの存在でしょう。
女子の切実な問題としての、茶髪の 「痴漢避け」
明るくて活発なイメージのある茶髪は、それ以外の意外な効果もありました。 それは 痴漢 を遠ざけ被害を未然に防ぐ効果です。 一般に痴漢は10代から20代までのおとなしくて騒いだりしなさそうな 地味 な女性、無抵抗 になりそうな女性を狙いがちですから、茶髪はそれを防いでくれる副次的効果を見込めるのですね。 年頃の女性なら一度ならず何度かは痴漢被害を受けたり身近に話を聞いたりもするものなので、口コミや女性誌で 「茶髪にすると痴漢が逃げていく」 という話は広がり、生活指導の先生を説得することはできなくても、頭の固い親を説得する理由になったとはわりと身近では聞く話です。
2000年代以降となると茶髪から不良やヤンキー、夜の職業といったイメージはほぼなくなり、女性のおしゃれやファッションのひとつとしてすっかり定着しますが、その反動として黒髪ブームが起こったり、アムラーやギャル文化も形を少しずつ変えて定着するなど、女性ファッションの多様性に寄与した功績は極めて大きいでしょう。 2000年代以降を知る今となっては、1980年代の街の写真などを見ると通行人はものの見事に黒髪ばかりで、それはそれで古き良き時代を感じつつも、逆に違和感を覚えたりもします。
ちなみに就活や新卒の入社が行われる時期には、1990年代後半の就職難の時代を経て、無難ないわゆるリクルートファッション (黒髪を後ろで束ねたり黒髪の おかっぱ に黒づくめのリクスー (リクルートスーツ) を着用した画一的・量産型 な姿) が街に溢れますが、夏になると一転して長期休暇を利用した色とりどりの髪色とギャル風ファッションが街にあふれます。 筆者は自分が住んでいる東京やその周辺のことしか肌感覚ではわかりませんが、春先に地方へ 遠征 しても 動画サイト で街角のライブカメラを見てみてもだいたい同じ感じですし、それぞれの地元民に聞いてもおおむね日本の大都市では共通する傾向のようです。 この変化の大きさは、ちょっと他の国ではないのではないかと思ったりもします。
これは季節に合わせた実用性に基づく衣替えの変化ではなく、ファッションに対する目的や考え方や姿勢それ自体がある世代に集中して現れる全く異なる変化であり、必要に迫られてのものとは云え、日々のあれこれがファッションに出てくるのは面白いなと思って見ています。 筆者はおしゃれ心がないので自分の人生や生活がファッションに反映することはほとんどないので (だいたいいつも同じ格好をしている w)、より一層そう思います。 まぁ好き好んでリクルートファッションを身にまとう女性は少ないのでしょうけれど。