吉野家の自爆マーケティング? 「生娘をシャブ漬け戦略」
「生娘をシャブ漬け戦略」 とは、田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子を無垢・生娘な内に牛丼中毒にするという牛丼チェーン大手、吉野家の経営戦略を批判し揶揄する中で流行した独特な言い回しです。
この言葉は、早稲田大学社会人教育事業室が 主催 し、社会人向けに同大日本橋キャンパスで開催した講座 「デジタル時代のマーケティング総合講座」 の初日に、講師として登壇した吉野家の役員 (常務取締役 企画本部長) が若い世代の顧客獲得と継続利用を促すマーケティング戦略を説明する中での発言から来ています。
女性蔑視・人権軽視の不適切発言だとして炎上
「デジタル時代のマーケティング 総合講座」 パンフレット |
同講座は、デジタル時代のマーケターとしての総合力養成を目的に開催されたものです。 学術界・実務界の第一線で活躍する講師陣から理論と実践力の双方を習得できるものとして案内されていました。
講師陣には早稲田大学をはじめとする著名大学の教授や一流企業の経営者・マーケティング担当者らが揃い、2022年4月16日から7月30日まで、3か月半・80時間にわたって講義やワークショップを行うというものでした。 募集人員は40人程度、受講費用は 38万5,000円でした。 その初日となる4月16日の 「PBL:デジタル時代のマーケティング計画策定」 で登壇したのが同役員でした。
役員は18歳から25歳までの若い女性を狙ったマーケティング施策の説明を 「不適切な言い回しで不愉快な思いをされた方がいたら申し訳ないんですが」 と前置きしながらも笑いながら 「生娘をシャブ漬け戦略」 と繰り返し何度も紹介し、「田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子を無垢・生娘な内に牛丼中毒にする」 と説明、続けて 「男に高い飯を奢って貰えるようになれば (牛丼など) 絶対に食べない」 などと発言。
その講義を受講した参加者は、このあんまりな発言に憤慨し、その日に自身の Facebook にて批判しつつ紹介。 「こんな発言をキャンパスで聞くなんて。コンプライアンスの意識がなさすぎる。引くを通り越して憤りと絶望を感じました」 とし、講義の後に 運営側 に強く抗議を行い、謝罪もあったようです。 しかしこの話題はすぐに ネット を通じて シェア・拡散 され、そのまま SNS で 炎上 の事態に。
2日後には吉野家・早大ともに謝罪文を公表
「当社役員の不適切発言についての お詫び」(吉野家/ 2022年4月18日) |
「(お詫び)講座内で起きた不適切 発言について」(早稲田大学/ 2022年 4月18日) |
4月18日には吉野家が 公式 に 「当社役員の不適切発言についてのお詫び」 と題する謝罪文を発表。 「不適切な発言をしたことで、講座受講者と主催者の皆様、吉野家をご愛用いただいているお客様に対して多大なるご迷惑とご不快な思いをさせたことに対し、深くお詫び申し上げます。 大変申し訳ございませんでした。」 とお詫びしています。
また同謝罪文では 「当該役員が講座内で用いた言葉・表現の選択は極めて不適切であり、人権・ジェンダー問題の観点からも到底許容できるものではありません」 とし、「当人も、発言内容および 皆様にご迷惑とご不快な思いをさせたことに深く反省し、主催者側へは講座開催翌日に書面にて反省の意と謝罪をお伝えし、改めて対面にて謝罪予定です」 と続けています。
なお pdf で出された謝罪文は pdf ファイルのプロパティ部分に当該常務の実名がローマ字で書かれており、常務取締役が社を代表した文書を書くのは別におかしくはないものの、「謝罪文を本人が直接書いているのか」「だったら当人も、じゃなく私もだろ」 と揶揄される状態となっています。
講座を主催した早稲田大学社会人教育事業室も同日、公式サイトにおいて 「(お詫び)講座内で起きた不適切発言について」 との声明を発表。 「登壇した講師の発言の一部に性差別・人権侵害にあたる不適切な発言がございました」「講座主催者として深くお詫び申し上げます」 とした上で、「コンプライアンス遵守に鑑み登壇する講師への事前の注意喚起を改めて徹底し、再発防止に努めて参ります」 と記しています。
これらの発表を受け大手メディアなども次々に報じるようになり、炎上はヒートアップ。 翌19日には同講座講師からの降板 (17日付)、吉野家役員の解任 (18日付) が早大・吉野家それぞれから発表されました 。 また吉野家は19日午前に都内で予定していた新商品 「親子丼」 発表会の中止を前日に決め、吉野家HD社長の報酬を3ヵ月30%減額に、役員を対象としたコンプライアンス研修の実施なども発表しています。 さらに同役員が社外取締役や顧問に就任していたアクセンチュアインタラクティブやオープンエイト、M-Force など全ての企業も辞任勧告を決議するなどし、同日付で退任や解任、契約解消をしたと発表されています。
一方、この講座を企画運営し、この役員を講師として起用し、現場にいてこの発言を問題視しなかった早稲田大学の教授や関係者は、受講者にお詫びしながらも 「お騒がせ識者の舌禍でこちらも迷惑した」 的な立場で何の処分もなく、批判的報道もほとんどありませんでした。 この問題を告発した受講者は 「早稲田大学+吉野家に失望」 と記し、その部分への批判や苦言も呈していたため、このことに違和感を覚える人もいます。
酒の席や仲間内の悪ノリで、多少露悪的な物言いをする場合はあるにせよ…
「吉野家常務“女性 薬物中毒なるような企画を” 趣旨の発言 謝罪」(NHK/ 2022年4月18日) |
【速報】吉野家 「生娘をシャブ漬けに戦略」 役員を解任 きょう午前発表「到底容認できない」 (FNNオンライン/ 2022年4月19日) |
日本マクドナルド創業者の藤田田さんの名言に 「人間は12歳までに食べてきたものを 一生 食べ続ける」 というのがあります。 これはこれで批判もありますが、好意的に捉える向きでは、子供の頃に食べた味は忘れないので子供客を取り込め、そして大切にしろという ポジティブ なマーケティングの代表的手法としてよく知られています。
これは鳥が孵化して最初に見たものを親だと 認知 する 「刷り込み効果」 のマーケティング応用などと同様に、初めて利用した顧客をリピーターに育て、継続利用を図るための初歩的なビジネス手法として今どきありふれた話です (似たようなものは、他の大手企業創業者の逸話や名言の類としていくらでもあります)。
一方、下世話な下ネタや 悪ノリ・不謹慎ネタが許されるような悪友と集う酒の席や エロ い作品などでは、ことさらに ゲスい 表現を行い 「○○なしでは生きていけない体にする」 みたいなブラックなジョークはわりと出たりもします。 露悪的 に何らかの依存状態を指して 「キメる」「○○中毒」「○○依存症」「麻薬」「ドラッグ」 みたいな言い回しを使う人だってネットではそれほど珍しくないでしょう。 まぁ 自虐 か他者への侮辱かでも ニュアンス がかなり変わりますけれど。
ことさらに汚い言葉を使い、共有するのは、同じような 属性 の人間が集まる中で、反応によって相手を推し量ったり、仲間意識や共犯関係を醸成・強化するための、ある程度普遍的な人間のふるまいでもあります。 例えば ネットスラング や 同人用語・おたく用語 にも部外者が聞いたらギョッとするようなひどい言い回しはいっぱいあります。 善悪はともかく、業界用語や仲間言葉・隠語とは、そういうものでしょう。 もちろん、それらの言葉のうちどれを使ってどれを使わないかの判断は個人の良識ですし、あまりにも時代に合わなくなった言葉の言い換えはするべきですが。 とくにシャブ漬けは、単に薬物がどうのといった話を超え、相手が女性の場合はしばしば性的搾取と地続きの言葉であるのも嫌悪を覚える理由でもあるのでしょう。
今回の件は確かに下劣極まりない表現ですが、別に法を犯したわけでも違法行為をそそのかすわけでもない単なる比喩表現であり、閉じられた場での発言で当日中に参加者全員への謝罪も行っており、これだけで部外者が人格ごと全否定し、仕事も何もかも失って当然だとするのは行き過ぎだとの話もあります。 言葉だけではなく行動も含めて判断すべきという意見だってあります。 筆者 も、この発言だけで 「人間の クズ だ」「差別者だ」「あらゆる役職から追放しろ」 とまで一方的に弾劾できるほど、自分の言動や人格・見識に自信を持てません。 当日受講し不快な思いをさせられた当事者であれば、また話は別でしょうけれど。
なお女性観や価値観が古臭いとか人を単純化・画一化したステレオタイプな見方だとの意見もありますが、どのような女性観や価値観を持っていても、それを元にした発言をしても、それは個人や企業の自由でしょう。 顧客の側にもお店を選ぶ自由がありますので、社会通念上支持されない考え方なら淘汰されるだけです。 また人を単純化しステレオタイプや型にはめたように見ているという部分については、全国チェーンの薄利多売ビジネスにおけるマーケティングの話となれば、潜在顧客を想定する中で人間をある程度大雑把に類型化して分析するしかないという部分はあります。
とはいえさすがに、このフレーズは負のインパクトがありすぎる
もちろんここまでひねりなしのドストレート、それも反社ばりのシャブ漬け比喩を茶化して笑いながら半ば公で部外者が大勢いる社会人講座でするのはさすがにドン引きの レベル であり、それをよりにもよって 「デジタル時代のマーケティング」 を テーマ に掲げた講座で上場企業の役員が社名を背負って得々と開陳するモラルや意識の低さについては批判されても仕方がない部分があります。
さすがに生娘をシャブ漬けみたいな云い方をする人は一般にはいませんが、一部のマーケターやコンサルなどはわりと使ってるようなイメージがありますし、「リピーター化戦略」 とか 「固定客化促進」 とか 「囲い込み戦略」「病みつき戦略」「重課金戦略」 くらいでは新規性もインパクトもないので、ありふれたマーケティング手法を何やら尖った新しいものに見せるために過激と云うか下品な言い回しにしている悪しき文化もあるのでしょう。
とりわけ 「田舎から出てきた生娘」「男に高い飯を奢って貰える」 といった地方出身者蔑視・女性蔑視の文脈が重なったくだりは、昨今の人権意識、ジェンダー意識からは程遠いものでしょう。 これは同じ早稲田大学公認のイベントサークルで上京したばかりの女子新入生に強い酒を飲ませて行われた大規模な連続 輪姦 事件 「スーパーフリー事件」(2003年) や、同役員が慶応義塾大学出身で様々なマーケティングセミナーを開催するなど派手な経歴の持ち主だったことから、2016年の慶應大学広告学研究会レイプ事件やミスター慶応レイプ事件さえも想起させるものでした。
また自社の主力商品を 「高いものが食べられるようになったら見向きもされない食べ物」 かのように表現したり麻薬に喩えたり、消費者は無知な方が良いといった考えが 透け て見える点も、古くからの吉牛 ファン に裏切りだと感じられ騒動が大きくなった部分はあるのでしょう。 後には常連の男性客に対しても 「家に居場所のない人が何度も来店する」 と述べていたと報じられています。
本人が笑いながら何度もこの表現を繰り返していたというのは 「ウケると思っている」「言い間違いや一過性の失言ではない」「日ごろからこうした表現を行っている」 のを連想させ、それを許している企業文化ともども、受講者だけでなく、ことの顛末を聞いただけの多くの人たちに忌避感や嫌悪感といった ネガティブ な感情を覚えさせるものだったのでしょう。 口は災いの元とはよく言ったものだと思います。
すっかりネット上の悪役扱いになってしまった吉野家
飲食店がらみの不祥事や炎上と云うと、アルバイト店員による悪ふざけ・いたずら 画像 や動画などの 投稿 が発端のバイトテロがあります。 吉野家関係では、2007年11月30日にニコニコ動画に投稿された不適切動画 【吉野家で】メガ牛丼に対抗して、テラ豚丼をやってみた【フリーダム】 を発端とした 「テラ豚丼炎上騒動」 がありました。 一方で吉野家の場合、末端のアルバイトではなく役員やマーケティング担当による炎上もたびたび起こっています。
例えばアメリカ産牛肉の狂牛病 (BSE) 騒動 (2003年) で輸入禁止による販売停止を経た2006年の輸入・販売再開時のメディア取材に対し、同社幹部が 「どうしても心配で食べたくないという人は食べなければいいのではないか」 と発言したことで消費者や ネット民 の間で物議を醸した事件があります。
コラボ企画 「魁!!吉野家塾」 特典 「オリジナル 名入り丼」 でも炎上し謝罪 (2022年3月24日) |
また作中で牛丼 (吉野屋) を盛り立て、アニメ では吉野家の名前や CMソングを ネタ にして応援していた人気 マンガ 「キン肉マン」 の 作者 ゆでたまごさんや連載していた少年ジャンプ側に対しての不義理 (作者に贈られた名入り丼にまつわる確執や、連載開始29周年記念 コラボ の拒絶など) による一時絶縁状態になった事件もあります。
さらに今回の騒動の直前となる3月23日には、「魁!!男塾」 とのコラボキャンペーン (魁!!吉野家塾) の特典である 「オリジナル名入り丼」 の事後の仕様変更と問い合わせたファンに対するお客様相談室の上から目線の恫喝対応がありました。 この時は謝罪文が 画像謝罪 だったこともあり、批判の声がさらに高まる結果となっていました。
元々ネットの世界では、安価で空腹を満たしてくれるファーストフード、とりわけボリュームもある牛丼チェーンは好意的に見られがちで、中でも吉野家は 掲示板 2ちゃんねる の 吉野家コピペ 流行の流れで好意的な お祭り が起こるなど、主に男性を中心に支持されていた企業でした。 CM の 「牛丼一筋80年」「やったねパパ、明日はホームランだ!」 もネタとして親しまれていて、1980年7月15日の会社更生法適用とその後の再建などもあり、「食べ支える根強いファン」 が多いチェーン店でもありました。
しかしこれら一連の炎上騒ぎを通じて、ネットではすっかり悪役のようなポジションになっています。 今回の 「生娘をシャブ漬け戦略炎上」 でも一部の 逆張り はあったもののさすがに擁護する声はほとんどなく、吉野家コピペのフレーズを使った 「もうね、アホかと。馬鹿かと。」 といったやや温かみ?のある批判や、麻薬成分入りのブラックカレー (包丁人味平に登場したカレー将軍 鼻田香作のカレー) に倣ったブラック牛丼やシャブ牛丼ネタなどはありましたが、おおむね厳しい見方が大勢でしょう。
2020年春からの新型コロナ感染症による飲食店への厳しい 環境 から少しずつ立ち直りつつある時期に、経営幹部でマーケティングの責任者が起こしたこの騒動による ダメージ は自爆マーケティングという他はなく、ここからのイメージ回復はかなり長い道のりとなりそうです。 一方で、問題が騒がれだした直後に謝罪と同役員の解任を行ったうえで、「本日以降、当社と同氏との契約関係は一切ございません。」 と明言した部分は、生え抜きの幹部ではなく外部招聘役員だから損切りが早いだけとの意見がありつつも、一定の姿勢を示したものとして好意的に受け取られているようです。
著名マーケターの口の悪さ・汚さの根本はどこにあるのか
ちなみに筆者は、下劣で不愉快だけれど単なる比喩であり、本人が自分の社会的評価と引き換えにどうしても表でこうした言葉を使いたければ 表現の自由 もあるしどうぞご自由にといった感じです。 マーケティングの主張自体はその後情報が出てきた部分もありますが、要するに吉野家で取りこぼしている若い女性を中心とした新規顧客開拓とリピーター育成というありふれたもので、感じ方によっては言葉の問題だけだと云えなくもありません。 しかし実際にこれほどの言葉を見てしまうと、それが当たり前のように出てくる人格や企業文化を疑いたくなる気持ちは分かりますし、少なくとも当分吉野家を利用しようとは思わないくらい負のインパクトがあります。
一方で、自分がその場に受講生として参加していて、場の空気に合わせて愛想笑いや沈黙をせずにちゃんと怒って抗議できるかは正直自信がありません。 主催者側にいて事前に講演内容を知っていたら、その表現はやめて欲しいとは伝えると思いますが。 こればかりは、毅然と批判の声を挙げた受講者の良識や勇気を賞賛すべきですし、それが当たり前の世の中になるべきでしょう。
著名なマーケターの中には無意味な逆張りとか過激な事も云えるキレイごとなしの本音アピールとか、あるいは聴いている相手への特別感の演出のつもりか、表向き使えないようなことさらに汚い言葉を好んで使う人が多いイメージがあります。 炎上マーケティング といった側面もあり、ごく一部が悪目立ちしてるだけだとも思いますが、その根本はどのあたりから生じているんでしょう。 筆者は仕事柄、酒の席でこうした人とお会いすることもありますが、プライベートでも言葉が汚い人は少なくありません。 もちろん人格までそうかはわかりませんし、筆者だって人のことを偉そうに云えるほどの立派な人間ではありませんけれど。
この種の人たちは何かと自分の名前を冠した 「○○塾」「○○大学」 といったセミナーを主催しては 信者 を集めてお金儲けしていますが (この常務も外部から招聘された吉野家の業務とは別に自分の会社を持って行っています)、カテゴリ は異なるものの自己啓発セミナーや情報商材、ネットサロンなどと同様、表では使えないような言葉を 「ここだけの話」 として披露し、主催者と受講者との秘密の共有・共犯関係の構築による囲い込みを意図した テンプレ となる出発点やノウハウがあるのでしょう。
こうした業界のあれこれは多少思い当たるものがありつつも、ここで下手な推理をしても仕方がありませんが、そうした言葉を日常的に使い、マヒし、それを不用意に表に出した時点で申し開きはできませんし、その責任を取らされるというのは強く認識しておきたいものです。 それは平等な世の中の実現や社会正義のためといった大きな話以前に、自分の身を守るためにもです。 こんなセリフは一昔前の時代遅れなヤクザ映画やエロ漫画の世界の悪役だけで十分なのですから。 まして、口に出した汚い言葉と同じ人格でセクハラパワハラ当たり前なのだとしたら、論外な話です。