キャラの顔をどう描くか 「立体型」 か 「平面型」 か
「立体型・平面型」 とは、主に創作物の キャラクター の イラスト を描いたり、それを元にしたフィギュアやドールといった立体造形物における顔パーツのあしらい方を、大きく2つに分類したものです。 端的に云えば目や眉、口といった顔のパーツを現実の人間同様に立体として捉えるか、顔と云う湾曲したスクリーンに貼りついた平面的なものとして捉えるかの違いになります。 立体顔とか平面顔、立体的画風・平面的画風、一般的な言葉では写実的・マンガ絵的 (アニメ絵的) といった呼び方をすることもあります。
1980年代後半、人の顔の形の傾向を 「しょうゆ顔」(平面的な日本人っぽい顔、あっさり顔、のっぺり顔)・「ソース顔」(彫りの深い欧米人っぽい顔、バタくさくてくどい顔) に分ける流行語がありましたが (他にも派生として塩顔とかマヨネーズ顔とか)、これと同じようにキャラの顔の描き方や画風、あるいはフィギュア・ドール (後には 3D のモデリング) における表現や再現の傾向を 雑 に2種類にして考えるという 概念 ですね。
ちなみに マンガ・アニメ 「あしたのジョー」 の 主人公 矢吹丈、「ドラえもん」 のスネ夫らの髪型のように、2次元 の 絵 で見る分には何となくそれっぽく見えるけれど、よくよく考えるとどういう構造になっているのか分からないといった形状のあれこれ (謎髪型) を指して使うこともあります。 立体化や コスプレ のために実際に衣装として制作すると破綻しがちなエロゲなどに見られる特殊な 制服 (謎服) を指す場合も。 ただしこれらはあくまで ツッコミどころ満載 な ネタ としての扱い方が多いでしょう。 これらは 2次元の嘘 と呼ぶこともあります。
顔のパーツを立体で捉えるか、平面で捉えるか
キャラの絵 を描く場合、おたく・腐女子 的なマンガやアニメ作品では、前述の通り大きく分けると顔のパーツの捉え方が立体か平面かに分けられます。 例えば目の場合、立体型では現実の人間の目と同じように穴状の眼窩が2つあってその中に眼球があって、その眼球の前部分に瞳があってそれ以外は白目になるという、解剖学的というか表面からは見えない隠れた部分の構造も強く意識した描き方をします。 一方の平面型は、単に顔の表面に目の模様を描いただけのような描き方をします。 3D でいうモデリングとテクスチャの違いみたいな感じですね。
立体型はリアルな描写に向いていて、平面型はいかにもマンガチックで可愛らしい描写に向いています。 マンガ表現における汎用性やデフォルメのしやすさは断然平面型であり、例えば顔全体の半分を占めるほどの大きな目の場合、立体型ではどうやっても難しい (眼球が巨大になりすぎて頭の中に入るイメージがしない) でしょう。 また作画のための手間やコストも全く違ってきます。
その特徴がよりはっきりするのが横顔や斜め上・斜め下あたりから見た状態です。 立体型は横から見ても斜めから見ても目の部分が引っ込み瞳の部分が 凸型 に出っ張りますが、平面型の場合は目のパーツも瞳もまっ平 (場合よっては顔の凹凸に合わせてちょっと凹んでいたりもする) だったりします。 現実ではありえない瞳や目の形ですが、このような描き方ならどれほど目を大きくしても、あるいは縦長やただの縦線みたいな形で目を描いても、何となくすっきりと収めることができるでしょう。 逆に立体型でそれをやると、目の下の頬骨のあたりをよほど広げて膨らませないと眼球が入らず不自然になり、頬骨がやたら出っ張った破綻した顔になるでしょう。 縦棒だけの目など、中がどうなっているか想像もできません w
鼻はおおむねどちらも多少出っ張って描かれあまり違いはありませんが、口に関しては立体型と平面型ではまた描き方が変わります。 立体型は口を開けたら顔の向きなどを考慮しつつ口の中の奥行きも意識して、しばしば奥歯などまで描きます。 平面型は真正面から見た時の平面的な形をそのままなぞったように描き、前歯や 舌 は描いても、奥歯といった部分は省略してしまいます。 もちろん大口を開けるといった表情では奥歯や喉ちんこまで描く場合もありますが、いずれも奥行きがなく平面的な描き方です。 こちらも横顔でよりはっきりと両者の違いが明確化し、立体型は現実の人間と同じように横顔の顔正面部分の輪郭ごと変化しますが、平面型は輪郭は変化せす、まるで平面の口が顔の正面や横に貼りついているかのような独特な描き方となります。
これらはストーリー作品、シリアスな青年・大人向け作品では写実的な立体型を、ギャグや子供向け作品ではマンガ的な平面型をといった感じで、作品の ジャンル や 作者・絵師 の作風に合わせた形で選ばれます。 しかし実際は一つの作品でシーンごとに変えて組み合わせたり、正面顔は平面型で描くけれど横顔は立体型で描くなど、混ざり合っている場合もあります。 とくに横顔の瞳部分のへこみや口が横についている風の描写は苦手な人も多いのか、避けられがちな印象です。
1980年代 「童夢」「AKIRA」 大友克洋さんの立体型描写が一世を風靡
こうした分類がされた理由として、一部のマンガ好きの間で、ある程度立体を意識した写実的・劇画調 (劇画には劇画特有の平面さもありますが) の描き方と、平面的な描かれ方がされがちな子供向けマンガの違いを意識されてきた経緯もあります。 しかしなんといっても最大の要因として挙げられるものに、1980年から1981年にかけて漫画アクション増刊などに発表された 「童夢」、1982年から1990年にかけて週刊ヤングマガジンで連載された大友克洋さんの作品 「AKIRA」 の存在があります。
極端なまでの写実的・立体的な画風と、極端なまでに細密に描き込む線画の密度などは、マンガはもちろんアート全体に多大なインパクトを与え、それに比べると 「のっぺり」 とした平面顔となる平面型、あるいは今でいう 萌え っぽい絵柄は 「あっさりし過ぎ」「画面真っ白」「技術的に稚拙」「子供っぽい」「手抜き」 みたいな印象を一部に与えるものでした。 当時、商業 にせよ 同人 にせよマンガに関わっていた人の多くは、これがどのくらい大きな衝撃を与えたのか実感を 共有 できると思うのですが、もうほんと、大友さんの画風に影響を受けた フォロワー が大勢いて、プチ大友が大量発生する状況だったんですよね。 立体型の描き方が流行する中、平面的な絵柄はそれに及ばないものといった意識が出てきてしまいます。
この頃、いわゆる オタク線 (コテ線) も出始めていましたが、平面型でありながら立体感を何とか出したいとか、描き込み密度を高めて画面をリッチにしたいといった理由もあったのかなとは思います (筆者 はわりとその感覚でオタク線を引いてました)。 もっともその後は 照れ線 と区別がつかなくなってしまいましたが。 このあたりは同じころに流行した しょうゆ顔・ソース顔みたいな区別の影響もあったのかなという印象です (筆者のいた 界隈 だけかも知れないけれど)。
同じころに世に出てマンガ界全体に大きな影響を与えた作家には 「Dr.スランプ」(1980年) の鳥山明さんの存在もあります。 極めて立体的かつ写実っぽさも持つ絵柄ながら、デッサン自体は極端にデフォルメがされポップでもあった同氏の画風は無二というか特異点のような存在でしたが、マンガ絵というよりはデザイン画のような独特の空気感もあり、いわゆる萌えっぽいキャラへの直接的なつながりはなくとも、与えた影響はかなり大きかったかなという気がします。 真似する作家もいましたが、鳥山さんの絵は同氏のセンスや超絶技巧に支えられている部分が大きく、そう簡単に真似する人が増えるような状況ではなかった気がします。 これは同時代の巨人である鴨川つばめさんとか江口寿史さん、高橋留美子さん、寺沢武一さん、士郎政宗さんなども同じですけれど。
なお少女漫画のキャラの描き方についてはこれらとはまた違った空気感がありましたが、一部はかねてから少年漫画や男性向けマンガの画風に影響を与える存在でしたし、それが1980年代頃にはかなり顕著になって、いわゆる萌えっぽい絵を形作る契機にもなっていました。 元々少女漫画は目を大きく描きがちでしたし、平面型な絵柄でも違和感がなく、相性も良かったのではないかと思います。
二次元ならいいけれど、立体造形物や 3D CG はどうする問題
マニアによるフィギュアとか 3D モデリングを用いた CG では、当初は目も口もなるべく立体化する、頑張ってモデリングしようとするケースが多かった印象があります。 とくに Shade や STRATA、LightWave といったモデリングツールを用いた 3DCG は立体・モデリング志向で、実写風の バーチャルアイドル が人気になるなど、なるべくフォトリアルにといった意識が働いていました。 その後、そう簡単に 不気味の谷 を越えることができないというのが明確化し、逆方向のアニメチックな方向に 全振り した バーチャルフィギュア 人気が出てだいぶ変化してきましたけれど。
ただしコンシューマ向けの初期のフィギュアや大量生産されるドールなどでは、目を細密に立体造形することがコスト的に難しく、仮にできても細かく塗り分けることも困難で、模型などでも目の形を 印刷 したデカールなどが付属していて、それを貼って終わりみたいな形に落ち着くことになりました (これはその後もあまり変わらないです)。 体表的な存在であるリカちゃん人形のように、目は造形せず目のイラストをプリントして終わりというスタイルですね。 口についても、ドールの口はおおむね閉じているので唇部分をちょっと造形する程度で済みますし、開けた描写も昔からあるブリキのおもちゃのように (工程は全く違いますが)、開口した部分をちょっとだけ凹ませて上から平面イラストを入れてといった表現が結構ありました (これもその後あまり変わってません)。
それはやっと 3D 化しつつあったコンピュータゲームも同じで、当時のハードウェア的な制限が大きく、顔どころかありとあらゆるものをなるべくテクスチャでそれっぽく見せようとするケースが多かったでしょう。 解像度 の低さもあり、アップで見るとかなり ヤバイ 見た目になってしまいます。 あるいは同じキャラのはずなのに、パッケージのイラストやオープニングのムービーに出てくるキャラと、実際に プレイヤー が操作するキャラが全く違うじゃんみたいな。
本来なら2次元なら2次元の、3次元には3次元に適した表現や造形があるはずです。 しかしいざ2次元キャラを立体・3D化すると、費用対効果 が合わない上に2次元の嘘というか、平面に描かれる特有のデフォルメが再現できず、忠実に再現すればするほど、見る角度によって顔の形が破綻することになりがちです。 「苦労した上に破綻しやすい」 という構造的な問題と云えるでしょう。
その後、フィギュアでは目をプリントしたりデカールやシールを貼る、3D ではテクスチャで目などのパーツを平面の図として顔に貼り付ける方法が完全に確立し主流となります。 リカちゃん人形と同じ方法ですね。 女児向けの大量生産された着せ替えドールならともかく、マニアックなフィギュアなどではどうしても手抜きにも見えるものですが、工数が減るうえに実際問題として可愛く破綻なく作れてしまうので、とくにアニメルックと呼ばれるアニメ調のキャラを立体として作成する場合は、もうこのやり方しかないかなという部分はあります。
比較的安価にそれっぽい造形ができる ワリキリ が一般化したことで、1980年代から1990年代にかけて、ガチャガチャ (ガシャポン) やゲーセンの UFOキャッチャー (とるとるキャッチャー) にアニメなどを モチーフ にした安価なフィギュアが景品として盛んに用いられ、需要 の急増とともにオタク文化を盛り上げる原動力となった部分はあります。 逆にロボットとか モンスター などは、かなり細かくモデリングまでしたり (立体化を前提に キャラデザ もしますし)、コンピュータの進歩でハードウェア的な制限が緩和すると、実写風のキャラで画面に大きく表示されるモデルについては、相当細かくモデリングするようにもなっています。
なお 3D でパーツごとにモデリングされている場合は、表情付けもパーツ単位で動かして再現できますが、テクスチャの場合はそれができないので、変形させたり、表情違いのテクスチャを 差分 として複数用意し、必要に応じて切り替える (貼り替える) といった方法を用います。 表情変化の際、立体型はシームレスに変化しますが、平面型は別の差分と切り替えることからわりと瞬時に変化しがちな点が特徴です (フェードを使ったり差分と差分の間に中間の差分を設けて緩和することもありますが)。
しかし表情が瞬時に変わるというのも、それはそれでマンガ的というかアニメ的なコミカルな動きでもあるので、アニメルックなキャラや絵柄では、あまり問題だとされることもないでしょう。 まぁシリアスなシーンで、表情の繊細な動きが必要な場合は困りますが。 アニメも時代を経るごとにどんどんセル画から CG に切り替わっていますし、アニメルックの登場と進歩によって、新しい優れた作品が次々に制作されることを期待したいです。 個人的にはセル画は、自分でセルを購入して 趣味 で描いていたくらい好きなんですが、やっぱり 3D で ぐりぐり 動くアニメは見ていて爽快感もあるし楽しいです。
なおフィギュアなどの立体造形物や 3D を用いた表現が当たり前になったアニメなどの世界においても、1990年代末あたりからはかなり技術的な向上が図られ、とりわけ2000年代以降は立体型と平面型の中間くらいの表現も増えてきました。 フィギュアなどは微細な彩色をある程度自動化する技術が発達し、安価なプライズフィギュアでも立体造形された目が細かく塗り分けられ、技術の進歩はすごいなと思うことしきりです。