ありふれた性犯罪だけに、創作物でも興奮したり不快感を覚えたり 「痴漢」
「痴漢」 とは、主に男性が同意を得ることなく女性に対して身体に触れるなど、性的行為を強要することです。 朝の通勤通学ラッシュ時の満員電車の車内など、自然と身体が近づく場でのそれが注目されますが (実際に被害が多い)、それ以外にもしつこい ナンパ や付きまといなどで体に触れるなども痴漢行為となります。
痴漢は、実際に行った行為の種類や悪質さによって、迷惑行為防止条例違反とされるものと強制わいせつ罪とされるものの大きく2種類があります。 ごく大雑把に云えば前者は卑猥な行為とされるものが対象で、暴行にまでは至らないものであり、例えば服の上からお尻や胸、その他の身体を触るなどが該当します。 一方の後者は暴行や脅迫を含むものとされ、服の一部を無理やり脱がしたり下着の中に手を入れる、嫌がる相手に 「おとなしくしないと殺すぞ」 などと脅すものなどが該当します。 刑事罰は前者が長らく罰金刑であったものの、近年は厳罰化が進み6ヶ月以下の懲役 (常習犯は1年未満) となり、後者の強制わいせつは6ヶ月以上10年以下の懲役とかなりの厳罰となっています (その後不同意わいせつ罪も新設されています)。
一説には女性の多くが一度は経験し、あるいは繰り返される不快で忌まわしいものとされ、痴漢に狙われたら女性側から被害を防いだり予防する手段はほぼなく、検挙率も極めて低いのが特徴です (東京都の2023年調査では女性45%、男性9%が、2024年の全国を対象とした内閣府男女共同参画局の調査では女性で13.6%、男性で3.6%が被害を受けたとのデータが出ています)。
性犯罪全体の多くを占めるほど 「ありふれた犯罪」 でありながら、対策はまったく不十分だと云えます。 被害が表面化しにくいのは、被害者が性被害に遭ったことを恥じる感情を持ったり、ショックや恐怖のあまり固まってしまって 無抵抗 になる、混乱して自分に非があると思い込んだり勘違いだと思い込もうとする、あるいは痴漢側がおとなしくて気が弱そうな女性を狙う、女性側が被害を訴えにくいタイミング (例えば入学試験日の朝とか) を狙うなど、それなりの打算の元に行われる卑劣な犯罪だからでしょう。
また被害を受けた側に深刻な精神的 ダメージ を与えながら、加害者である痴漢側はある種の 病的 な思い込みで 「誘惑された」「嫌がらなかった」「喜んでいた」 などと歪んだ 認知 でしばしば罪悪感すら覚えず、被害・加害感情の釣り合いがあまりにない点も特徴でしょう。 こうした歪みは性犯罪全般に見られることですし、性欲というより加害欲や支配欲によるものとの知見もあり、こうした感覚がわからない痴漢などしない善良な男性であっても 「ちょっと尻を触られたくらいで」 と被害を軽く見がちな部分もあります。 その結果、被害者は二重三重に傷つけられるケースもあります。
とくに 「そんな派手な服を着てるから軽い女だと思われてそんな目にあうのだ」 などは、配慮がないばかりか事実誤認もあって最悪のセリフでしょう。 痴漢が狙うのは 地味 で目立たず騒いだりしなさそうな女性が中心で、逆に派手めな服にしたり 茶髪 にしたら痴漢されなくなったと云う女性も少なくありません。 痴漢被害者が仮に派手な服を着ていたとしても、それはその人が勇気をもって痴漢だと声を上げることができたから行為が認知・可視化されただけなのであり、その陰に声を上げることすらできない女性が大勢いて泣き寝入りしていることへの想像力が欠けています。
とはいえ、いざ検挙されたら加害者たる男性の側にも人生が変わるほどの社会的制裁が待っている行為でもあり、それ自体は自業自得とはいえ、被害者はもちろん関わる人間全てが 不幸 になる、男女の分断も広げてしまう、この世から一刻も早く消えて欲しいものの代表でしょう。
なお被害者の身体に精液などの体液をかけるなどは一般的には痴漢の一種や性犯罪だと思われがちですが、相手の身体、とくに性器などに直接触れているわけではないので、わいせつ行為には当たらないものとされ、従って痴漢にもならずに、器物破損 (着衣を汚損した) や暴行罪に留まることが多いでしょう。
痴漢が狙うのは、こんな場所でこんな人が、こんな時間に
痴漢 (迷惑防止条例違反) の発生場所および年齢別被害状況は次の通りです。
痴漢(迷惑防止条例違反)の発生場所および年齢別被害状況(警視庁 都内における性犯罪(強制性交等・強制わいせつ・痴漢)の発生状況(平成29年中)より制作) |
痴漢の発生場所は多くの人がそう思うように、電車内が全体の半数を占める状況です。 駅構内も20%あり、合わせると71.3%が車内や駅、その周辺で生じています。 とくに凶悪な強制わいせつの場合は路上や公園などがその多くを占めますが (31.4%)、電車内も依然15.5%を占めています。 また被害年齢層は10代から20代までで8割近くにも達します。 一般に痴漢被害者でイメージされる通学中の女子中高生の割合が低く感じられますが、これは単に、被害に怯えて声を上げることができずに事件化もされず、可視化されていないだけなのでしょう。 泣き寝入りによる暗数がどのくらいあるのかは不明です。
同じ統計で時間別検挙状況では朝6時から7時にかけて検挙数が急上昇し、8時台がピークとなっています。 すなわち、電車内で20歳前後の若い女性が朝の通学通勤時間帯に被害に遭っているというのが、データ上からもはっきりと読み取ることができます (いずれも警視庁による平成29年中調査)。
なお都内の同年度中の痴漢発生件数 (認知数) は約 1,750件で、毎年そのくらいの件数で推移しています。 全国では毎年 4,000件超程度となっています。 東京の発生件数が突出して多く、また都市部に発生が集中しがちで地方との単純な人口比より多くなっているのは、満員電車による混雑した車内状況の有無が影響しているのでしょう。 前述した痴漢被害の調査でも、全国では男女合わせておよそ10%程度の痴漢被害率なのに対し、東京都は4割にも達しているのは、こうした事情もあります。
同種再犯率が高く、冤罪も生み出す
一般に性犯罪の多くに常習性があり、あるいは検挙後の再犯率の高さが指摘されますが、実際は性犯罪者の再犯率は他の犯罪に比べさほど高くありません。 性犯罪で服役した後 (出所受刑者) にその他の犯罪を犯すことはあっても、同じような性犯罪を繰り返す例 (同種再犯率) はそれほどではないのですね (法務総合研究所の調査によると全ての犯罪における全再犯率は20.7%で、うち性犯罪の同種再犯率は13.9%)。
ただし痴漢および 盗撮 の再犯率は高いとされ (痴漢の場合、統計によって違いはあるものの、3割から5割程度もある)、ある種の依存症的な問題もあるとされます。 適切な予防措置と確実な検挙、被害者の精神的なケアが必要なのはもちろん、検挙後の加害者に対する効果的な再犯防止のための取り組みが期待されるといって良いでしょう。
痴漢が問題となる中で、一方で痴漢冤罪といった問題も近年は注目されるようになっています。 痴漢で検挙されると (それどころか疑われるだけでも) 社会的生命が終わる レベル の大きなダメージを男性は受けてしまいますし、それを恐れて例え無実であっても女性側の言い分を丸飲みして罪を認め示談するしかない状況に追い込まれるケースも可視化されてきています。 当たり前の話ですが痴漢をするような男性は全体のごくごく一部であり、そのような人の犯罪のせいで多くのまともな男性が冤罪で人生を狂わされたり肩身の狭い思いをするのもおかしな話です。
実際問題、女性が痴漢だと主張するとその言い分はほぼ丸ごと通り、男性の抗弁は完全に無視されるケースが多く、また冤罪だとして男性側が裁判で争ったケースでは、事件直後に聴取した被害女性の調書や DNA鑑定・繊維片の微物鑑定の結果の提出を求めても警察や検察が紛失した、保存義務期間中にうっかり廃棄したなどあり得ない対応が多く、さらにそれでも裁判所が有罪だと決めつけるなど、疑わしきは罰するどころではない無茶苦茶な状況になっています。
近年では痴漢の発生が多いとされる電車やバスの車内などにも防犯カメラの設置が叫ばれたり、朝夕のラッシュ時に女性専用車両が設けられるようになっていますが、痴漢を防ぐためにも冤罪を防ぐためにも、実効力のある施策が求められていると云えます。 痴漢が起こりやすい満員乗車を防いだり緩和するためには、それこそ都市計画や就労習慣の切り替え、法令の整備など社会全体の取り組みが必要でそう簡単ではありませんが、次善の策としての監視カメラ設置などは急務だと思いますし、そのために運賃が上がったとしても、それに異を唱える人は少ないのではないかと思います。
というか鉄道会社は 「痴漢は犯罪です」 みたいな無意味な啓蒙 ポスター の掲示で何かやっているフリをするのではなく、いい加減にもう少し実効力のあるマシな対策をして欲しいものです。 また被害に遭っている女性がいたらすぐに声を掛けるなど、周囲の乗客らによる協力も不可欠でしょう。 さすがにそれだと分かった上で無関心を決め込むような人は多くはないとは思いますし、そう思いたいですし、逆に女性側の声だけで誰かを犯人だと決めつけるのも乱暴なので冷静な対応が必要ではありますけれど。
日本と海外との痴漢にまつわるあれこれ
日本は痴漢が多い、あるいは日本特有の犯罪だという意見もあります。 日本語がそのまま英語化した 「Chikan」 という言葉も広がっています。 しかしこれは、そもそも日本以外の国では先進国であっても男性が女性の身体に数秒間触れるといった行為が性犯罪だと見なされない場合も多く (日本では聞きなれない軽性犯罪の扱いが、悪質なものでされるかされないか程度)、そもそも痴漢という カテゴリ での分類がされていない国も少なくないという部分もあります。 ただし先進国の都市部では日本同様の痴漢行為は頻発しているとされ、欧米でも公共交通機関を使う女性の半数以上が車内やその周辺で何らかの性的嫌がらせを受けたと調査で回答しています。
性的嫌がらせに対する 概念 や文化を含めた社会情勢自体が著しく異なるため比べられませんが、より凶悪な性犯罪である強姦が人口比で日本の何十倍 (アメリカやイギリスで27倍とかスウェーデンで63倍とかそういうレベルです) も発生している国で、日本の痴漢同様の行為が日本より少ないというのは考えにくく、単に警察による取り締まりが不十分で検挙数も上がらず可視化されていないだけなのでしょう。 むしろ軽く手が触れたといった行為でもしっかりと犯罪として対応しているという状態こそが、日本が比較的安全性が高いとの証明と云っても良い状況ではないでしょうか。
女子高生や若い女性が一人で ミニスカート を履いて暗くなっても自由に出歩ける国など、先進国・途上国含めて世界にどれだけあるのでしょうか。 電車内や公共の場でうとうとと居眠りできるような国も欧米には見当たりません。 高校生どころか大学生になっても女性がろくにスカートすら履けず、うっかり居眠りもできないような 治安 の国と日本とを比べてもどうしようもありませんし、そのような国が行っている施策をありがたがって日本に導入しようとするなどは本末転倒です。
性犯罪も痴漢も憎むべき犯罪ですが、冤罪も人の人生を破壊する、間違いだったでは許されないものです。 過去の事例 (町田事件) では、電車内で服の上からお尻に触れたとの理由で痴漢として逮捕された男性が無罪を主張して裁判で争い、有罪だとして懲役1年6ヶ月 (求刑3年) の実刑判決を受けて収監されています (1年4ヶ月服役)。 裁判では証拠となる微物検査結果の提出を求めましたが不見当 (紛失) だとして検察側が拒み、女性や目撃者の証言も辻褄が合わないものでしたが長谷川憲一裁判長は 「迫真性を持っている」 として全面的に認め、男性側の主張を裏付ける状況再現の実証実験結果もその全てが退けられています。
これは冤罪の疑いが極めて強い事件だと云われていますが、裁判せずにその場で罪を認めれば前科はつくものの科料5万円と女性への示談金で済んだとも云われ、行為とそれに対する刑罰のバランスが取れているのかははなはだ疑問です。 認否や謝罪・反省の有無が量刑に影響するのはわかりますが、冤罪であれば罪を認めないのは当然で、謝罪や反省がないと判断されるいわれもありません。 この男性は長期間の拘留を経てその後も長期に渡って裁判を行い、1,000万円もの費用を費やした上で懲役刑に処され、仕事も失って本人はもちろん家族の人生も大きく歪められてしまっています。
なお最高裁の上告棄却で罪が確定していますが、これを行った古田祐紀裁判官は、袴田事件 (再審請求棄却) や高知白バイ衝突死事件 (上告棄却) など冤罪の疑いが極めて強いいくつもの事件に関わった裁判官です。 物的証拠がなく被害女性のつじつまの合わない供述のみで被疑者が逮捕起訴された千葉市中央区強姦事件の逆転無罪判決 (2011年) の際も、4人の裁判官のうち1人だけ有罪だと反対意見を述べています。 これも被疑者にとって 不運 だったと云えるでしょう。
近年ではメディアで痴漢報道があると、それとセットのようにネットでは冤罪の話題が触れられるようになっています。 「冤罪の話の前に痴漢やその被害者の苦痛を思うべき」 との論もありますが、痴漢行為は憎むべき犯罪だという自明の前提の上で、男性にとっては人生を失いかねない身近な恐怖である点にも理解が必要でしょう。 例えば同じ性的な犯罪でも、盗撮においては男性側から冤罪の可能性が声高に主張されたり、逮捕された被疑者を擁護するような意見はほとんど出ません。 盗撮であれば仮に疑われたとしても、身の潔白を証明する物的な証拠 (スマートフォンなりの画像フォルダ) が明示でき、冤罪の恐れが少ないと判断されているからでしょう。
創作物における痴漢
男性向けの 18禁・成人向け 創作物においては、痴漢行為の描写はとてもありふれた シチュエーション のひとつです。 被害者となる女性視点で描かれるケースが多く、日常的な舞台でありながら非日常的で背徳的な性描写に対する 需要 は大きいと云えます。
またほとんどの場合で、現実の痴漢ではまずあり得ない、電車内での挿入や複数人での 輪姦、さらにはそれを女性側も、最初こそは嫌がりながらも途中から快感に見悶え 「おちんちんをください」 などと懇願して受け入れるなど、あくまで ファンタジー のような描き方をするケースが多いでしょう。 場合によっては自ら痴漢を誘って行為に及ばせたり、痴漢OK娘 として積極的に受け入れるような描写がされることもあります。
エロい作品では強姦 (凌辱・レイプ) や輪姦・乱交・性奴隷・獣姦などなど、ありとあらゆる性犯罪やモラルに反する性行為が描かれます。 痴漢描写はそれらより行為そのものは相対的に軽いものだとしても、ありふれた性犯罪であるがゆえに逆に強い忌避感や嫌悪感を覚えやすいものとも云え、割と苦手だとする 読者 も多いものです。 男性向けエロマンガなどは女性の作者や読者も結構いますが、「痴漢はなぁ…」 みたいな人もそこそこいるとはよく聞く話です。 自身や友人知人の不快な体験の延長線上にあり、状況が容易に想像できたり実感が伴うから、あるいは作中の女性の心理描写が現実とあまりに乖離していることへの違和感からなのかも知れません。
一方でそれゆえに興奮するという人もいますし、痴漢ものというカテゴリや様式に落とし込むことで、余計な段取りを経ることなくいきなり性行為の描写ができるなど、作者・読者ともにメリットもあるため、それなりに人気のある ジャンル の一つとは云えるかもしれません (ただまぁ、思ったよりは多くないんですよね、生粋の痴漢ものって)。
ちなみにある程度正確なユーザー属性が得られるカード決済中心の有料アダルトサイト (AVやエロ同人) の検索履歴や購入履歴のランキングを見ると、男性ユーザーより女性ユーザーの方が痴漢ものを好む傾向があるようです。 このあたりは、犯罪がどうしたとか道徳的にどうだとかとはまた異なるベクトルの、人間の業の深さを感じる部分でもあります。 不倫や 寝取られ、あるいはその他の犯罪や戦争ものなどもそうですが、現実に自分が巻き込まれるのはまっぴら御免だけれども、創作物として楽しみたいという欲求は持っている人が多いのでしょう。
痴漢と痴女と、逆痴漢
一般に痴漢の対義語は、加害者が女性となる 痴女 となりますが、単純に男女を入れ替えただけといった意味で使われるケースは稀で、概念はかなり異なったものとなります。 例えば電車内で女性が男性の身体を触ると云った場合は、痴女よりは逆痴漢みたいな呼び方の方が多いかもしれません。
理由としては、女性による男性への性犯罪や性加害がイメージしにくくそのための言葉がわざわざ用意され広まってもこなかったこと、逆の場合に比べ行為のバリエーションや事例に乏しいため適切な ミラーリング がしにくく、何でもかんでも痴女と云う言葉に詰め込まれてしまい、分かりにくくなるという部分はあります。 その結果、特定の行為を表現する場合は男性が行う行為に 「逆」 をつけて表現する方が分かりやすいのでしょう。 これは逆ナン (女性がナンパする)、や逆セクハラ (女性からのセクハラ)、逆レイプ (女性が無理やり男性を犯す) などと同様です。
ただし逆ストーカーとか逆DV などのように、初期のころは女性から男性への加害状況が可視化されず、前述したような理由から一部で俗語として使われてはいたものの、男女平等の 意識が高まる 中で男性側被害も見えてきたことにより、その後は使われなくなったような言葉もあります。 現在ストーカーや DV といった言葉には、加害者側性別の ニュアンス はさほど含まれなくなったと云っても良いでしょう。
とくに DV (ドメスティック・バイオレンス) については、腕力に物を言わせ相手の身体に大きな傷を負わせるような暴行傷害こそ男性側加害が多いものの、軽微な暴力や極度の束縛、相手の心を傷つける暴言や経済的な束縛、相手の所有物を勝手に処分するといったモラルに反する行為などは女性が加害者となるケースも多く、とりわけ若年層においては男性を上回るとする調査結果などもあります。